209 名無しさん@秘密の花園 [sage] 2009/10/06(火) 23:25:31 ID:86DXoN2T Be:
「ねえ、透華…」
「何ですの?」
「やっぱりやめようよ…これ」
「はじめ、あなたに選択権はございませんのよ?」
「ご、ごめん」
ボクが今、何を嫌がって、何をやめたいのか。
言葉にすると何となく人聞きが悪いんだけど。
まあ、一言で表現するなら。
尾行だった。
「人聞きが悪いですわよはじめ!」
「ご、ごめん…って、何でボクの心が読めるの透華!」
「もちろん"愛"の力ですわ!」
「も、もぅ…!」
ま、真顔でそんなこと言うのは反則だよ!
…それに、ちょっと誤魔化された気もするよ。
まあ、それは置いといて。
その尾行相手というのが。
「わぁ~い!」
「ぅわっ、走ったら危ないよぉ!」
「み、宮永さん!」
走るウサギと、それを追いかける飼い主、じゃなくって。
うちの衣と、清澄の宮永、原村だった。
何でも、衣があの二人を誘って、遊びに外へ出た、ということらしい。
しかし、
「何か、罪悪感が…」
「はじめは衣が心配じゃありませんの!?」
「そりゃあ心配だけど…」
正直、ボク自身は透華ほど心配性ではないかな、と思う。
まあ、その過保護すぎるところも全部。
透華の良い所なんだけどね。
「あの二人に任せれば、そんな危ないことなんてないと思うよ?」
これは、予想でも何でもない確信だった。
打ち筋や言動を見ても、あの二人は良い子だ。
そう言った意味では心配の必要はないと思う。
「そんなことは百も千も承知ですわ!」
「…だよねぇ」
…多分、透華が心配なのはそういったことじゃないよね。
衣が、自分の下から離れて平気なのかとか、そういう不安なのだろう。
旅立つ雛鳥を見守る親鳥の心境ってやつかな?
透華らしいや。
「それにしても…昨日は本当に驚きましたわ」
「…うん。衣が、一人でお出掛けしたいだなんて、初めてだよね、そんなの」
「えぇ…ハギヨシも、涙を流して喜んでましたわね」
そう、あれには本当に驚いた。
衣のお願いも、萩原さんの号泣も。
いつもクールな表情の萩原さんが、あんなに嬉しそうな顔するの初めて見たよ。
まあ、それも置いといて。
「…透華が本当に心配なのは、もっと内面的なものだよね?」
「…えぇ」
何となく、透華は遠い目をして空を仰いだ。
「衣は…ようやく出逢えましたわ」
「自分の力をぶつけても、物怖じしない打ち手と」
「自分に、普通の人間として接してくれる存在に」
「…だね」
そう。
衣は、求めてた。
自分と遊んでくれる誰かを。
上辺だけではない、人との触れ合いを。
衣の麻雀を見ていると、いつも思う。
あの挑発的な、相手をぎりぎりまで追い詰めるような打ち方。
あれは、言うなれば動物の戯れで。
衣なりのサインなのだと。
それはつまり、構ってほしいという意思表示。
衣の場合、その表現方法が少し過激なんだ。
だから、みんなその過激さについていけず、衣から目を背けてしまう。
多分、寂しい思いも、いっぱいしたんだろうな。
衣はただ純粋に、娯楽として麻雀を楽しみたいんだろう。
そしてそれは、麻雀に限ったことではないんだと思う。
けど、その特異な体質は衣を孤独にし、その寂しさから、衣自身もいつしか心を閉ざしてしまった。
衣は、本当の意味で、遊びを楽しむ心を忘れてしまったんだ。
だけど、
「…衣は、歩み出したよ」
「あの子と――宮永と、出逢ってから」
初めて、衣と麻雀を打って"楽しい"と、言ったあの子が。
ボクたちとは、また違う世界で生きるあの子が、衣を、孤独な海底から引きずり出したんだ。
「…そうですわね」
「感謝してますわ…清澄のあの子にも、原村和にも」
透華は、ほんの少しだけ、寂しそうな顔をした。
心なしか頭のツンツンもしんなりしている。
「わたくしたちでは…あの子の心を、掬いとってはあげられなかったんですもの」
…ふふっ。
衣。
君は、こんなにも透華に想われているんだね。
…少し、妬けちゃうな。
でも、
「そんなこと、ないと思うよ。透華」
「え…?」
「透華は、いっぱいいっぱい衣を気に掛けていたでしょ?」
「それ、ちゃんと衣にも伝わってると思うな」
「…そう、かしらね」
透華にしては、えらく低いテンションだった。
やっぱり、衣に関しては色々思うところがあるんだろう。
「いつも透華と一緒にいたボクが言うんだから、間違いないって!」
「そう、ですわね…。えぇ、はじめがそう言うのなら、きっとそうに違いないですわ!」
うん、やっぱり、透華はこれくらいのテンションじゃなきゃ透華じゃないよ。
「…それで、はじめ?」
「うん?」
「こ、これからもわたくしと一緒に…」
「衣を見守ってくださる…?」
…あは…あははっ。
何を今さら…なんて、口にはしないよ。
だって、答えは初めから決まっているから。
「…もちろんだよ、透華」
「ボクは、透華付きのメイドなんだから」
「それに」
「選択権はないんでしょ?」
――今日一番の透華の笑顔が、そこにはあった。
―――
――
…
「ってああぁっ!!」
「ど、どうしたの透華!?」
「こ、衣たちを見失いましたわっ!!」
「え?…あ、あぁぁぁ~!」
今日の透華は、いつもよりお姉さんで、いつもより温かいお母さんだった。
…ちなみに、お父さん役はボクね。
了
最終更新:2009年10月07日 01:12