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4-806氏 無題

迎えた全国大会の開会式。
人垣の向こうに、西東京地区代表の列に並ぶ宮永さんが。
何度も想い焦がれたその姿は以前よりもどこか大人びていて、
目に映った瞬間、心に言い難い痛みが走りました。

(白糸台高校で私の知らない時間を過ごして来たんですね)
(もう私のことなんて忘れてしまいましたか?)
(私はあなたのことが忘れられませんでした)

大会を控えた会場は嵐の前の静けさと言うべきか、厳かな雰囲気に包まれています。
それぞれの想いを胸に秘めた生徒達が引き締まった顔をしているのも、
その想いが染み出したかのように静かな緊張感が張り詰めているのも、
何もかも去年と同じ。
宮永さんに対する想いまでもが一年の前と少しも変わらず胸の中で疼いているのを感じた私は

(あの時言えなかった言葉を今度こそあなたに伝えたい)

人垣の向こうに見え隠れする彼女の姿を見つめながら、改めて心の中で呟きました。


翌日から始まった全国大会の個人戦。
宮永さんと私は抽選の結果逆のブロックに。
同じ卓に座るためにはお互い決勝まで進むしかありません。

強豪ひしめく西東京地区の予選を圧倒的な強さで勝ち上がった宮永さんは
雑誌の連載コーナーで行われた藤田プロの戦前予想でも優勝の大本命におされており
決勝まで上がってくるのは想像に難くありません。

(私も必ずそこまで辿り着いてみせます)

そう心に決めて臨んだ一回戦を突破し、続く二回戦も何とかトップ通過。
流石に全国大会に出てくるだけあって、どの対局も気が抜けないものばかり。
それでもトーナメント表に目を移せば、圧倒的な強さで逆ブロックを勝ち上がっている宮永さんの姿に気が引き締まります。

休憩を挟んで行われた三回戦、終点が見え始めた準々決勝。
そこまで勝ち抜いた時、私は控え室にやって来た宮永さんと鉢合わせしたんです。
彼女はもう以前のような笑顔を浮かべることなく、わずかに驚いただけで

「久し振りだね、原村さん」

と、まるで他人に対するような口調で言いました。
それっきり去って行こうとするのを引き止めたいのに、

「宮永さ……」

言葉が続きません。
たったそれだけの短い出来事に、私の心は冷たくえぐられて何も言うことが出来なくなってしまったんです。


宮永さんの後姿がすっかり見えなくなった後で、

『どうして無視するの?』
『私が何か気に入らないことをしたなら言って』
『こんなの嫌だよ』
『原村さん』

そう言って私を呼び止めようとした時の彼女は、今の私と同じような気持ちだったのかも知れないと思いました。
自分を守るために大好きな人を刎ね付けることしか出来なかったかつての私。
その幼さを噛み締めながら、それでも彼女ともう一度話がしたい、
そのために同じ卓に座らなくてはいけないのだと、強く思いました。

「和、あなたは今自分の望んだ場所に立とうとしているのよ」
「そうじゃ、ここまで来たんじゃから、悔いが無いようにしっかり打ってきんさい」
「和ちゃん、ファイトだじぇ」
「頑張って来いよ、和。咲の奴、随分調子に乗ってるみたいだから、お灸をすえてやってくれ」

宿泊所の部屋で眠れない夜を過ごした翌日、準々決勝を勝ち抜いた後で、
清澄高校のみんなと応援に来ていた竹井先輩にそう励まされました。

(悔いが無いように、宮永さんに気持ちを伝えるために)
「行って来ます!」

振り向いて見回したみんなの優しい顔に背中を押され、踏み出した決勝戦の対局室。

(宮永さん……)

あの時傷つけてしまった大好きな人とようやく同じ場所に立てることに、喜びと不安が湧き上がりました。


「さあいよいよ個人戦も決勝を残すのみとなりました。 勝ち上がって来たのは
去年の個人戦優勝者宮永照の妹にしてここまで圧倒的な強さを見せている白糸台高校の宮永咲。
全国大会の最高得点記録を持つ龍門淵の天江衣。三年連続の出場となる鹿児島の神代。
そしてインターミドル王者の原村和という四人です。
解説の藤田プロはこの決勝戦をどのように予想しますか?」
「どうするもこうするも、今大会は宮永咲のものだ」
「確かにここまでの宮永は他を寄せ付けない強さを見せていますが……」
「何があったのかはわからないが、この一年で宮永照と同質の背筋が凍るような打ち手になっている。
今の彼女の前では天江、神代、といった全国区の魔物ですら霞んでしまう。
一昨年の全国大会で二人が宮永照に敵わなかったのを思い出すまでもないだろう。
原村も確かに完成された打ち手ではあるが、それはあくまで一般の高校生の中での話。
あの3人の中では厳しいだろうな」
「そうですか―――
さあ、卓では席と親が決まった模様。いよいよ決勝戦が始まります」


わかってはいました……。
もう私では宮永さんに敵わないということは……。
どんなに私がデジタル打ちで効率良く打ちまわしても、どんなに早上がりしようとしても、
彼女はそんなことに関係なく嶺上牌へと羽ばたいていく。

それでも、たとえもう彼女の背中に追いつくことは出来ないのだとしても、諦めたくたくなかったんです。
あの人はまだ私の言葉に傷付いたままでいるんです。
お姉さんと仲直りした後も、麻雀をやめることが出来ずにいるんです。
私に人を恋するということを教えてくれたあの人は、まだ私が好きだということを知らないんです……。

だから、羽ばたく宮永さんの前でどんなに地べたを這うことになっても、
嶺の上で咲き誇る花から決して目をそらさずに
諦めないで最後までその背中を追い続けようと思ったんです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「やはり宮永が強いですね。ここまで嶺上開花が二回と点数も既に三万五千点。
 ですが、そこまで圧倒的なリードというわけもありませんが」
「ああ、他の面子も決して調子が悪いわけじゃない。
 現に天江衣は得意の海底牌コースに何度も入っているし、神代も大きな和了りを出している。
 ただ、それも原村和に依る所が大きい」
「と言うと?」
「彼女は効率重視のデジタル打ちだ。危険牌でないならば余剰牌は早めに切っていく。
 だが、今日は明らかに浮いている牌を不自然に残すケースが目立つ」
「はあ…」
「それが結果的に神代や天江の上がりに繋がっているんだ。気付いていないかも知れないが、
 原村がこれまで切らずに残していた余剰牌は宮永の槓材。
 宮永が大明槓にして嶺上開花に行けるはずが、原村切らないことで潰れていた。
 その結果、天江や神代が和了っている」
「ですが、原村は現在四位ですよ?」
「ああ、だがここからどうなるかはわからない。
 あるいは天江の海底コースや神代の和了でさえも原村の打ち筋によってもたらされたものかも知れないからな。
 ひょっとすると、今卓を支配しているのは天江でも神代でも、トップの宮永でもなく、原村なのかも知れない」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

宮永さん――――――
あなたがいなくなってしまってから、いつもあなたのことを考えて来ました。

『麻雀部に入って良かったです』
『原村さんと打てて楽しくて』
『一緒に全国に行こう』

あなたの言った言葉を思い出して

『麻雀を通してならお姉ちゃんと話せる気がする』

その言葉を信じて、あの時言えなかった気持ちを卓の上で伝えようと思い続けて来たんです。
私の気持ちは今あなたに伝わっていますか?
もう決して見失いたくないという私の気持ちは、伝わっていますか?

あなたが大好きなんです。
酷いことをしてしまってごめんなさい。
私のことなんて嫌いかも知れませんが、でも私はあなたが好き。
あなたがどう思っていてもいい。
この気持ちを伝えたい。
宮永さん………。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「ここに来て原村の連続和了で二位に浮上。トップの宮永との差も詰まって来ました。
藤田プロの言葉通り、原村が動きましたね」
「ああ、だが残るはあと一局。残りの一局原村は倍萬以上を出さなくてはいけない。
 対する宮永は和了ればその時点でトップ確定。この差は大きい」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「7巡目の原村のツモ。ここで8萬が入って聴牌。8萬が三枚で7萬が一枚ですから、
8萬あるいは7萬を頭にしての変則3面待でリーチに行けますが、それでは倍萬に届きません」
「当然リーチには行かない……何?」

『リーチです』

「おっと、原村がリーチに行きましたよ藤田プロ。これは一体?」
「………役を増やすつもりだ」
「どうやって……まさか!」
「ああ、8萬を槓材にしての嶺上開花……」
「そんなことが果たして可能なの……」
「可能かどうかは問題じゃない。原村は嶺上開花しか考えていない」
「……」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



〈竹井久視点〉

咲、和。
あなた達は今自分の望んだ相手と打っているのよ。
お姉さんと仲直りして最初の目的を果たした後もその姿を思い続けていた相手と、
あるいはずっと気持ちを伝えることが出来なかった相手と。

お互い随分遠回りしたけど、そういう悪待ちも私は悪くないと思う。
たった一度の人生なんだから。

でもね、人生も麻雀と一緒で、同じ局面は二度と訪れない。
今という時間は今だけのもの。
だから、どれだけ好きか、どれだけ大切か。
離れていた間に改めて気付いた自分の想いをしっかり伝えるのよ。

二度と訪れない今という時間を全力で、精一杯楽しみなさい。
そして

『ツモ―――――――――――』

もう決して離れ離れになったりしないように。



〈竹井久視点〉

あの決勝戦の最終局は和のリーチをかわした咲のツモ上がりで幕を閉じた。
つまり優勝したのは咲。
和は結局、大好きなあの人のようには羽ばたけなかった。
どれだけ効率重視の打ち方で和了を早めても、決して捕えられない嶺上の世界。
その世界に生きる咲と、そうではない和。
止まり木で羽を休めた後に再び飛び立つ鳥と、羽を持たないもの。
清澄高校の麻雀部は二人にとってそんな止まり木のような場所だった。
二人の運命は交わるだけで、最初から重なることはないと決まっていた。
そういうことなのかも知れない。
全国大会の後で、和は清澄へ、咲は白糸台へ。
止まり木に残った和と、羽ばたいていった咲。
あの夏に見たのはそんな少し残酷な光景だった。
二人はあれ程惹かれあっていたのにね。
人生も麻雀と一緒。同じ局面は二度と来ない。
高校生活を通して二人が同じ場所に立つことはもう無かった。

でもね、人生も麻雀も先の展開なんて読めないの。
だから、ひょっとしたら―――――――――――――――

『ただいま、和ちゃん』
『おかえりなさい、咲さん』



〈咲視点〉

随分長い間、こんなにわくわくしたことなんて無かった。
麻雀が楽しいってことをすっかり忘れていた気がする。
全国大会の決勝、同じ卓に原村さんがいてとても楽しかった。
楽しくて、幸せで、この対局が終わって欲しくないって、そう思った。

それでも、絶対に訪れる定めの最終局。
リーチを仕掛けた原村さんが千点棒を出してから2巡目に切った3筒。
それが私の和了牌だった……。
一瞬、見逃そうかとも思ったけれど、でもお姉ちゃんとの対局を思い出して

『自分のために麻雀を打つんだ』

って、そう思い直して大好きな原村さんを打ち取った。

「ロン」

と宣言したその瞬間、私と原村さんの夏は終わったんだって、寂しくて堪らなくなった。
その顔を見たら涙がこぼれるってわかっていたら、何も言わずに対局室を後にしようとした。
そしたら、手を掴まれたんだ。
振り返ったらそこに原村さんが立っていて

「宮永さん、麻雀を通して話をしたいって以前言いましたよね」

唐突にそう言われた。
頷いたら涙が溢れて、滲んだ視界に原村さんも泣いているのが見えた。

「私の声は聞こえましたか? あなたが好きだっていう私の言葉は、あなたに届きましたか?」

っていう声が聞こえて、もう何か考えることなんて出来なくなって

「私も、原村さんのことが大好きって、何度も言ったよ」

そう答えるだけで精一杯だった。


原村さんは一年前よりもずっと綺麗になっていて、また離れ離れになっちゃうのがとても悲しくて、思わずキスをしてしまった。

「もう原村さんと離れ離れになりたくない。ずっと一緒にいたい」

抱き締める力を強くして声を枯らしたら、

「きっと、あなたに会いに行きます。今離れ離れになってしまっても。きっといつか、必ず」

キラキラした、宝石みたいな言葉が聞こえてきた。
その輝きは私の心の中で少しも衰えないまま、一年後、東京で再会した時に、
本物の原村さんを前にして大切な思い出として私の心に仕舞われた。
最終更新:2010年04月24日 19:08
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