162 名前: ◆AjotIQkrmw [] 投稿日:2009/05/16(土) 02:22:24 ID:sFK+i5ov
『ロン』
パソコンから流れる無機質な合成音。
mob:まーた捲くられちまったw
むっきー:いえ、運がよかっただけです。
etc:今日はもう落ちー。
mob:んじゃオイラも
エキストラ:明日は勝つ!
むっきー:ありがとうございました。またよろしく。
加治木先輩に誘われて入った麻雀部。
最初は特にする事もなかったし暇つぶしぐらいにはなるかという、軽い気持ちだった。
いや、あの日まではその軽い気持ちをどこかに残していたのかもしれない。
県予選決勝。
私達、鶴賀学園は惜しくも清澄に敗れ去った。
インハイに行きたいという気持ちはあったけど、それでも、どこか人事のように『やっぱり』と思っていた。
加治木先輩が人目を憚らず、涙を流す時までは――
蒲原先輩が慰めていた。
モモが、妹尾が、一緒に号泣していた。
私は――
表彰式で喜ぶ清澄の面々を見て、決意していた。
来年を見ていろ、来年は私達鶴賀学園が勝つ!――
「まだ駄目だ。これぐらいじゃアイツらには勝てない…」
ネットでもそこそこ勝てるようになってきた。
モモに対しても、勝てないまでも負けもなくなってきた。
でも駄目だ。
あの化け物どもは、これぐらいじゃ倒せない――
ノックの後に部室のドアが開いて、入ってきたのは――加治木先輩。
「やあ、久しぶり」
「お久しぶりです」
県予選が終わって引退した先輩と会うのは久しぶりだった。
「今日は何か?」
「ん、受験勉強ばかりでは息がつまるからな。たまには打とうかと」
「あー…今日は妹尾が休んでるんですよ。モモはまだ来てません」
「妹尾も休みか?」
「妹尾『も』?」
「あ、いや、その、あれだ、モモは昨日も休んでいたから」
何でそんな事を知ってるんですか?
と、突っ込むのは野暮だろう。
先輩とモモが愛し合ってるというのは、麻雀部では周知の事実だった。
知らぬは本人ばかりなり。
2人が甘い空気にしてるのを見る度に。
私の胸は苦しくなる――
昔はこの感情を認めることができなかった。
先輩を好きになったところで、どうしようもないから。
想いを告げたところで、先輩の迷惑になるのは分かりきっていたから。
ならばいっそ、こんな想いなんて封じ込めてしまえばいい――
出来もしない事をやろうとした報いなのか。
想いを抑えきれなくなった時、先輩の傍には――モモがいた。
「そうか、2人とも休みか…ん?じゃあ津山は何をしてる?」
「1人でもネット麻雀はできますからね…効果があるかどうかは別ですが…」
「あるさ。いいか、津山。麻雀に限らず、どんな事でも努力は決してお前を裏切らない。絶対にだ」
「…そうでしょうか」
「私の保証じゃ、不安か?」
「いえ、お言葉は有難いです…でも、アイツらに追いつくには…」
「やれやれ…」
いきなり先輩に抱きつかれた。
――先輩って、何気に胸が大きいんだなぁ。
「って、何を!」
「あまり思いつめるなよ」
「……」
「お前の弱点は『楽しむ余裕』が無い事なんだよ」
「たのしむよゆう…」
「お堅いだけじゃ、下は付いてこないぞ。津山部長」
ゆっくりと、離れ。
軽く、私の頭を叩く。
「じゃ、私は帰るよ…大丈夫、お前は1人じゃない。妹尾とモモとなら、清澄にだって勝てるさ」
「…ありがとうございました!」
「ん、妹尾によろしくな」
部室を出て行く先輩の後姿を見ながら、私は私と約束をする。
最高に熱い夏を東京で楽しむんだと――
東京の大学に通う加治木先輩に会いにいくんだと――
一年後――
私達は、帰ってきた。県予選決勝戦へと。
勝つために、楽しむために。
「じゃあ、行ってくるよ」
「頑張ってください、部長!」
「あんな奴ら、部長の敵じゃないです!」
一年2人がテンションを上げてくれた。
「がんばって」
「ああ、私なりに。精一杯…楽しんでくるよ」
妹尾が励ましてくれた。
「化け物退治は私に任せるっす!」
モモが安心させてくれた。
しかしモモ、お前も化け物の仲間だって分かってるか?
緊張はしているけど、不思議と心地良い――
一歩一歩を踏みしめながら舞台へと向かっていた。
勝つために、楽しむために。
でも、1つだけ心残りがある。
先輩に見てほしかったな…
東京から応援に来てくれるはずだったけど、試合開始前にかかってきた電話では電車が遅れてるとのことだった。
しょうがない。
モモの出番には間に合ってくれれば、それでいい。
「津山!」
後ろから声が――
「津山!」
「か、加治木先輩!?どうしてここに!?」
「電車を降りてタクシーを飛ばしてきた」
「そんな無茶な…」
「見てたよ、ワンセグで。随分と賭けに出たオーダーだったな」
「ええ、でも確信はあったんです。あの2人なら大丈夫だって」
「一年2人に先鋒と次鋒を任せる、か。結果は大当たりだったな」
「ええ、龍門渕に3万点差で、清澄に1万点のリードなら御の字ですよ」
「確かにな。一年が頑張ったんだ、先輩として、いいとこ見せなければな」
「はい!任せてください!…先輩、1つだけお願いしてもいいですか?」
「出来ることなら、な」
「大した事じゃないんです。決勝が終わったら…5分だけでいいです。私に時間をくれませんか?」
「それは構わないが」
中堅戦開始5分前です。
選手の方は――
「約束ですよ!それじゃ、行ってきます!」
「ああ、楽しんで来い!」
やっぱり私は加治木先輩が好きだ。
でも、もうそろそろケリをつけなきゃいけない。
その為にも。
私との約束も、私の想いも一緒に。
この舞台を楽しもう。
勝つために、楽しむために――
最終更新:2009年07月11日 21:47