私、なんで麻雀をやってるんだっけ?
もうやらないって決めていたのに……。
そうだ、原村さんと打ちたくて、もっと一緒にいたいって、そう思っていたからだよ。
………でもなんだかそれも随分昔のことのような気がする。
もうあの頃には戻れないのかな。
『どうして無視するの?』
『私が何か気に入らないことをしたなら言って』
『こんなの嫌だよ』
『原村さん』
傷付くのが怖くてそれ以上原村さんに話しかけられなかったことを今になって凄く後悔してる。
後悔しているなんて言葉じゃ言い表せない位、すごく辛い。
どんなに拒まれても、あの時あの背中に追い縋っていれば、今みたいにならずに済んだのに………。
原村さんと打っても、もう麻雀を面白いとは思えなくなっちゃった………。
それでも、
『ただ、全国に向けてちゃんと集中して欲しいだけです。いけませんでしたか?』
『ちゃんと全国に向けて頑張ります。大丈夫です』
最後に交わした約束だけは守りたくて、私は今日も麻雀部に向かう。
〈咲視点〉
一緒に全国大会に行こうって指切りをしたよね。
私は忘れることなんて出来ないけど、もうあの時の絆は切れちゃったのかな?
手を伸ばせばその先にいつもあなたが居た気がしたのに、
どうしてこんなことになっちゃったんだろう原村さん……。
いつもね、また昔のように微笑みかけてくれるようにって祈りながら、部室の扉を開けるんだ。
でも、その願いをあなたは叶えてくれなくて、私は涙が出そうになるのを堪えながら扉を閉める。
もう一緒に歩くことが出来なくなったこの道を一人で見つめているのは、とても寂しいよ。
こんな風になって改めて気付いたけど、私はやっぱりあなたが好き。
どう頑張ってもその気持ちは消えてくれないんだ。
ねえ、原村さん。
あなたの目には今何が映ってるのかな?
そこに私はもういないんだよね?
でもね、原村さん。
私はあなたが好きだから、あなたが全国大会で優勝するっていう夢を叶えられるようにすぐ近くで応援したい。
それくらいならいいかな?
〈和視点〉
『ちゃんと全国に向けて頑張ります。大丈夫です』
その言葉通り宮永さんは一時期の散漫な打ち方から再び元に戻りました。
いつの間にか手配の中に槓材を揃え、嶺上開花を和了っていくあの打ち方に。
卓を飛び越え、私では決して手の届かない嶺上牌の世界に羽ばたく宮永さんは以前と変わらず綺麗で、見る度に心が痛みます。
(もう何とも思っていないんですか?)
宮永さんを傷つけてしまったというのに、私は彼女がそこから立ち直ったことを素直に喜べませんでした。
(やっぱり私のことなんて友達としか思っていないんですね?)
(宮永さんの調子が上がらないのは、彼女の心に私とのことがわだかまっているから)
(それはつまり、宮永さんの心の中に私がいるということ)
その想いは私の心に甘い幸福をもたらしました。
勿論、そんな風に彼女の傷ついた姿を見て密かに安堵している自分が我ながら嫌にもなりました。
素直に好きだと言えない臆病さを、彼女を拒むことでしか自分を守れない心の弱さを、私は嫌悪しました。
もうやめよう、謝ろうと何度も思ったんです。
けれど、私が謝る前に宮永さんは調子を取り戻してしまいました。
彼女が好きだから、そのことを誰よりも喜ばなくてはいけない筈なのに、それなのに………
私の心を満たしたのは喜びではなく悲しみでした。
もう彼女の心の中に私はいないのだと、そう思えたから………。
一日経ち
「ほーう。久しぶりに咲がトップじゃのう」
「全然勝てなかったじぇ」
「もう大丈夫なのね?」
「はい」
(大丈夫なんですね………)
三日経ち
「今日も咲ちゃんがトップか。凄いじぇ」
「すっかり立ち直ったみたいじゃの」
「一時はどうなることかと思ったけど」
「はい」
(宮永さん………)
一週間が経ち、そうして砂時計の残りは少なくなっていくに従い、
「もうお手上げだじぇ」
「あんた、一体どこまで強くなる気じゃ?」
「全国大会も心配なさそうね」
「はい」
宮永さんの打ち筋からはそれまでの好不調の波が消え、以前よりも凄みを帯びていきました。
私はというと、もう勝つことが出来なくなくなってしまった彼女を遠くに感じながら、一日一日無為に過ごしていくだけ。
『全国大会で優勝したら麻雀を続けることを認めてくれますか?』
『考えておこう』
お父さんと約束した以上、全国大会で負けてしまったら東京の進学校に転入しなくてはいけないのに、
そしたら宮永さんと一緒にいることも出来なくなってしまうというのに、
私はもう残り少ないかもしれない彼女との掛け替えのない日々を失い続けるのをどうすることも出来ませんでした。
落ち続ける砂時計の音を聞きながら、宮永さんの横顔をそっと盗み見る毎日はとても静かで、悲しみに満ちていました。
(私はもう必要ないのですか?)
(あなたは今どんな未来を見ているのですか?)
宮永さんのことを拒絶したくせに……
嫌いになることも忘れることも出来ないまま、私は壊れた自分の初恋に苦しみ続けていました。
〈咲視点〉
自分のために麻雀を打とうって、そう思った。
原村さんが好きだから、あの日の約束を守りたいから、辛くても麻雀を続けた。
もう会話もないけれど、こんなに近くにいるのに触ることも出来ないけれど、
でもそうやって原村さんのことを想い続けるうちに、お姉ちゃんの気持ちが少しわかった気がした。
『また昔みたいに家族の心が一つになればいいと思っていたけれど、 早速咲に嘘をつかせてしまったみたいだね………』
『そんな、嘘なんてついてないよ!』
『こんな風に勝つよりも、咲に全国に行って欲しかった。 …………………………………』
お姉ちゃんはきっと私に、自分のために麻雀を打って欲しかったんだと思う。
お姉ちゃんのために自分を誤魔化すんじゃなくて、本当に自分を大事にして欲しかったんじゃないかって。
(あの時はごめんね、お姉ちゃん)
(もう大事な人を失いたくないから、今ちゃんと自分のために麻雀を打っているよ)
幸せとは思えないけれど、でも原村さんがすぐ近くにいるから決して不幸じゃない、そんな毎日を過ごしながら、
やがて迎えた全国大会の決勝で私達清澄高校は、お姉ちゃんのいる白糸台高校と戦った。
緊張して対局のことなんて殆ど覚えてないけれど、でも、私達は優勝した。
これで原村さんとの約束を果たせたんだって、そう思ったけど、でも全然嬉しくなかった。
本当はずっと辛かったんだ。
不幸じゃないなんて、そんなの嘘だったんだ。
原村さんと話したかった。
名前を呼んで欲しかった。
また県大会の決勝の時みたいにぎゅって抱きしめてほしかった。
一緒に笑って、一緒に時間を過ごして、それで……それで……
もう何もかも嫌になっちゃった。
全国大会で優勝しても和ちゃんとの関係は何も変わらないんだって思ったら、全てが嫌になっちゃった。
『どうして無視するの?』
『私が何か気に入らないことをしたなら言って』
『こんなの嫌だよ』
『原村さん』
(なんであの時ちゃんと言えなかったんだろう)
(こんなに好きなのに、どうしてこんなことになっちゃったんだろう)
傷付くのが怖くてそれ以上原村さんに話しかけられなかったことを今になって凄く後悔してる。
後悔しているなんて言葉じゃ言い表せない位、すごく辛い。
どんなに拒まれても、あの時あの背中に追い縋っていれば、今みたいにならずに済んだのに………。
対局が終わった後、涙が溢れた。
必死に堪えようとしたけれど、次から次へとこみ上げきて………
どうすることも出来なくなったその時……
私の肩を抱きしめてくれたのはお姉ちゃんだった………。
「頑張ったね、咲。自分のために麻雀を打てるようになったんだね」
お姉ちゃんにそう言われて、私は声をあげて泣いた。
もう堪えることなんて出来なくて、涙が溢れるままにお姉ちゃんに抱きついた。
その胸の中で、原村さんのことを忘れられればいいと思った………。
最終更新:2010年04月24日 19:04