「起きて下さいっ!!遅刻しちゃうしっ!起きて下さいってば、福路先輩っ!!」

福路先輩は朝に弱かった。もっとも私がそれを知ったのも今朝のことだ。

「「「おねーちゃん、おねぼうさんだー!」」」

妹たち(三つ子)が騒いでる。…福路先輩、子供にお寝坊さんとか言われてますよ?

「…う~ん。ほら、華菜…あれがチョモランマよ…」

どんな夢を見てるんですかっ!もう、こうなったら力づくで起こすしかないし。
ごめんなさいっ!幸せそうな寝顔に胸がチクリとしたけれど、
心をコーチ(オニ)にして無理矢理布団を剥ぎ取った。

「華菜…寝ちゃダメよ…寝たら凍え死んじゃうわ…」

いや、寝てるのは福路先輩です。
妹たちの声援を受けながら、寝ぼける先輩との死闘はしばらく続いた。



「ご…ごめんなさい…華菜…」
「もういいですっ!はやく朝ごはん食べないと本当に遅刻しちゃいますよっ!」

怒ったふりをしている私。

「「「おねーちゃん、げんきだしてー」」」

いつもの面影もなく、しょんぼりしている先輩とそれを慰める園児たち。
どうしようもなく微笑ましい光景だった。朝から賑やかで騒々しくて。
だけど、もしこんな日が続くのなら、きっとそれを幸せと呼ぶんだと思う。

それは──とても、とても小さな幸せ。



「福路先輩、急いでっ!」

妹たちを保育園に送り届けて、それでもなんとか始業には間に合いそうだった。
信号が変わると同時に走り出す私に急ストップがかけられた。

「あっ、ちょっと待って、華菜。……おはよう、みんな」
「…?」

ピィー、ピィー

先輩は駅の近くにあるペットショップの小鳥たちに挨拶をしていた。

「………」
「あ、ごめんね。ここの小鳥さんたち可愛いからつい…その…毎朝、挨拶してるの…」

ああぁっ、もうっ。可愛いのは先輩の方だしっ!
小鳥が目の前ということもあって、狩猟本能が全開になってしまいそうだった。

「ほらっ!先輩、行きますよっ!!」

勢いに任せて手を繋いでみた。

「…あっ」

福路先輩の顔が真っ赤になる。きっと私の顔も似たようなものだろう。
でも、このぐらいは許してくれますよ…ね?



それは昨晩のこと──



昨日は妹たちの誕生日だった。
なのに神様は何を間違ったのか、私宛にプレゼントが届けられた。

玄関を開けるとそこには福路先輩の姿。

「私も妹さんのお祝いしたくって…私が料理手伝ったら迷惑かしら」

つまるところ、お人好しの先輩はわざわざ家にまで訪ねてきてくれたらしい。
あまりのことに喜ぶより先に軽くパニックになった私を余所目に、
妹たちはちゃっかり先輩に懐いて大ハシャギだった。
……というか懐きすぎだし。やっぱり血は争えないのか?

いつもより賑やかな夜も更けて、妹たちが寝静まったところで、
ようやく私と先輩は一息つけた。

「今日は色々ありがとうございました」
「いえいえ」

先輩が来てくれて助かった。一人で妹三人を相手にするのは骨が折れる。
それに…こうして妹たち寝静まると、今度は県予選のことを思い出す。
──天江衣、連続全国出場の途絶。周囲の雑音は嫌でも耳に入ってきた。
高校に入ってまだ三カ月だというのに…正直、疲れた…。

──華菜。なんでも自分で背負い込もうとしないで…。ね?

不意をついて投げかけられた言葉、穏やかな笑顔。

そっと先輩は私の頭を膝の上に乗せてくれた。膝枕をされるのなんて何年ぶりだろう?
先輩の温もりに優しく包まれて、いままで抑えていたものが決壊しそうだった。

「なにもかも、うまくやろうとしたら大変なんだから、少しは休んで…。
私ができることなら、なんでも話してね」
「先輩ってホント…おせっかいだし…」

あぁ、なんかもうダメだ。決壊するし。

「ぐす…先輩…先輩……」

一度堰を切ってしまった涙はもう止められなかった。
いつ泣き止むとも知れない私を、先輩はずっと撫で続けてくれた。

先輩は本当にどうしようなくお人好しで、そんな先輩が私は──

先輩を見上げると変わらない笑みを返してくれた。
今度は心の別の場所でガラガラと何かが崩れる音がした。

「……福路先輩。……すき…です…」

溢れ出てしまったのは先輩への恋心。こちらも、もう止められそうにもなかった。

「………」

沈黙が怖い。心臓の音だけがドクンドクンと鳴り響いてる。

「……華菜…」

は、はい。返事をしたくても緊張で声が出ないし。

「私も………す……よ…」

消え入りそうな声だったけど、確かに聞こえた。たしかに「すき」って…
待て、焦るな華菜。この人のことだ。後輩としてとか、そんなオチが…

「────っ!!」

ぎゅっと先輩の胸に抱き締められた。さっきより少し高い体温、
押し付けられた胸から聞こえる早鐘のような先輩の鼓動。私の心配は杞憂だったようだ。

待て、焦るな華菜。まだ夢オチっていうのが…

「おねーちゃん、といれー」
「………」

……夢じゃなかった。夢じゃなかったけど……なにもかも台無しだし…。
神様、次からはもう少しまともな方法でお願いします。

その後、また一騒動があり、夜も遅くなってしまったので先輩は我が家に泊まることに。
私はというと疲労と緊張から気を失うように眠ってしまい…そのまま今朝に至る──



──思い出したら、また顔が熱くなってきたし…。

でもホントにあれは現実だったのか…?
私の不安を打ち消すように繋いだ手は先輩に強く握り返された。
振り返ると顔を赤く染めた先輩、それと私の大好きな笑顔があった。

この気持ちは嬉しいって言えばいいんだろうか?幸せって言えばいいんだろうか?
とにかく、もうこの胸は破裂寸前だった。
「世界で一番幸せな人は?」と聞かれれば、迷わず「私」と答えられるぐらい。
きっと私には特別なものなんて何もいらない。
ただ先輩が隣にいてくれるだけで、世界中の幸せは私のものだから。

「福路先輩っ!」

急に甘えたくなって思わず頬ずりしていた。

「もうっ、遅刻しちゃうわよ」

うぅ、逆に怒られたし。でも、ちゃんと頭を撫でてくれる。

キーンコーン──始業の鐘が聞こえた。にゃはは、遅刻だ。

「先輩、急ぎますよっ!!」

先輩の手を引いて慌てて走りだした。


──どうか、こんな毎日がずっと、ずっと続きますように

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最終更新:2010年03月20日 21:57