(うーん、何にしたらいいんだろう)
お昼の休み時間、図書館に本を返しに向かう途中で考えごとをしていたら、
「あら、咲じゃない………ってどうしたの?」
「難しい顔をしとるのぅ」
ばったり出くわした部長と染谷先輩から、挨拶もそこそこにそんな風に言われてしまった。
自分でも眉間に皺がよってるんだろうなってはわかっていたから、別に驚きはしなかったけれど、
いきなりだったからなんて答えたらいいのかまでは思いつかなかった。
「えっと、はらm……」
ずっと和ちゃんのことを考えていたからついその名前を口にしそうになって思い直し、
「はら?」と怪訝な顔をした部長と染谷先輩に向って
「何でも……(ありません)」
とこまがすために口を開く。でも、言い終わる前に
「悩み事でもあるの?」
あっさりと言い当てられてしまった。
二人には私の考えが筒抜けになっているような気がして思わずドキリとする。
「あの、そ、そういうわけじゃ…」
慌てて手を降ったその努力も虚しく、部長と染谷先輩は
「ほう」
「言いにくいことみたいだから、これ以上は聞かないわ」
なんて、納得したような笑顔を浮かべた。
いつものことだけど、やっぱり二人には全然適わない。
「じゃあ、また後でね」
「部活にはちゃんと来んさいよ」
言葉通りに背を向けて去って行こうとする気遣いがとても大人びて見える。
和ちゃんには悪いけれど、部長と染谷先輩の後姿を見ているうちに頼りたくなってしまった。
(やっぱり私一人じゃ答えを出せそうにないし)
そう思って結局二人を呼び止め、
「実は……」
と相談を持ち掛けた。
「咲さん、クリスマスの予定はどうなっていますか?」
和ちゃんにそう聞かれたのは、登校途中。
いつものように二人で待ち合わせて一緒に通学路を歩いている時だった。
そう言えば、和ちゃんの家はお父さんとお母さんが検事と弁護士だから、
きっと豪華なクリスマスパーティーをするんだろうな、
そんなことが頭に浮かんで、嫌でも自分の家のことが思われた。
少し憂鬱な気分になりつつ、
「お父さんがお仕事だから、家で留守番なんだ」
私はお母さんとお姉ちゃんが家を出て以来
クリスマスを一人で過ごすのが習慣になっていることを素直に伝えた。
自分では馴れたつもりでいたのに、言葉にしてから改めてそのことが味気なく思えて、つい苦笑いが浮かぶ。
「でもいつものことだから」
空元気を振り絞りつつ、胸の内で寂しい思いを感じていたんだけれど、
でも、次の瞬間そんなのすぐに吹き飛んでしまった。だって、
「私も今年は両親がいないので、良ければ一緒にクリスマスを過ごしませんか?」
和ちゃんが誘ってくれたから。
まさかクリスマスを一緒に過ごせるなんて思ってもみなかったけれど
「いいの?」
「勿論です」
「嬉しい。プレゼント持って行くね。何か欲しいものはある?」
「じゃ、じゃあ、一生の思い出になるようなものが欲しいです……//////」
「一生の思い出?」
そんな御願いをされるなんて、もっと思ってもみなかった。
「一生の思い出になるものって、なんでしょう?」
事情を説明し終わってから尋ねると、部長と染谷先輩は揃って含みのある笑顔を浮かべた。
予想もしていなかった反応にちょっぴり身構えていると
「決まってるじゃない」
「考える必要もないじゃろ」
という言葉が返ってきたから、何だか狐につままれたみたいな気分。
「咲も高校生なんだからわかるでしょ?」
「わかりません……」
「あらら」
「まあ、咲じゃからのう」
「すいません」
「初めてのことよ」
「そうじゃ。人生で一回しかないものを上げれば、一生の思い出になるじゃろ?」
「えと、そうですね」
「っと、まだわからんのか?」
「さ、さっぱり」
「咲、あなたの初めてをあげればいいのよ?」
部長の優しい笑顔を見ているうちに一つのことが思い当たった。
でも、それを意識した瞬間どうしていいかわからなくなってしまった。
「おっ、ようやくわかったみたいじゃの」
「一生の思い出になるでしょ?」
「で、でも」
「恥ずかしい?」
「は、はい」
「でも、和だって、きっと恥ずかしかったと思うわよ?」
いきなり視界が開けたみたいな気がした。
そういえば、和ちゃんは真っ赤な顔をして俯いていたっけ。
あの時はどうしてかわからなかったけれど、きっと今の私と同じ気持ちだったんだ。
ううん。きっと、もっと不安で精一杯勇気を振り絞って言ったんだと思う。
今さらかも知れないけれどその気持ちに応えてあげたくて、私は初めてをあげる決意をした。
最終更新:2010年04月24日 19:10