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【用語】ポリティカル・コレクトネス

ポリティカル・コレクトネスという用語は、社会の特定のグループのメンバーに対して犯罪行為や不利益が与えないようにするための言葉、政策または措置のことを表現するのに用いられます。

ポリティカル・コレクトネスは形容詞形としてポリティカル・コレクトと表現され、一般的にはPCまたはP.Cと略記されることがあります。

1980年代後半から、この用語は、恵まれない人々や差別されているとみなされる人々のグループ、特に性別または人種によって定義されるグループを排除し、疎外させ、または侮辱すると見なされる言語や行動を避けることを指すようになりました。

公開討論やメディアでは、一般的に軽蔑語として使用され、これらのポリシーが過度であることを暗示します。

現代のこの用語の使われ方は、20世紀後半におけるニューレフトの保守による批判から登場しました。

このフレーズは、アラン・ブルームの1987年の著書『アメリカン・マインドの終焉/The Closing of the American Mind』についての議論において広く使われ、ロジャー・キンボールの『終身在職権をもったラディカルたち/Tenured Radicals』(1990年)、保守派の著者であるディネシュ・ドゥシューザの1991年の著書『不自由な教育/Illiberal Education』に対応して広く受け入れられるようになりました。ドゥシューザは学校や大学のカリキュラムの内容の変更、言葉や肯定的な行動を通じた自己犠牲や多文化主義を進めるための自由主義的努力として見たものを非難しました。

この用語は1990年代のニューヨークタイムズなどのメディアの記事の主題でもありました。

左派のコメンテーターは、保守派がポリティカル・コレクトネスの概念を軽視し、不利益を被っているグループに対する実質的差別行動から注意をそらしていると主張します。

彼らはまた右派はそれを支持された有権者とイデオロギーの批判を抑圧するために、独自のポリティカル・コレクトネスを強制していると主張しています。

この用語は、リベラルと保守の間にアメリカの文化戦争において大きな役割を果たしてきました。

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日本語版wikipediaにおけるポリティカル・コレクトネスは狭い意味での使用しか見られませんので、英語版からの翻訳となります(誤訳もあるでしょうから自分で修正してください)。

ポリティカル・コレクトネスとは、職業の呼称において性別が示唆されている場合など、その性別を示す箇所を修正する場合などに用いられます。

例えば、日本では看護婦が看護師となったり、アメリカではファイヤーマンがファイヤーファイターと呼ばれるようになりました。このような言葉遣いの変更を以てポリティカル・コレクトネスとも言いますが、実際はこの意味に限定されません。実際はより広い意味で用いられます。

日本語において「政治的正しさ」を指すことについて、概ねポリティカル・コレクトネスという用語が使えますが、その根底には「人権思想」があると見なして私はよいと思います。

「政治的正しさ」つまり「ポリティカル・コレクトネス」が、正しさの範とするもの、それは「人権思想」なのだと思います。

私は様々な理由により、「人権思想」を全面的に支持しません。「人権思想」よりも「日本人としての美徳」こそが重んじられるべきであるという立場に立っています。

私の個人的な意見はともかくとして、ポリティカル・コレクトネスは、日本語で言われる言葉遣いに限定されないという点は押さえておく必要があると思います。
最終更新:2019年08月08日 11:18