107 名前:名無しさん@秘密の花園 投稿日:2009/07/03(金) 00:22:20 Xgp4PyPY
私は学校で会長と呼ばれ、部活動では部長と呼ばれる。
いつからだったか忘れたけれど、私にはある願望があった。それは他の人から見たらくだらないだろうし、別に願望というものに遠く及ばないかもしれない。
私は名前を呼んで欲しかった。
いつも、私のことを役職名で呼ぶ。会社の上司じゃあるまいし。
名字を呼ぶのは先生くらいで、名前なんてここ最近、特に学生議会長就任後は呼ばれたことなんて無かった。
そうなったのは呼びやすいからだろうし、敬意を持ってくれてるからなのかもしれない。
でも、親しい間柄ならやっぱり名前で呼んでほしかった。
まあ、無理に呼ばせる気はなかったし、呼んでくれたら嬉しいかな、なんてレベルの願望だった。
だけど…最近、一人。無性に呼んで欲しい人ができた。
あのコには特別に呼んでもらいたいかな…なんて。
馬鹿ね、私。
これじゃまるで少女マンガの主人公みたいな気持ちじゃない。私にはそんなキャラクターは似合わない。
誰だったか私を不良っぽくてイイだなんて言ってきたけど、確かに乙女ちっくな私は似合わないのは自分でも解る。というか、私は不良なんかじゃありません。
何はともあれ私は、あのコだけには名前で呼んでほしかった。
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今日は珍しく晴れた。
嬉しくなって、私は今日も頑張ろうと空を見上げた。
梅雨は嫌いだ。
雨は嫌いじゃないけれど、やっぱりこのジメジメとした空気があまり好きではない。
夏に近いからか、直射日光が私を包むと体温が上がりっぱなしになる。
優希に作ったお弁当、危なかったりして…?いや、冷却材を一緒に入れといたから大丈夫。
学校に到着。
「おはよーございます、会長ー」
「会長、おはよー」
「おはようございます」
私は校庭内に入ると下級生から同級生までの沢山の人たちに挨拶される。
私は今日もそれに答える。
挨拶してくれる人の中に、少し、何というか…スキスキオーラ全開の人とかいる。私の自惚れかもしれない。でも、優希が私を見る目に近いものを感じるんだ。
正直悪い気はしないけれど、そんな目で見ていいのは残念ながら一人だけなのよね。
…優希はそんな情景を見たらなんて思うかな。
ちゃんと焼き餅妬いてくれるのかな?
じゃないと、少し淋しいな…。
「ぶちょー、おはよーだじぇ!」
「のわっ!?」
不意打ちだった。
後ろから、小さな女のコが私を抱き締める。
一瞬誰だか解らなくて、でも直ぐにその特徴ある口調で、優希だと気付いた。私の小さな恋人の、優希。
さっきまで優希のこと考えてたから、少し驚いてしまった。
「なぜそんなにあわててるのだ?」
「いやー、びっくりしちゃったから。…おはよ、優希♪」
「うん、ぶちょー♪」
うーむ。可愛らしい。
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昼食は、屋外木陰の下で二人きり、時々咲や和もいる、なんていう日々が続いた。
だけど今日は暑い。私は良いとしても、優希にあまり無理させたくないわね…。
というわけで、私は今日は校内で食べることを考えた。
場所は私のクラスの教室。
昼食時教室には、クラスメートはあまりいない。学食や他の教室に行っているからなのだろうか。
うちの学校には上級生の圧力や格はそんなに無いから、学年を飛び越え仲の良い人のもとへクラス移動する人が沢山いる。私のクラスでも毎日のようにそういう人は来てる。
だから、きっと優希も上級生のクラスに入るのにさほど抵抗がないと思う。
などと授業中考えていたから、授業の内容全然聞いてなかった。ま、大丈夫だけどね。
気だるい授業は終わった。
そうして迎えにゆくのは、私だけのお姫様。
彼女に私は提案し、快く了解してくれた。
クラスに戻ると、今日もほら、クラスメートはまばらで。十人満たない。
私は窓際の机を提供した。持ち主いないからいいわよね。
熱い日差しが入るからカーテンでも引こうかな、なんて思ったら…徐々に天は曇り空に切り替わっている最中だった。
「はい、優希。今日のタコス」
「わー♪おいしそーだじぇ!いっただきまーす♪」
美味しそうに食べる優希。
そんな優希を見てるだけでこっちまで幸せを感じるから不思議だ。
「毎日タコスで飽きない?」
「無論だじぇ。タコスならいくら食べても飽きないじょ♪」
「そんなに好き?」
「うん♪」
じゃ、ここでお決まりの意地悪を一つ。
「優希はタコスと私、どっちの方が好き?」
優希が硬直するのが解る。
直ぐに頬を赤らめて、もじもじする。
そんな優希を見てると抱きしめたくなっちゃうから困る。
「…言わなきゃ、だめぇ…?」
破壊力抜群の台詞をその表情で言われると私も死んでしまいそうになる。
もー、めちゃくちゃ可愛いんだから!
だけど私は、更にちょっとした意地悪をしたくなってしまう。
やっぱり私は悪い奴なのかしら。
「言いたくないなら良いわよ?優希は私よりタコスが好き、だなんて」
「!?!?」
優希は焦った表情になる。
あ、やばい。少し苛めすぎた。
急に良心にとがめられて。
「ご、ごめん優希…意地悪し過ぎたわ」
「…ひどいじょ、ぶちょー…」
「本当にごめんね…。許して?」
「……ぶちょーは私のことを苛めたくて仕方ないんだじぇ」
「な!!ち、違うわよ!?」
断じて違うわ!
「じゃあ…ぶちょーは私のこと、好き?」
「勿論よ!」
「じゃあ…愛してるって言って?」
「な……」
まさか、これは。
…優希の逆襲だったか。
やはり。いつの間にか、笑顔で言ってきていた優希。
や、やられた。
私が「好き」だとか「愛してる」だとかの発言が苦手なのを知ってる優希。
「…優希だって意地悪じゃない」
「おあいこだじぇ♪」
「やられたわ」
屈託なく笑う彼女。
無邪気に、優しく、私に笑顔をくれる。
私はまた、幸せ…を感じてしまうのだった。
だけど。
そんな幸福感の中に私はあっても、やっぱり思ってしまう。
何で、私を部長って呼ぶの…?
優希は私を好きなんでしょ…?
なら、呼んでよ。
久って、呼んでよ。
その優しい笑顔で、可愛らしい口調で。
我が儘にも程がある。ばかばかしい願い。
でも……名前で呼んで。
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授業が終わり、私は学生議会の仕事へ。
本日の議題は“来たる夏に向けての清掃活動”。別に夏だろーが何だろーが清掃活動はボランティアとしてやるのだけれど、私の意向でそうしてもらった。季節感が大事なのよ…まあ、単純にゴミ拾いなんだけどね。
生徒から有志を募って人数を増やす必要があるわね。うちの部員も入れちゃおうかしら。
暫くの後、部活へ赴く。
部活の時間は楽しい。
同じようにルールを知る人が、同じ時間、同じ場所に、四人いないと出来ないゲーム。
制約が多いのだけれど、それって凄く素敵なこと何じゃないかしら。
「あ、部長だ」
「こんにちは、部長」
「はいはーい、こんにちは」
「随分と遅い登場じゃのう」
「仕方ないじゃない、色々仕事があるのよ?」
一通り挨拶を交わして…あれ?一番元気なコがいない。
「優希は?」
いないと寂しい。お昼はあんな元気だったのに、何かあったのかしら。
「優希なら…」
和が指差す先は仮眠用のベッド。
なんだ、寝ていたのか。
…寝顔が見たいわね。
起こさないように、静かに近づいて。
「すー…すー…」
天使がそこにはいた。
「可愛い…」
「いや言わんでいいから」
「あ…」
思わず口に出てしまった。恥ずかしいわね。まこに突っ込まれてしまった。
「だって可愛いから仕方ないじゃない?」
「のろけんでえーから…全く、最近変わったのう」
「そうかしら?」
「そーじゃ。日に日に女にのーてる」
「私は産まれたときから女よ、失礼ね」
ま、確かに男勝りかな。
よくカッコイイだなんて優希が言うけどそれって女としてどうなのかな。
「まー、あまりのろけんで…只でさえ一年生がラブラブもんじゃから」
当の二人を見る。
普段はそんな雰囲気匂わせないのに。
ふと目があう二人。咲が笑いかけ、和の顔が赤くなる…前言撤回、普段も匂わせてた。
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朝はあんなに晴れていたのに、下校時刻になる頃には雨が降り出した。昼に雲を浮かべた空は、雨を降らせる準備をしていたらしい。
しまった、傘持ってきてない。置き傘も折り畳み傘も生憎持ち合わせていない。
「ぶちょー、傘無いの?」
「うん…。優希、もしよかったら…」
「勿論だじぇ♪」
優希に入れてもらい、帰ることになった。
優希の傘は狭く、折り畳み傘だからか、二人には少し無理があった。
優希の肩を濡らしたくない。
私は出来るだけ優希に、傘が守る比重を置いた。
二人だけの空間がそこにはあった。
「ぶちょー、肩濡れてるじぇ…」
「大丈夫よ」
「でも風邪引いちゃう…」
私は優希に風邪引かれたら困るわ。
「いいから、ね?」
「…ごめんなさいだじぇ」
あまり強くない雨が降る。
「ねー、ぶちょー…」
「んー?」
「……何でもないじぇ」
「何よ?気になるじゃない」
「……ぶちょーは私に何かしてもらいたいこととか…ある?」
何を突然。どうしたんだろう。
「なんで?」
「ぶちょーは…いっつも私に色んな事とかしてくれるから…その、何かしなきゃかなー、なんて…」
優希は優しい。元気いっぱいで、思いやりがある。
そんな優希が好きなんだけど、少し律儀なところもある。
「今傘入れてもらってるわよ?」
「そういうのじゃないんだじぇ…こ、恋人として…あの…」
顔を真っ赤にして言うから。
思わず、私は抱き締めた。傘で隠すようにして。
「……ぶちょー……」
「今だって相合い傘なんだし、恋人同士でしょ?」
「……うん…」
雨で冷えていた優希の体。
少しでも温めてあげたくて。
ふと、とある願望が脳裏によぎる。
それは、いつからだったかずっと心にあったこと。
「……じゃあさ…一個だけ、お願い聞いて…?」
私は優希を抱き締めたまま、耳元で言う。
「……なんだじぇ…?」
それは、愛らしいあなたにしてもらいたいこと。
「…名前で、呼んで?」
それはばかばかしく、けど真剣な願い。
「……それだけ?」
「うん。…ダメ?」
「…お安いご用だじぇ!」
そして。
「久ちゃんでいい?」
「うん…優希」
めったに呼ばれたことなんてないから、無性に恥ずかしさを感じる。
今は、再び帰路の中歩いてる。
「久ちゃんは雨は嫌い?」
「まあまあかな?優希は?」
「私は好きだじぇ?だって…ほら、久ちゃんとこんなに近く…」
二人の頭上には、相合い傘には狭すぎだけど。
雨を守るのには不十分だけど、二人の距離を近付けるのには十分だった。
「そうね、優希」
久ちゃん、と呼んでくれる優希の手をとる私。
握り返す優希。
冷たくなったその手を、私は温める。
「久ちゃんの手…あったかだじぇ」
「でしょー?」
「何でそんなにあったかなのだ?」
何でかしら。健康だからかな。いや、違うわね。
「…多分、優希の手を温める為よ」
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帰宅後、私は直ぐにお風呂に入った。
といっても、シャワーを浴びるだけ。
私は風邪を引くわけにはいかないし、体を温めようと思って。
熱いお湯を頭から被りながら、私はさっきまでのやりとりを思い出す。
「…久ちゃん、か…」
思わず苦笑してしまう。
まさか、こんな簡単に願いが叶うなんてね。
久ちゃん。いい響き。恥ずかしくて、でもなんだか心まで温かくなる。
いつからだったか、私は名前を呼んで欲しかった。
役職名なんかじゃなくて、私が私であった時からある、私だけの名前で。
私を特別に呼んで欲しい人が出来てからは、別に誰からでもそう呼ばれたいわけでなくなった。
そして今日…その願望は叶った。
…ますます近づけたね、優希。大好きだよ。
二人の距離を縮めてくれた雨に感謝しつつ、愛しいあのコをまた想った。
最終更新:2009年07月11日 16:10