形而上学の仕事は実在と実在的諸対象のもっとも一般的な性質を研究することである。(注1)
しかし現状では、形而上学は一般記述学の他の諸分野にさえ及ばぬほど、取るに足りない、不安定な、堕落した学問なのである。
それを培うふりをする人びとの胸の内に真の科学人としてやって行こうとする心意気がないのは明明白白である。
彼らは自分たちがどんな誤謬に陥ってしまったかを見出すのに全力をふりしぼったり、そのような発見をするたびに小躍りしたりするどころか、むしろ「真理」に面と向うことを恐れている。
彼らはしっぽを巻いて逃げるように、真理から遠ざかる。
彼らが解決することを仕事としているもろもろの問題の大きな目録から彼らはこれまでに僅かの問題を取り上げたに過ぎないし、しかもその僅かなものにせよ、それに対する取り組み方はこの上なく頼りないものであった。
―『形而上学』パース著作集
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形而上学クラブ
1870年のアメリカ合衆国、マサチューセッツ州オールド・ケンブリッジ界隈において形而上学クラブと呼ばれる研究会が誕生します。
後にアメリカの哲学者チャールズ・サンダース・パースはこの形而上学クラブについて、半ば皮肉を込めて半ば傲慢にそのように呼んだとしています。
当時のアメリカでは不可知論が尊大な態度をとっており、あらゆる形而上学を見下し、威厳を誇っていた、そのような時代でした。形而上学クラブのメンバーは取るに足りない、不安定な、堕落した問題を扱っているというやや自嘲的な意味合いを込めていたものとも思われます。
この研究会の主なメンバーは、科学者のチャールズ・サンダース・パースのほかに、心理学者のウィリアム・ジェームズ、科学者のチョーンシー・ライト、弁護士のニコラス・セント・ジョン・グリーン、ジョゼフ・バングズ・ウォーナー、のちの最高裁判所の裁判官となる、オリヴァー・ウェンデル・ホームズ・ジュニアでした。
時折出席したメンバーに、歴史家のジョン・フィスク、『科学的有神論』の著者となるフランシス・エリンウッド・アボット、哲学科の教授ヘンリー・ボウイン教授、神学部のC・C・エヴァリットなどが参加します。
このうち、ウィリアム・ジェームズはその生涯にわたってパースを庇護し、またプラグマティズムの代表的な思想家の一人としてもその名を知られています。形而上学クラブにおいて指導的な役割を果たしたとされるのがチョーンシー・ライトという人物で、形而上学クラブにおいて重要な役割を演じていたと思われます。
当初ハミルトン主義に傾倒し、やがてJ・S・ミルに夢中になったとされるチョーンシー・ライトはパースはボクシングの名手と形容しました。ライトはやがて自らの考えをダーウィン主義に結びつけようとしていたと後にパースは語っています。
パースは形而上学と呼ばれる取るに足りない、不安定な、堕落した学問を、別の言い方に置き換えるならば、実在と実在的諸対象のもっとも一般的な性質を研究することを続けました。
さて、形而上学と言ってもあまりよくわからない方もいらっしゃると思いますが、英語ではmetaphysics、簡単に言いますとphysicsを超えたものを意味します。physicsは現代において翻訳されるところの「物理学」のことを指しますが、ここでいうphysicsには「身体的な」あるいは「実体的な」などの意味が含まれていると考えた方がよいと思います。物質的な「モノ」を「超えたモノ」というのはmetaphysics、形而上学の意味するところだと思います。
パースは形而上学に含まれるものとして、数学、論理学、記号論などを導き出します。数学も論理学も物質的な「モノ」ではないことが分かります。また記号signまたはシグナルsignalもまた物質的な「モノ」ではないと言えるでしょう。電気的な刺激や空気の振動など、確かに物理的な現象が介在していますが、パースは記号というものを形而上学の重要な要素として研究を進めました。
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注1
実在とは、英語のrealityの訳語です。
実在論はRealism、
実在論者はRealistになります。
realityは他に「現実」という翻訳がなされることが多くあります。
現実はrealityのほかに、actualityを訳語としています。
現実主義はRealism、現実主義者はRealistになります。
最終更新:2020年03月07日 15:10