先のSSに書かれた通り、咲は結局清澄高校から東京の白糸台高校に転校してしまったわけなんじゃが、
その後の和の落ち込みようといったら見てられんかった。
おっと、自己紹介遅れてすまんのう。どうも、染谷まこです。
はぁ……。
後の祭りと言われてもしょうがないことはわかっとるつもりじゃ。
それでも、当事者として咲と和の二人を見てきた者としては責任感を感じんわけにはいかなかった。
和はしっかり者じゃし、咲はああ見えて芯の強い所があるからいずれ二人でどうにかすると思っとったんじゃが……。
麻雀の腕が凄すぎて、まだ二人とも大人になりきっとらん高校生だったっちゅうことをすっかり忘れておった。
はぁ……。
和は毎日部室に来ても始終沈んだ顔を浮かべとるし、優希も京太郎もそれに引き摺られてすっかり大人しい。
こういう時、竹井元部長が居てくれたらと思うんじゃが、卒業して東京の大学に推薦入学しとるし……。
最上級生の自分が何とかせんといかんいうのはわかっとる。
……………。
こう二人が離れ離れになってはどうしたらいいかわからん。
はぁ………。
東京にいった竹井元部長にちと相談してみるかのう。
それで私にお鉢が回ってきたわけね。
全くまこも面倒臭い用事を押し付けて来るんだから。
というわけで、どうも、竹井久です。
まあ、私も当事者としてあの場に立ち会ってたわけだから、何とかしなくちゃいけないのよね。
和は凄い頑固者だし、咲は押しが弱いし、そんな二人が喧嘩したらやっぱり深刻になるのは当然といえば当然。
『小さなことでも、かくし事や嘘は二人を遠ざけます。
なんでも話し合ってお互いの信頼感を深めあいましょう。
そしていつも自分をみがく努力は忘れずに。デートはきちんと計画を立て、健康的な場所で。
お金を使いすぎないように注意しましょう。ケンカは二人にとって日常茶飯事ですが、必ずルールを守って。
いつまでもこだわりつづけるのはバツ』
って前に本スレに二人の相性診断の結果が乗ってたけど、お互い気にし過ぎた続けた結果あんなことになっちゃったのかしら。
私も咲の家族問題や和とお父さんとの約束なんて知らなかったから、終わった後の感想になっちゃうけど。
それで私の現状なんだけど、
まこが言った通り東京の大学に通う一年生。
全国大会での成績を評価されての推薦入学なんだけど、その入学先が宮永照と一緒だったのはちょっと出来すぎかも。
照とは全国大会で顔を合わせていたということもあって、ちょくちょく話す仲になったんだけど、
咲の様子を聞いてみたらやっぱり和と一緒で元気がないみたい。
以前のように家族麻雀をするようになって、白糸台高校の麻雀部にも入部したそうなんだけど、
はたから見ても悄然としてのがわかるような状態らしいわ。
それでも勝ってしまうっていうから、まあ咲らしいというか、なんというか。
最初からそういう所のある子ではあったけど。
でも、きっと咲も和と会って変わったのね。
照との仲が元に戻れば、家族四人また一緒に暮らせればそれで幸せになれるって思ってたんだろうけど、もう和と一緒じゃないと駄目みたい。
まあ、恋ってそういうものよね。
え?
そりゃあ私だって恋をするわよ。
こう見えてもか弱い乙女なんだから。
その相手については勿論内緒。
マコか福路さんかあるいは別の大穴か、それはみんなの御想像に任せるわ。
って余計なことまで言わせないでよ。
話を戻すけど、咲は携帯を持っていないから、照に頼んで会って話が出来るように取り計らって貰ったの。
蝉時雨の降り注ぐ晩夏に全国大会が終わって、それから少し経ってから咲が転校したから、
会うのはかれこれ半年振り位。
久し振りに会った咲は髪が少し伸びて大人っぽくなっていた。
合宿中に何度も見たけど、寝顔なんて口を開きっぱなし。
どこか抜けてる彼女の性格がそのまま表れてるような間抜けそのものだったのに、
憂いを湛えた女っぽい顔になってて、驚いたわ。
女の子って言うのが少し憚られる位。
「お久し振りです、竹井先輩」
って言った声も落ち着いて、あの暑かった夏から季節を二つ跨いだ春なんだっていうことが思われた。
月日は白代のか客にしてなんとやら。
行きかう時の中を、この子は一体どれほどの寂しさを抱えながら過ごして来たのかと想像したら、
何かしてあげたいっていう切実な気持ちが胸に湧き上がったわ。
それで
「和に会いたい?」
って、単刀直入に聞いたの。
そしたら咲は「和」という言葉に反応して、小さく体を震わせたわ。
「会いたいです。とても……」
そう返事をした時には、かつてのあどけなさが顔に少しだけ浮かんでいた。
「今度、週末にでも一緒に清澄高校に行ってみない?」
私と一緒なら行く気になるんじゃないかって思っていたけど、でも咲の口から返って来た言葉は予想とは違うものだった。
「私、行けません」
「どうして?」
「何て言ったらいいかわからないから」
「じゃあどうするの? このまま会わずにいつかもう会えなくなってしまうまで、時を過ごすつもり?」
その時、咲が力強く首を振るのが見えた。
「麻雀を通してなら、原村さんと話が出来るんじゃないかって思うんです」
その言葉を聞いた瞬間、あの目が眩むような日差しと蝉時雨が蘇った気がした。
とても暑い夏だった。
私が咲や和、清澄高校のみんなと高校生活最後にようやく団体戦に出場できたのは。
またあの暑い夏が巡って来るんだって、そう思った。
長い人生の中の一瞬の煌きにも似たあの季節に、この子は再び和と巡り会うのだろうって。
それは何の根拠もないけれど、でも決して揺らがない確信のようなものだった。
咲が嶺上開花をつもる時って、きっとこんな気持ちなんじゃないかしら。
私はそれ以上何も言わなかった。
咲と別れた後でマコに連絡した。
「咲は今も麻雀を続けている。お姉さんと再会するのが目的だったのに、再会した今でも麻雀を続けている」
って、それだけ告げて電話を切った。
いつの間にか夕方になっていて、気の早い一番星が東の低い空に出ていた。
まだ少し肌寒い風が尚更あの暑い夏を思い出させた。
私も告白しなきゃなって、そう思ったわ。
え?
だからその相手については内緒だってば。
後は、もう咲と和の二人の物語。
脇役は退場するわ。それじゃあね。
〈和視点〉
宮永さんがいなくなってから、世界が灰色になってしまったようでした。
秋の紅葉も、冬の白雪も、全てが色あせたモノクロのように見えて心に響かないんです。
彼女が隣いない日常がどれだけ寂しくて悲しいものか、一人で通学路を歩く時、麻雀をする時、嫌でも思い知らされました。
清澄の街には彼女との思い出が沢山あって、その残り香が立ち昇る度に心が締め付けられます。
旧校舎の階段、駅のホーム、そしてあの湖の畔。
どこに行っても、もうそこにいない宮永さんの姿が思い出されるんです。
忘れることなんて出来ないまま、彼女のいない世界で生きることに疲れ果てて
(宮永さん、今どうしているんですか?)
(あなたがいないんじゃ、全国大会で優勝したことなんてなんの意味もないですよ)
(もう麻雀なんてやめてしまいたいです)
いつしかそんな風に思い始めていたある日、マコ先輩からこんな言葉を聞かされました。
「咲はまだ麻雀を続けとるらしい。竹井元部長がな、お姉さんと再会して目的を達した筈なのに、
どういうわけかまだ麻雀を続けとるみたいじゃって。誰か他に話がしたい人でもおるのかもしれんな」
…。
……。
………。
「の、和、一体どうしたんじゃ?」
「和ちゃん!?」
突然涙がポロポロとこぼれ落ちて、マコ先輩と優希に心配そうに声を掛けられました。
二人に大丈夫ですと言いながら、嬉しくて、切なくて、
(麻雀を続けていれば、あなたと会える)
改めて自分の気持ちに気付きました。
宮永さんのことが大好きなんだと。
ピンクの花びらが散った枝に葉桜が芽吹く。
春の終わりと共に訪れるのは短い梅雨。
暫く降り続いたその雨が止んで真青な空が広がれば、
日を追うごとに気温が上がり、
季節はもう夏。
「それじゃあ気をつけて行ってきんさい」
「後で必ず応援にいくじぇ!」
「はい」
県予選を勝ち抜き、個人戦での全国大会出場が決まった私は、宮永さんのいる東京へ行くことが叶いました。
(今度こそ言えなかった言葉を伝えたいです)
(あなたのことが好きなんです、宮永さん)
以前一緒に県大会の会場へと向った駅のホームに立って麻雀部のみんなに見送られながら、やがてやってきた電車に乗り込みます。
出発のベルが鳴ってドアが閉まったので窓越しに手を振りましたが、すぐにみんなは見えなくなりました。
動き出した電車に一人揺られながら、遥かに続くこの線路が宮永さんへと続く道のように思えて、私は胸が熱くなりました。
最終更新:2010年04月24日 19:07