藤岡はいつものごとくチアキを己の膝の上に乗せた状態である。
チアキの小さいけれど確かな柔らかい臀部の感触が伝わってくるのは否応もない事実だ。
確かに女の子とこんなに密着している状況で少しも心動かないと言えば嘘になる。
だが自分にあるのはちょっとした気恥ずかしさだけだ。あくまでも妹を慈しむ兄に似た気持ちしかない。
それに何よりも自分が本当にそういう異性に対する性的興奮を覚えるだろうことがあるのなら……
それは目の前で熱弁を振るうカナと密着した時の方が相応しいだろう、そう藤岡は考えていた。
黙りこくってしまった藤岡を横目に見上げ、顔から火が出そうになるほど気恥ずかしくなったのはチアキの方だった。
「お前……! 藤岡にヘンなことを聞くな!」
そんな罵倒もどこ吹く風、カナは顎に手を置いて「おかしいなー、幼女と密着して硬くしない男なんていないはずなのに」
とか、わけのわからないことを嘆いている。勿論、チアキには何を硬くするのかなどわからず、当の藤岡だけが、
さっきより100倍は気まずそうにひたすら視線を彷徨わせているだけだ。
「そうか! 私服なのがいけないんだ! チアキ、ちょっと来い!」
「な、いきなり何するんだ!」
するとカナはチアキを無理やり引きずり、ふすまの奥、隣の部屋へと消えていった。
一人残された藤岡が、後にこの時にこっそり逃走しておくべきだったと心底後悔することになるのは、勿論知る由もない。
「ほら、コレでどうだ藤岡! 興奮するだろう?」
数分後、隣の部屋から出てきたカナ、その後ろには小学校の制服に身を包み、赤いランドセルを背負ったチアキがいた。
「興奮するって……ただの制服じゃない」
「ただのじゃないよ! 幼女の制服だよ? しかもランドセルのおまけつき!
ロリコンならその赤い色を見ただけで草むらに連れ込みたくなる魔性のアイテムじゃないか!」
「南……俺は闘牛じゃないよ……。それにチアキちゃんの制服姿なんて、何度も見たことあるよ」
「721!? お前はもしや制服くらいのオプションじゃ反応しない真性のロリコンか!? 仕方ない次の手だ! 来いチアキ!」
「いや、そういう意味で言ったんじゃ……」
「今度はなんだー!?」
抵抗するチアキを無理やり引っ張り、また隣の部屋へと消えていったカナ。
そして藤岡は、カナは自分をロリコンだと疑っていると思うと酷く泣きたくなったのであった。
ついでに『猥褻な行為』についての話が、どうしていつの間にか自分がロリコンか否かの話になってしまったのか、
とにかく甚だ疑問なのであった。
「ほら……これならどうだ!」
また数分後、自信ありげにそう言ってカナが連れてきたチアキは……、
それはそれは真冬の雪のような純白の体操着と剥き立ての果実のようにつやつやのブルマを身に纏っていた。
純白に生えるチアキの白い肌はそれこそ新雪よりも眩しく、
ブルマから伸びた脚は歳相応の『健康的』という表現の範疇を出ていないものの、背徳的な艶かしさを感じさせる。
ホンモノのロリコンなら、即座に喰らいついて舐め回す妄想で頭がいっぱいになってしまうくらいの代物だろう。
「ほら、コレで完璧だ! どうだ藤岡、興奮するだろ!? 小学生のブルマ姿だぞ!?」
「何で真冬にも関わらず体操着なんか着てるんだ私は……。全てはこのバカのせい……」
ハイなカナとは対照的に、チアキはもはや何かを諦めたような表情だ。このバカな姉をぶん殴る気も起こらないらしい。
とにかくさっさと着替えてこの場から離脱したいという気持ちが、眠そうに伏せられた瞳からありありと窺える。
さて、そして肝心の藤岡の方はと言えば……、チアキ以上に何かを諦めた表情をしていた。
「いや……どうって言われても……」
「ほらほら~、感想を言ってごらん~?」
悪ノリここに極まりのカナ。そんな愉快犯の典型のようなカナに迫られ、藤岡は渋々と口を開いた。
「何ていうか……うん、いや……その、チアキちゃんは細くて、肌もキレイで、凄く女の子らしいよね」
「「…………っ!!」」
その台詞を聞いた途端、姉妹が同時に息をのんだ。無意識でもこのシンクロ具合、やはり姉妹と言うべきか。
カナはこの状況が楽しくてしょうがないという悪ガキじみた笑みを浮かべ、
チアキは恥ずかしそうに頬を染めると俯き、体操着の裾を掴むと、露になった太股を僅かにその布で隠した。
「ほ~ら、やっぱりそうだ! 藤岡はロリコンだ! つまり男は皆ロリコンなのだ~ッ!」
「い、いや……そういうつもりで言ったわけじゃ……」
先の発言を藤岡の幼女嗜好の表れと解釈したカナは、自説が正しいことを証明された喜びで舞い踊っている。
今にも声優三人くらいが集まって歌っている曲に乗って、ケツを振り出しそうな勢いだ。
それに対し、藤岡の進退はここに窮まった。
彼のような思慮と思いやりの塊のような男がチアキに対し、
まさか「可愛いとも思わないし、全く興奮しない。俺はそのケは無いし、キョウミネーヨ」と言えるわけもない。
チアキの姿に対して、素直に思ったことをなるべく過激に解釈されてしまわないようオブラートに包んで言ったつもりだったのだ。
勿論、これは爽やかイケメンな中学生男子の藤岡にだから許される発言であり、30代の男ならば即職務質問だろうが。
しかし、結果的にはこの発言が更にカナに火をつけ、藤岡はとうとう本気でこのままベランダから飛び降りることを検討し始めた。
そして、肝心のブルマ少女チアキはといえば、先の藤岡の発言が何度も脳内で鳴り響いていた。
『細くて肌もキレイで……』『凄く女の子らしい……』
チアキは思う。正直、自分は性にそんなに詳しくない。どんなに大人ぶってもまだ社会的には無知な子供だ。
それでも自分に女性的な魅力が欠けている――例えばハルカ姉様のような精神的・身体的にも当てはまる女性らしさ、
そんなものはまだ皆無だと思っていたのだ。
それがどうだろう! 藤岡はこんなちんちくりんな子供の自分のことを『キレイで』『女の子らしい』と言ってくれた!
ロリコンがどうのこーのも関係ない。自分が藤岡のことを憎からず想っていることも事実だが、それも今は関係ない。
とにかくチアキは藤岡の言葉が嬉しかった。それこそ――もう少しだけこの茶番に付き合ってもよいかと思ってしまう位に。
が、しかし、
(待て待て! 落ち着けチアキ! このままじゃカナの思う壺だ!)
これ以上藤岡の自分への評価が聞けなくなるのも口惜しいが、このままカナの思う通りの操り人形になることの方がもっと口惜しい。
そう思ったチアキは舞い踊るカナのツインテールの右側をわっしと掴むと、
「おい。もう満足だろう。いい加減着替えさせろ」
「アイタタタタ……髪を引っ張るなよ……ってもう満足なのか?」
「当たり前だ! と言うか満足以前の問題だッ!」
「いや、まだだね!」
するりとチアキの手からツインテールを抜き取ったカナは藤岡に目をやった。
「まだだ。藤岡はまだ『硬く』していないッ!」
そしてビシッと指をさした――藤岡の股間目掛けて。
その指の先を無意識で追ってしまったチアキも見てしまった。何って、股間を。
(硬くなる!? アレが!?)
チアキが驚くのも無理はない。いや、いくらチアキでも男の股間に何がついているかぐらいは知っている。
が、それが硬くなるとは一体? 勿論、見たことなんてあるわけもない。
「か、硬くって……み、南……それはちょっと……」
慌てて股間を両手で押さえる藤岡。もう男のメンツ丸つぶれ。とりあえず帰りに練炭買おうと心に決める。
「と言うわけで、藤岡はまだ興奮していない。これでは証明にならない。というわけで来い、チアキ!」
「まだやるのかーッ! いい加減にしろー、バカ野郎ッ!!!」
抵抗も空しく、また隣の部屋へ引っ張られていくチアキ。そしてバタンと襖が閉まった。
取り残された藤岡……。
「いくらなんでも勃ったらマズイでしょ……」
(正直、想い人である南の体操着姿でだっておったてたことなんか……無いとはいえないけど、自重はしてる。
なのに小学生のチアキちゃんのそれでおったてていたら、それこそ自分は本当に変態だ……)
それ以前にチアキをそんな性の対象として見るなんて、酷く罪悪感を感じてしまうことだろうと藤岡は思った。
さて、それにしても隣の部屋からカナとチアキはいつまでたっても出てこない。
果たして今度は何に着替えさせられていることか……。
「…………そんなに時間がかかるようなことを?」
嗚呼、悲しき男の性。気になってしまったが最後。
藤岡はダメだと自分に言い聞かせつつも、いつの間にか襖に耳を当ててしまっていた。
最終更新:2008年03月06日 20:44