4-322氏 無題

生まれて初めてのことでした。

その人の顔を見ているだけで胸がドキドキして、落ち着かなくて。
気付くといつもその人を目で追っているんです。
言葉を交わせるのが嬉しくて、部活が終わって別れる時にはいつも寂しくなって。

「原村さん」

いつしか登校途中にそう声をかけてくれるのを背中に聞き耳をたてて待つようになりました。

(どうしてあの人だけ特別なんでしょう?)

やがてそんなことを考えるようになったある日、
麻雀部の合宿で優希に無理矢理おっぱい占いをされ、
「お嬢ちゃん、今恋をしているな?」
と言われたんです。
その時、
(私は宮永さんが好きなんだ)
そう自覚しました。

気付くと目で追っているのも、指切りをするだけで胸が熱くなってしまうのも、
(全て宮永さんが好きだから)
不意に目が覚めたような気がしました。
でも夢から現に切り替わった時、言い難い悲しさが胸に訪れたんです。

(きっとこの恋は叶わない)
(だって、普通じゃないから……)

生まれて初めて人を好きになった相手は、女の子だったんでした………。

(どんなに想っても傷付くだけ)
(忘れてしまった方がいい)

何度も自分に言い聞かせました。

(宮永さんは友達なんですから……)

頭ではわかっているのに、でも気付くと彼女のことばかり考えていて……。
だからある日部活に向う途中で、優希から

「私はただ咲ちゃんが誰に恋をしてるのか確かめようと思っただけだじぇ」

と聞かされた時、気が気では無くなってしまいました。

「宮永さんが恋!? 誰なんですかそれは!?」

思わずそう尋ねると、

「だからそれを確かめてたんだじぇ」

という返事が返って来て、

「誰なんですか、宮永さん!?」

と問い詰めてしまいました。

「あ、あの……」

戸惑う彼女に構わず

「誰だじぇ!?」

「誰なんですか、宮永さん!?」
「誰なんだじぇ、咲ちゃん!?」
「ちょっと待ってよ……」
「宮永さん!!」
「咲ちゃん!!」

そんな風に何度も何度も……。

宮永さんが消え入るように小さくなっていくのがわかっていたのに止められなくて……

「宮永さん……?」
「咲ちゃん……?」
「うぅぅ……うわぁぁん」

やがて泣き出してしまった彼女を見ながら、
(ごめんなさい)
という気持ちと
(でも、あなたが好きなんです)
という思いが胸に溢れました。
そんな風に改めて宮永さんを忘れることなんて出来ないと身につまされたから、
彼女を家へと送る途中で

「気になって仕方がなくて……」

と、我慢できずに言ってしまいました。

「何が気になるの?」

宮永さんと目を合わせることが出来なくて視線をそらし、

「その、宮永さんが誰に恋をしてるのか………」
「ふぇ? あ、あれは……」
「嘘ではないんですよね」
「え、えと……」
「だって泣いてたじゃないですか…」

続けて言い募りながら、何だか泣きたいような気持ちになってしまいました。
(宮永さんが好きなんです)
そう言いたくて、でも言えなくて…………。
届かない想いに胸が苦しくなり、背を向けました。

「は、原村さん、泣かないで」
「だって、宮永さんが言ってくれないから……悲しくて…」

声が震えるのをどうすることも出来ずに

「どうしてなの?」
「どうしても気になるんです」
「それを言えば悲しまずにすむの?」

(宮永さんの好きな相手が私だったらいいのに…)
「言ってくれないんですか?」

すがるように心の中で祈りました。だから、

「わ、私……原村さんが……好きなんだ…」

彼女がそう言ってくれた瞬間、嬉しくてたまらなくなりました。
胸がドキドキして、何て答えたらいいのかもわからなくなってしまう程、嬉しかったんです。
でも、それは呆気なく砕けてしまいました。

「ご、ごめん」
(宮永さん……?)
「どうして謝るんですか?」

思わず尋ね返すと、

「だって変なことを言っちゃったから」

という声が聞こえて来て、胸が冷たくなるのを感じました。

「変なことだったんですか?」
(御願いです)
「うん。なんか慌てて……」
「じゃあ、嘘なんですか?」
(好きだと言って下さい)
「う、嘘ってわけじゃないよ。原村さんは大好きな友達」
「友達……なんですか?」
(宮永さん…)
「うん。今日のことは気にしないでいいから、私はなんでもないから、
 またいつもみたいに麻雀を打てたら嬉しいかも」

知りませんでした。
失恋があんなに辛いものだったなんて。
まるで心が引き裂かれてしまったみたいにもうどんな感情も浮かんで来なくて、ただ失望のままに

「嬉しくないですよ…」

と呟くことしか出来ませんでした。

「え?」
「私は……」

その瞬間涙が溢れましたが、気にせず振り向きました。
宮永さんが慌てて近寄って来ましたが、思わずそれを跳ね除けて

「嬉しくありませんよ! 無かったことになんて、出来ませんよ!」

そう叫んでから、もう彼女の顔を見ることが出来ずにその場から走り出しました。

「原村さん!」

という声が聞こえて来ましたが、振り向くことが出来ませんでした。

生まれて初めてでした。
好きな人に告白して貰えたのも、それが嘘だと言われたのも……。
頭に浮かぶのはやはり宮永さんのことでした。
彼女の笑顔、彼女の声、彼女と繋いだ小指の感触。
そのどれもが、痛みを伴う思い出に変わってしまいました。
まだ宮永さんのことが大好きなのに、でも彼女を想うのが辛くて……
どうすればいいのかわからず、次の日から避けるようになりました。
それ以外に胸の痛みから逃げる方法がわからなかったんです。

移動教室ですれ違った際に声をかけられても無視し、
お昼に御飯を麻雀部のみんなで集まって食べるのにも顔を出さず、
午後の授業の合間に宮永さんが教室を訪ねて来た時は、取り次ぎの女の子に

「今忙しいので、ごめんなさい」

と伝えて貰いました。
やがて訪れた部活でも彼女と同じ卓につかず、なるべく目を合わせないようにして、
そんな風に避け続けたのは胸の痛みから少しでも逃げたかったからです。
もし目が合えば、宮永さんを大好きな気持ちが溢れてしまうに違いありません。
でも、彼女が私を友達と思っている以上、報われることがないその気持ちは痛みへと変わっていくだけ。
だから、避けることしか出来なかったんです。

間もなく部長やみんなが私に異変に気付き、部室は重苦しい雰囲気に包ました。
視線が自ずと私に集中するのがわかりましたが、それでも宮永さんを無視し続けました。
そうすることでしか一緒にいることが出来なかったんです。
やがて部活が終わってどうしようかみんなが思案顔をしている中、

「お疲れ様でした」

早々に帰り支度を終えて部室を後にしました。
宮永さんのことを想い、その度に胸が苦しくなるのを感じながら旧校舎の門を出たところで、

「原村さん!!」

という声が聞こえて来ましたが、振り向くことが出来ませんでした。
間もなく追いついた彼女に

「待って!」

と手を掴んで振り向かされ、
(宮永さん、好きです)
その気持ちを必死に押さえ込んで、視線を外しました。

「どうして無視するの?」
「私が何か気に入らないことをしたなら言って」
「こんなの嫌だよ」
「原村さん」

必死に言葉が紡がれるのを聞いて、心が張り裂けそうになりました。
届かない想いは途切れることなく痛みへと変わり、
やがてその場に泣き崩れた宮永さんと私を隔てる溝となりました。
私は彼女をその溝の対岸に置きざりにして歩き出し、

(宮永さん、ごめんなさい)

心の中で何度も謝りました。
宮永さんを傷つけることでしか一緒にいられない自分が嫌になりましたが、
私はそれでも一緒にいたいと願いました。
こんな風になってもまだ、彼女が大好きだったんです。
最終更新:2010年04月24日 19:01
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