──私は夢をみる。

    とても、とても小さな夢。
    けれど世界中の幸せを独り占めしたような。
    とても、とても幸せな夢。



半年前、空を舞う紅い葉が白い雪へと代わるころ、私はキャプテンに思いを告げた。

──ごめんね、華菜。


春が来たら新緑が芽吹くように、秋が来たら木々が葉を散らすように。
その言葉は自然に紡がれた。


──きっと、こうなることはわかっていた。

どんなに近くにいても、キャプテンの瞳に私が映ることはなかった。
キャプテンが見ていたのはどこかの遠い誰か。私ではない誰か。
遠くを見つめるキャプテンの眼差しは、私がキャプテンを思う時と同じだった。


夏が来たら蝉が歌声を奏でるように、冬が来たら白い静寂に覆われるように。
これは自然な結末だった。


もしも……もしもこの思いを秘めたままにしていたならば
今までの関係でいられたのかもしれない。

ただの先輩と後輩、それ以上でも以下でも関係。届かない恋心。
それに目を瞑って幸せな夢に微睡みながら過ぎていく日常。
それはとても心地良くて──怖かった。

──こんなのは私じゃない。

私はカッコ良くなんて生きられない。
だけど現実に目を背けるようなカッコ悪い生き方もしてこなかったはずだ。

素直に打ち明ければ──それでもキャプテンの側にいたいと思うこともあった。

だけど、そんな生き方を選んだらキャプテンのことを思う資格なんて無いと思うから。
私は胸を張ってキャプテンのことを好きだと言いたい。その結果がどんなに悲しいものでも。


──だから、この夢に幕を。


「華菜…」
「そんな顔しないでください。…私は大丈夫ですっ!」

叶うならば、これからもあなたと歩んで行きたかった。あなたの側にいたかった。けれど──

「キャプテン、来年は団体戦も個人戦も風越が独占しますからっ!
ちゃんと見に来てくださいねっ!」

それは叶わない夢ならば、せめて終わりは笑顔で迎えたい。

「…うん、華菜のこと、必ず見に行くからね」
「はいっ」

キャプテンに背を向けた。

そっと目を閉じると、瞼の裏、キャプテンと街を歩く私の姿が見えた。
甘えて頬擦りするとキャプテンが優しく頭を撫でてくれる。
一緒にいられるだけで嬉しくて、
隣にキャプテンがいてくれるだけで、
ただそれだけで、私は幸せそうに笑っていた。

それは叶わないと知りながら想い描かずにはいられなかった夢の残照。

零れそうになった涙を押し留め最後の言葉を告げた。



──私は夢をみた。  

    それは、とても小さく幸せな夢。
   けれど夢にお別れを。
  私が前に歩き出す為に。



爽やかな春の陽射しと洗い立てのシーツの香りに思わず目を細めた。
こうして洗物を干していると、あの人に少しだけ近づけた気がして
後輩たちに口煩く言われても止めるつもりはなかった。

「キャプテン…」

一人呟いた。今は自分がキャプテンだというのに、そう呼ばれるのは苦手で
後輩たちには名前で呼ばせている。私にとってのキャプテンは、きっとあの人だけなんだろう。
どうしようもなくお人好しで泣き虫で、その何もかもが愛おしかった。

柔らかな風が吹いた。
それはまるであの人に包まれているようで、もう遠くなってしまった日々を思い空を仰いだ。

浮かぶ雲が涙に滲む。
あれから季節が巡っても、まだ涙は枯れる気は無さそうだった。

「ははっ、まったく…情けないな私…」

きっと私があの人を忘れることはないのだろう。
ううん、絶対に忘れない。あの穏やかな笑顔も、優しかった温もりも。
どんなに時が流れても、あの人と過ごした日々を手放したくない。

だから──悲しみに負けない強さが欲しい。
この胸に残る大切な思い出を悲しいものにしないように。いつか笑って振り返れるように。

「大丈夫っ、私は名門風越のキャプテン池田華菜だっ!立ち止まってなんていられないし!!」

強くなるんだ。あの人に「好きです」と伝えた事を後悔にしないように。
まだ流れる涙は止められないけど、それでも今はただ前だけを向いて走っていよう。

「──さぁ、行こう」

去り際、風に靡くシーツの陰に一瞬だけあの人の姿が見えた気がした。

───さようなら、キャプテ……福路先輩……

柔らかかった春風はその思いに応えるように、走り出した私の背中をそっと押してくれた。

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最終更新:2010年03月20日 21:59