〈咲視点〉
「どうしたの?」
お姉ちゃんが驚いた声が聞こえた。
でも、なんて答えたらいいのかわからなかった。
全国大会で優勝して多分原村さんの夢は叶ったんだと思う。
私もお姉ちゃんと麻雀を通して話をするっていう願いを叶えることが出来た。
でも、大好きな原村さんとの関係がこじれたままだったから、ちっとも嬉しくなかった。
どんなに拒まれても、あの時ちゃんと話せば良かったんだ。
お互いの夢が叶ったのにその喜びを分かち合えないなんて寂しすぎる。
だから、私はあの時の自分を許すことが出来なかった。
毎日毎日自分を責めて、息が出来ないみたいに心が苦しくて、
こんな日々が続いたら、いつか自分自身を憎んでしまうんじゃないかって怖かった。
(もう嫌だな)
(原村さんのことを忘れたいよ)
(あなたと出会う前の自分に戻りたい)
(ねえ、原村さん。今何を考えてるのかな?)
(夢が叶ったことを喜んでるのかな?)
(もうそこに私は必要ないんだよね……)
お姉ちゃんの腕の中で、この恋は終わってしまったんだって、そう思った。
「お姉、、、ちゃん。ずっと、、、辛かった。お姉ちゃんが、、、いなくて、、、辛かった」
悲しくて仕方がなくて、私はお姉ちゃんの制服を濡らし続けた。
その決勝の日を境に、壊れていた私達家族の関係が元に戻っていった。
私は毎日電話でお姉ちゃんと話すようになり、そしてお父さんとお母さんもそれに影響されたのか少しずつ話しをするようになった。
「今度お母さんと一緒にそっちに帰ることになったよ」
お姉ちゃんからそんな電話があったのは、全国大会が終わって少し経ってから。
どうやらお父さんとお母さんが話し合って久し振りに話をする気分になったみたい。
「すぐまた東京に帰るけれど」
そんな付け足しをされたけど、でも嬉しかった。
私は全国大会が終わってから麻雀部を休部していた。
原村さんと会いたくなくて、でも彼女が好きな気持ちは変わらなくて
辛い毎日を少しでもお姉ちゃんに埋めて欲しかった。
「本当? 凄く嬉しいよ、お姉ちゃん」
でも、そんな風に言いながら心の中では
(凄く寂しいよ、原村さん)
って叫んでいた。
「早く会いたいな」
受話器に向って言いながら
(あの頃に戻りたいよ)
って記憶の中の原村さんに叫んでいた。
私はこんな風になっても原村さんのことが好きだったから。
〈和視点〉
私の夢は叶ったんでしょうか?
『全国大会で優勝して、宮永さんといつまでもずっと一緒に』
それが私の願いでした。
確かに全国大会で優勝することは出来たんです。
けれど宮永さんとはあの日以来心がすれ違ったまま……。
(ずっと一緒にいられるのに)
(これじゃあ何の意味もありませんよ、宮永さん)
こんな未来を迎えることになるなんて思っていませんでした。
全国大会で優勝すればそれで全てが解決される。
あの日まではそう思っていたんです。
(元に戻りたい)
(宮永さんと一緒に笑っていられた頃に戻りたい)
だから、
(あなたのことが好きだからあんな態度をとることしか出来なかったんです)
(ごめんなさい)
そう謝ろうと思っていたのに、結局言葉を掛けることが出来ませんでした。
全国大会決勝の大将戦が終わった後で、お姉さんの胸で泣き濡れる宮永さんの姿を見てしまったからです。
『麻雀を通してならお姉ちゃんと話が出来る気がする』
いつかの宮永さんの言葉が思い出されて、辛くなりました。
彼女は何よりもお姉さんと仲直りするために麻雀を打っていたんです。
だから私とお父さんとの約束なんて最初から関係なかったんです。
そのことに改めて気付いた時、涙が溢れました。
滲んだ視界の真中には、お姉さんに縋りつく宮永さんがいました。
宮永さんの心の一番大事な部分を占めているお姉さんを羨ましく思いました。
あの時私はお姉さんに嫉妬していたのかも知れません。
そしてその想いはついに決定的なものになりました。
全国大会が終わって少し経ってから、麻雀部を休部していた宮永さんがお姉さんを伴って部室に現れたのです。
彼女は休部していたことをみんなの謝った後で、東京の学校に転校することになったと告げました。
お父さんとお母さんが和解して、家族みんなで東京で暮らすことになったのだと。
(そんな……)
(嫌です。行かないで、宮永さん)
心の中でそう叫びながら、お姉さんと並ぶ彼女を前にして私は何も言えませんでした。
やがて部室を後にした二人が旧校舎に続く道を歩いていくのを見つめながら、私はもう全てが終わってしまったことを思いました。
生まれて初めてのことでした。
人を好きになったのも、その人が手の届かない場所に行ってしまうのも、
何もかも初めてだったんです。
完結
最終更新:2010年04月24日 19:05