時を同じくしてカナの部屋では藤岡が困り果てていた。
黙って布団にもぐりこんだきり、返事もしないカナ…藤岡が布団をめくるとカナは寝息を立てていた。
どう言うつもりだろう…寝たふりをしている。
問題は、この100人見たら100人が『タヌキ寝入り』と答える程に演技が下手なカナだ。
「おーぃ、南~?」
「ぐぅ…ぐぅ……」
「もう寝ちゃったのか?」
「う~ん…」
どうやら寝ていると言う事で通すつもりらしい。
しかし、目は薄っすらと開き、口はしてやったりと言わんばかりにニヤケている。
どう対処したらいいのか困った藤岡は、せっかくなので少しイタズラをする事にした。
「そうか、南は寝ちゃったのか。…そうだ、あの時みたいにキスしてみようかな。」
「………」
カナはまだ寝たふりをしているが、その言葉を聞き少し頬を赤らめた。
そして寝返りを打つふりをして、藤岡がキスをしやすい様に上を向いた。
カナがその気だと知って、藤岡はもう少し行動をエスカレートさせ、
ベッドに上がり、手と膝をついてカナの上に覆いかぶさるようにして顔を近づけた。
「南、俺…前にも言ったけど、南の事すごく好きだから。」
「…ぐ…ぐうぐう……」
「南は勘違いしてるかもしれないけど…この好きは『愛してる』って意味だから。」
「………」
みるみるカナの顔は真っ赤になって行った。
藤岡は更に顔を近づけ、唇が触れる寸前の所で少し動きを止めた。
「学校では…少し唇が触れるくらいだったから…今度は本当のキスしてみようか…。」
「…はぅっ……」
もはや寝言とは言えない声で反応しつつ、カナは軽く口を開き藤岡を受け入れる準備万端…
しかしここまで来て、藤岡はベッドから降りてしまった。
「やっぱり駄目だ、いくら南が可愛いからって2度も寝込みを襲うなんて…」
「……?!」
「それじゃあオヤスミ。おれ、居間にもどるから…」
そう言って藤岡は扉に手をかけた。
本当は戻る気なんて無いのだが、カナがどんな反応を見せるのか…
もしここでカナに、『いくな!』とか言われれば藤岡のイタズラは大成功だ。
そして藤岡が出ようとした瞬間、カナは藤岡の思い通りのセリフを口にした。
「ま…まて!」
藤岡はイタズラが成功した事より、カナが引き止めてくれた事が嬉しくて、すぐに振り返った。
「あはは、冗談だよ南。ちょっとカラかってみ……」
藤岡は振り返ってカナを見た瞬間に思わず息をのんだ。
初めて見る髪を降ろしたカナ。
普段からは考えられない程カワイイ柄のパジャマ。
よほど恥ずかしかったのか、顔は真っ赤で目は少し涙目だった。
「冗談…なのか?」
「えっと…」
「いいか藤岡、お前はこの私をココまで本気にさせたんだ。」
「はぃ。」
「つまり冗談とか言うならば…私はお前の黄金の右を…殺す。」
そう言うとカナは藤岡の前でローキックの素振りを始めた。
「その…ごめんなさ……」
『 ばしっ!! 』
「いたっ!!」
カナは容赦なく藤岡の右足にローキックをお見舞いした。
…しかし相手はサッカーをしている男…。蹴られた藤岡以上に、カナはダメージを負ってしまった…
「くっそ~!なんで私まで痛い目に…!藤岡、どう言うつもりだ!」
「そ…そんな事言われても、蹴ったのは南だろ?」
「うぅー…もういい、今度は藤岡がベッドに寝転がれ!」
「?」
そう言って藤岡を寝かしたカナは、さっきの藤岡の様に上から覆いかぶさった。
「フッフッフッ…さっきの私がどれくらい恥ずかしかったか…思い知るがいい!」
「でも、さっきは南寝てたんじゃ……」
「う…うるさ~い!!」
カナはそう叫び藤岡と同じように、勢いよく唇が触れる程に顔を近づけた。
……と言うより触れた。…寸止め失敗だ。
カナの寸止めは見事失敗し唇が触れた瞬間、二人は驚いて目を開き、その際に目が合ってしまった。
非常に気まずいこの事態を打開すべくカナの頭はフル回転した。
(お、落ち着けカナ!ここで取り乱したりしたら藤岡の思うつぼだ!……まさかココまでが奴の作戦だったのか?!
藤岡…敵ながらあっぱれな男よ…だが私にも考えがある…この天才策士カナに不可能はない!)
と、カナの頭はおかしな方向へフル回転した…その間約10秒。
そしてカナはゆっくりと唇を離し、藤岡に覆いかぶさりながら、顔の横に自分の頭を置いた。
「あ…危なかったな藤岡。私が本気だったなら、お前の頭は今のヘッドバッドで真っ二つだったぞ。」
「…えっ?!ヘッドバッド?」
10秒間もキスをしたにも関わらず、ヘッドバッド……藤岡はその言葉を聞いて驚いた。
(こういう時はどう言ったらいいんだろう…結構長いことキスしてたよな…でも南はごまかそうとしてるし…)
(あれー…なんだろうねこの空気は……すごーく重いよ…まさか藤岡気づいてたのか…?)
それぞれ考えること約1分、カナは耐えきれなくなって口を開いた。
「えーっと…。その、すこーし…ほんの少し触れた…かな?」
「あっと…そ、そうだね!少し触れたかも知れない!」
「そっかそっか、でも3秒ルールで大丈夫だよな?」
「…3秒ルール?」
「そ、そうだ!3秒以内のキスは…キスにカウントされず無効化されるシステムなんだ。」
カナの無茶苦茶なルール…そもそもどう考えても3秒は超えていたが、
この気まずい雰囲気から逃れるために、藤岡は何も言わずうなずいた。
(顔が熱い……そうか、南とキスしたのもあるけど、今も体は密着してて…南が耳元話すから息も…
それにしても柔らかかったなぁ…南の唇……)
「なぁ、藤岡。…どう……だった?」
「え?どうって…?!」
「だ、だから!その…無効化されたとは言え、少しでも触れただろ?その、私とのキスはどうだった?」
「…それは……柔らかくて気持ち良かった…今でも体に柔らかい南の感覚が残ってるって言うか…」
「そそそ…そうか!そうだろう!私の唇にかかれば藤岡もイチコロだな。」
「…アハハッ、そうだね。南にキスされちゃ俺なんてイチコロだよ…。」
藤岡の余裕の返答にカナは焦った。
(まずい、このままでは…完全に藤岡のペースになってしまう…)
「いや、藤岡。お前の唇もなかなかのもんだったぞ。」
「…?どういうこと?」
「その…唇を通して体中が今も気持ちいと言うか…まぁ難しい事は藤岡にはわかるまい!」
何とか意地を張りとおしたカナ。
そんな必死のカナを見て、藤岡はカナが愛おしく思えて仕方なかった。
そして藤岡は、カナの頭を撫でようとした。
しかし頭を撫でようとした藤岡の腕は何かに挟まって動かなかった。
藤岡はカナが勢いよく倒れこんだ時、とっさに手でガードしたらしく体と体の間に手が挟まっていた。
「南、ちょっとごめん。」
そう言って藤岡は手を抜こうとした。
「…きゃっ!……わっ……どどど…どういうつもりだ藤岡?!」
「えっと…どうって、手を抜くだけで……」
…藤岡が手元に目をやると、その両手はがっちりとカナの胸をつかんでいた。
藤岡は慌てて胸から手を離し、その場で謝り続けた。
「ご…ごめん!これはその、事故って言うか…えっと…」
「……………」
「?……南?」
魂が抜けたような顔で天を見つめるカナ。
「私は……」
そしてしばらくするとスクッと立ち上がり、頭を抱えて床を転げ回り始めた。
「うわー!私は何をしているんだ!!あまつさえ寸止めを失敗しキスをしたと言うのに!!」
「み…南、落ち着いて!」
「今度は胸を揉まれて、『唇通して体中が気持ちい』とか言っちゃったよ!」
「ちょっ…そんな大声で…みんなに聞こえちゃうから!」
「なんなんだ私は?!欲求不満なのか?藤岡の体を求めているのか?!うわぁぁー!!!」
その後、約5分間転げ回ったカナは、恥ずかしさの余り隠れる場所を求め部屋を飛び出した。
最初にたどり着いたのは居間だった。
「ト・・・トウマ!タケル!助けてく……」
しかしそこでカナが見たのは、トウマとタケルがキスをしている現場だった。
カナは自分に、『これは幻覚だ!』と言い聞かせ、内田のいる千秋の部屋に向かった。
「千秋、内田!部屋で私をかくまってく……」
『…くちゅっ……ねぇ、マコト君…これ…気持ちいい?…ねぇ。』
『…き…気持ち良すぎる……かも…。』
ここでも聞こえてくるのは内田の声と、千秋では無くマコトの何やら喘ぎ声の様なもの…
しかも風呂場で自分が藤岡に口でした、あのイヤラシイ音まで聞こえる・・・
『これは幻聴だ……』カナはそう信じ、誰もいないトイレで一夜を過ごす決心をした。
…しかしトイレの扉は閉まっており、中から声が聞こえてくる……
『だめ……あっ!…出てくる液が…少しも止まらない…んんっ…それに体が熱い…』
トイレから聞こえてくるのはまぎれもなく千秋の声だった……
あまりの事にその場に座りこんだカナは、体を引きずり、残るハルカの部屋へ向かった。
「は・・・ハルカ……助け…助けてくr……」
そう言いながら扉に手をかけたカナだったが、ふとあることを考えていた。
(待てよ…あのトウマがキスをしてて…千秋はトイレで……内田とマコトは……
じゃあ中学通り越して高校のハルカはあんな事やこんな事…!!)
そんな事を考えてると頭がフラフラし、よろよろ歩き廊下でカナは倒れこんだ。
次の日目が覚めるとカナは藤岡に付き添われ、ベッドで寝ていた。
どうやら、あの後すぐ倒れる音に気づいた藤岡が見つけて運んでくれたらしい。
「わ…悪いな藤岡…。」
「そんな、もとはと言えば俺が悪いんだし、…でもビックリしたよ。 アハハッ…」
「…どうした?藤岡、お前少し変だぞ?」
「えぇ?!そ…そんな事…あっ、俺トウマと朝連しながら帰るから!じゃぁまた月曜学校で!」
そう言うと藤岡はトウマを連れ、いそいそ先に帰ってしまった。
カナは朝食を食べるため居間へ向かった。
「やぁ、みんなおはよう。」
「何がおはようだバカ野郎。お前藤岡と一緒にいたみたいだけど何かしたのか?ご飯も食べず急いで帰っちゃったぞ。」
「えぇー…別にこれと言って何も……」
「そうか。ところでバカ野郎、お前パジャマもろくに着れないのか?」
「え?」
カナがパジャマを見てみると、ボタンを一つずつかけ間違えていた。
それをみたカナが不思議そうな顔をした。
「ホントだ…でもおっかしいなぁ…私、パジャマはボタン外したりしないんだけど…??」
それを聞いて、カナ以外の皆はピンときた。
カナが言ったことが本当なら…ボタンが一度全部外され誰かが着せた…部屋には藤岡だけ……
すると内田、千秋、ハルカ、マコちゃんは不気味にほほ笑んだ。
「な…なんだお前らボタンくらいでニヤニヤして!!気持ち悪いぞ!!」
しかしそんな中、笑っていない男が一人そうタケル(自称南家の番犬)だ。
「カナちゃん!駄目だよ!!男女が一緒に寝るなんて!彼もしばらく出入り禁止にしなくちゃ!」
タケルは何やら誇らしげにやりきった顔をしている。
しかし、周りの視線は冷たくタケルに突き刺さった。
「おい、タケル。お前昨日トウマとキスしてたな。」
「あ、それなら私も見たぞ。おでこをひっつけてるだけかと思ってたけど…やっぱり。」
「あー!!じゃあ私が見た、トウマを布団に入れてモゾモゾさせてたのって…フェ……」
「ちょっと待って!ちがっ…それは…!」
「おじさん?……帰ってください。」
「ちょっと…ハルカちゃんまで!……ちょっ…イタタッ!!」
その後、ハルカにつまみ出されたタケルの出入り禁止が解けるのは、3ヵ月あとだった。
終。
最終更新:2008年02月24日 14:23