藤岡が南家に遊びにきた日のこと。
カナはジュースを買いに行き、ハルカはまだ高校から帰ってきていない。
南家には藤岡と千秋の2人だけがいた。
『――階堂君!』
再放送のドラマを2人で見る。例のごとく千秋は藤岡の膝の上だ。
…と、不意に千秋が顔をあげ、藤岡のほうを見てぽそっと呟く。
「…私が藤岡のうえに座る」
脈絡のない言葉。それが何を意味するかわからず、藤岡の反応が遅れる。
「…ふじおかは私の上に座る」
気にせず、そのまま続ける千秋。
藤岡が困惑の表情を浮かべて千秋のほうを見下ろすと、顔を赤くした千秋と目があった。
「…たまには逆もいいと思う」
(な、なんでこんな事になってるんだろう…)
自分の上に千秋ちゃんが座って、千秋ちゃんの上にふじおかが座って。
それが逆になるから、ふじおかの上に千秋ちゃんが座って、千秋ちゃんの上に俺が座る。
そこまではわかるのだが…。
「…意外と重い…」
千秋が藤岡を抱きしめる腕に、ぎゅっと力がこもる。
…そう、千秋は藤岡が膝からずり落ちないよう、背中から手を回して抱き止めているのだった。
(こ、これは何か千秋ちゃんに悪いというか、逆に落ち着かないというか、
いや、背中ごしに感じる暖かさは心地よくはあるのだけども…!)
少し悶々としながら、今の状況について考える。
『――先生!!』
ドラマでは主人公たちが車に轢かれたようだが、そんな内容もまったく頭に入ってこなかった。
「…藤岡」
「は、はい!?」
唐突な千秋に呼びかけに裏返った声で反応する。
そんな自分をちょっと情けなく感じる藤岡だったが、誰だってこの状況ではこうなるはずだと心を落ち着かせる。
「…この位置だと私からテレビが見えない。あと足が痺れた」
「あ、そ、そうだよね」
背も体格も千秋より藤岡のほうが大きいのだから、当然といえば当然だった。
藤岡は慌てて腰をあげると、元の位置に戻ろうと千秋のほうに向き直り…
ぐいっ!
思い切り服の裾を引っ張られ、頭から千秋の胸に倒れ込んだ。
そしてその頭をぎゅっと千秋に抱きしめられ、耳元で小さく囁かれる。
「…だから、横になってくれればいいよ」
(な、なんでこんな事になってるんだ…!?)
頭を胸元で抱かれ、まるで授乳される赤子のように、千秋に抱っこされる藤岡。
膝上には腰までしか乗らないし、当然足もはみ出しているのだが、千秋に気にした様子はなかった。
「これなら足も痺れないし、テレビも見れるよ」
ちょっとだけ柔らかい、小さな胸板の上下。
「…足、寒かったら毛布でもかけるか?」
口調の冷静さに反比例して、どきどきと脈打つ胸の鼓動。
「…藤岡」
少し熱っぽい吐息からは、意識を奪うような少女の香り。
その全てを間近に感じ、くらくらして動くこともできず、千秋の言葉も耳に入らない。
「藤岡」
もう一度呼ばれ、はっとして千秋の顔を見上げる。
目に映ったのは、耳まで顔を真っ赤にし、眠そうな目を潤ませた、妹のように思っていた少女の顔。
「…目、閉じて」
千秋の喉がこくっと鳴り、次第にその顔が近付いてくる。
藤岡は自分が何をされるかを直感した。
(…!)
カナの顔が一瞬頭に浮かび、つい押し退けようとするが、千秋を想うとそれもできない。
自分の甲斐性のなさに胸の中で涙を流しながら、藤岡は目を閉じた。
「……ん」
唇に柔らかな感触を感じる。
味を気にする間もなく数刻して離れるが、また少しして唇が触れ合う。
舌や甘噛みのないキスの繰り返しに、藤岡は千秋がそれ以上を知らないことに気付いた。
触れ合うだけのキスを、千秋の気が済むまで何度も何度も続けていた。
あの後、藤岡はカナの帰りも待たずに逃げるように帰って行った。
泣きそうな顔で「ごめん、3日くらい整理させて…」と謝った藤岡。
自分の顔も見れず、俯いたまま出て行った藤岡。
それを思い出しただけで、千秋の顔に愉悦の表情が浮かぶ。
「…どうした千秋。なにか良いことでもあったか?」
夕食時、カナがその表情に気付いて声をかけてきた。
ふっと表情を引き締め、何でもないよと首をふる。
カナに気付かれると色々面倒だ。
「ふーん…。…ところで、ふじおかを尻にしきっぱなしだぞ」
紅茶のカップを見つめながら、静かな声でカナが指摘した。
はっと気付き、ふじおかの上から飛び退く。
「大事にしろよ。サンタさんからの贈り物なんだから」
カナが何だか険のある目つきで睨む。言葉も少し刺々しい。
…もしかしたら、見られていたのかも知れない。
「…大事にしてるよ」
少なくとも藤岡の気持ちに気付いていなかったカナよりはと、心の中で思う。
「フジオカの意思だよ」
理由はどうあれ、受け入れたのは藤岡だ。
今更カナと藤岡の関係がどうなろうと、千秋は身を引くつもりはなかった。
未完?
最終更新:2008年02月23日 21:45