682 1/3 [sage] 2010/03/31(水) 01:23:20  ID:jWuIRvjV Be:

「先輩、大好きっす……」

私の口は愛の言葉を紡ぎだす。ここは教室の中。帰りのホームルームが終わったばかりで、
人も大勢いる。この状況でそんな事を言えば、普通なら誰かに気付かれて、騒がれる。
――そう、普通なら。

でも、私は極端に存在感が薄い。だから、何を言っても気付かれない。
私の声を聞いてくれるのはたった一人。
そのたった一人の存在、先輩。

その最愛の人への想いを、私は口に出す。
そうして先輩への愛情を噛み締めないと、この幸せが消えてしまいそうな気がするから。
一時の夢のような、魔法でもかけられた様な、この幸せが。

そんな不安が、ここの所――県予選を勝ち上がれず、全国へ行けない事が決まった
時から――大きくなって来ている。

先輩は私を麻雀打ちとして必要としてくれた。ところが結局私たちは全国へは行けず、
私は先輩の期待に答えられなかった。

そんな私を先輩が見捨ててしまう――その恐怖が、私の胸を締め付ける。

その恐怖と、先輩の感謝の念と恋心とが混ざった強い感情が、私の心にあった堤防を壊した。
溢れ出す気持ちが抑えられなくて、私は叫んでしまった。
自分でもびっくりするくらいの大声で。まるで、先輩が教室に来て私を必要としてくれた時の様に。

「私、先輩の事が大好きっす!」

その途端、教室中の人が振り向いた。

聞かれてしまった?頭の中にそんな疑問が渦巻いた。まさか。でも、今のはかなりの大声だった。
こんなにもたくさんの人が私の声を聞いてくれた。それは、やっぱり嬉しい事だ。

――でも、よりによってこんな事を聞かれるなんて……。あまりの恥ずかしさに、顔が真っ赤に
なっていくのが自分でもはっきりと分かる。

「……モモ?」
後ろから声がした。この声は間違いなく、先輩のものだ。間違えるわけはない。

だとすると、今の私の叫びを……聞かれた?

恐る恐る振り返る。そこには、戸惑った赤い顔をした先輩がいた。
間違いない、あの言葉を聞かれた。先輩の表情を見て確信しながらも、
動揺を必死に隠して先輩へと歩み寄る。

「あれ、先輩どうしたんすか?教室まで来てくれるなんて」
「ここ数日、部活に顔を出していないそうじゃないか……。どうしてなんだ?」
平静を装っていたけれど、先輩の声はやっぱりすこし上ずっていた。

――そんな事より、今は先輩の質問に答えなくては。
確かに私はここ数日部活を休んでいる。その理由は……
「先輩と県予選にいけなかったから、先輩が私の事を必要としてくれなくなるんじゃないかって、
嫌いになってしまうんじゃないかって考えたら、不安で不安で……それで、つい。……すいません、先輩」
「何を馬鹿な事を言っているんだ!」
先輩に怒鳴られて、私は驚くと同時にどうしようもない悲しみに襲われた。
先輩を怒らせてしまった。どうしよう。

そんな私を救うように、先輩は優しい口調で言った。
「私が、そのくらいでモモの事を嫌いになる訳が無いだろう。私には、モモがずっと必要なんだ。
麻雀抜きでも、一人の人間として……いや、恋人として……モモがずっと必要なんだ。
私は、モモの事が好きだ。この思いは、一生変わらない」
先輩の顔は、真っ赤になっていた。その顔が、私に近づいてくる。

「……待って欲しいっす。まだ、私の告白が済んでないっすから」
「それなら、さっき聞いたが。大声で叫んでいる所を」
「……もう一度、改めて言うっすから」

すう、と息を吸う。ありたっけの想いをこめて、先輩に告白する。
「私は、先輩が大好きっす。ずっとずっと、これからも……一生、好きでいるっす」

「モモ……」
「先輩……」
私たちはじっと見つめ合う。

そして、キスをした。そのキスは、甘く切なくて。その感触をしばらく味わっていった。
どれくらいたっただろう。先輩が、唇を離して私に言った。

「なあ、さっきから私達の事を皆が見ているのだが……ひょっとして、モモの事が
見えているのか?」
「そうみたいっすね!私、うれしいっす」
「たしかに、それは喜ばしい事だが……。しかし、よりによってこんな所を見られるなんて……
モモは恥ずかしくないのか?」
「私は先輩と一緒ならどんな事でも平気っす!さあ、部活に行くっすよ!」

そう言って、私は先輩の腕を掴んで走り始める。先輩も、私の方を見て微笑みながら、
一緒に走る。

二人で走る長い廊下が、これから二人で過ごしていく人生に見えた。



――次の日。教室に入った私を、たくさんの人が取り囲む。みんな、私を見てくれている。
みんなからの質問攻めに遭い、大変だと思うと同時にとても嬉しかった。

そして、こんな私をこんな風にしてくれた先輩への感情がまた溢れ出して……。
私の口はまた、愛の言葉を紡ぎだす。

「先輩、大好きっす」

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最終更新:2010年03月31日 19:24