とある日曜日、朝目が覚めて真っ先に千秋は藤岡の事を考えていた。
藤岡を父親の様に慕う千秋を見たハルカが、気を利かせて家族で行く遊園地の予定に藤岡も誘ったからだ。
しかし前日、姉の二人は風邪で倒れてしまった。
結局2人だけで行く事になった遊園地、千秋は不謹慎と思いながらも、少しドキドキしていた。

ピンクのスカートに花の髪飾り…普段の千秋からは考えられないような格好で待ち合わせの駅に向かった。
普段なら10分くらいの距離は大した事無いのに、すごく長く感じる…

「あれっ?千秋ちゃん、どうしたの?今日は凄いおしゃれだね。」
「あたりまえだ。今日の私は一味ちがうぞ。」
「??? そうだね、すごく可愛いよ。」

その一言で千秋は幸せ過ぎて溶けてしまいそうになった。
「…藤岡とデートだから……おしゃれしてきたんだぞ。」
なんて事は千秋には言えなかった。
顔が熱い……千秋はしばらく藤岡と目を合わせる事も出来なかった。

小一時間して遊園地最寄の駅につき、電車を降りた千秋達をどしゃ降りの雨が迎えた。
朝見た天気予報では降水確率10%と言っていたのに……
この日を2週間も前から楽しみにしていた千秋の表情がどんどん暗くなっていくのに藤岡が気づいた。

「千秋ちゃん、少し待ってて。」

見渡す限り雨雲が広がる空を見上げ、茫然とする千秋を置いて藤岡は駅の方へ走っていく。
千秋は、きっと帰りの切符を買いに行ったのだと思うと泣き出しそうになった。

「お待たせ。」

そう言った藤岡の手にはコンビニで買ったビニール傘があった。
千秋が不思議そうな顔をしていると、藤岡は傘を開き手を差し伸べた。

「雨はやむかもしれないし、それに室内の乗り物なら動いてるよ。」

千秋の顔がみるみる明るくなっていくのを見て、藤岡もホッとした。
しかしここで千秋がある事に気づく。

「藤岡、傘は一本しか買ってないのか?」
「え?……あっ!」

藤岡の持っている傘はせいぜい65㎝幅の小さなビニール傘。
藤岡は慌てて「コンビニでもう一本買ってくるね」と言って、コンビニに行こうとした。
しかしその手を千秋が掴み引き留める。

「いいよ、お金がもったいないだろ。」
「え…でも……」
「仕方ないから一緒に入ってやるよ。」

顔を真っ赤にした千秋を見て藤岡は少し笑い、「それじゃあ」と言って、濡れない様に千秋の肩を抱き傘に入った。
その瞬間千秋は眼を細め、緊張で息が止まりそうになりながら、自分がさらに深い恋に落ちたのが分かった。
藤岡の抱き寄せた千秋の肩が少しふるえる…
高鳴る鼓動…この藤岡の手を通じて気付かれたらどうしよぅ…千秋の顔はますます赤くなった。
しかし、千秋はこの藤岡の左手を通じて、思いが届くように何回も願った。

「藤岡……大好きだよ…。」



千秋は思った、

「(神様、お願いします。少しだけ時間を止めてください。)」

それ程に千秋はこの時間が嬉しくて……幸せすぎて、泣きそうになっていた。

しかし、そんな願いは叶うはずも無く、楽しい時間はあっという間に過ぎてしまった。
帰りの電車で千秋は寝たふりをし、藤岡の肩に頭をのせた。
あと30分もすれば駅に到着してしまう……次に二人っきりで出掛けるなんて、もう出来ないかも知れない。
頻繁に家に来るとは言え、藤岡はカナが好きと言う事くらい千秋は分かっていた。
すごく近い存在なのに、恋愛するには…千秋には藤岡の存在がすごく遠く感じた。

駅に到着すると、雨はすっかりやんでいた。
少し暗くなってきていたので、千秋は藤岡に送ってもらう事になった。
家についたら藤岡はまた遠い存在になってしまう…そう思うと千秋はまた泣きそうになった。
せめて家に着くまでは自分だけの藤岡でいてほしい……そう思った千秋が口を開く。

「藤岡…その……手をつないで歩きたい…。」

今にも泣きだしそうな目で藤岡にそう言った千秋に、
藤岡は優しくうなずいて応え千秋の手を握り締めた。
行きはあんなに長く感じた道のりが、すごく短く感じる……あの角を曲がればもう家に着いてしまう。
突然千秋が立ち止まった。

「あれ?どうしたの千秋ちゃん。」
「……もう…バイバィしなくちゃいけないのか……?」
「ぇっ…今日はそうだけど……でも、また遊びに行ったりするから!そうだ!!今度プリン買っていくよ!」

駅からの帰り道、ずっと泣き出しそうな千秋に気を使って藤岡は元気づける様に言った。

「……めろ………」
「え…?ごめん、聞こえなかっ……」
「今すぐ……今すぐ私を抱きしめろ!!」
「え…ぇぇぇ・??!」
「…クスッ……」
慌てる藤岡を見て、千秋がやっと少し笑った。


『冗談だよ、じゃぁまたな!』

そう言うと千秋は走って家に向かう最後の角を曲がった。
藤岡は首をかしげながら家路についた。

千秋は角を曲がった所でへたり込み、10分ほど泣いた。

そして家に着いて真っ先にお土産を要求してきたカナを踏みつけ、いつもの生活に戻った。


完。
最終更新:2008年02月24日 00:35