千秋の日記

藤岡の家に泊まった夜から早くも二日が経ち、三が日の最終日1月3日を迎えた。
私は目が覚めると朝一番に藤岡の家に電話をし、藤岡と初詣に行く約束をした。
正直足はまだ少し痛むが、今日を逃すと神社は逃げないが出店がなくなってしまう…
つまり藤岡と最高に楽しく初詣に行くには今日しかなんだ!

いつもに駅前に10時に約束…足が痛いとは言え15分あれば十分つくだろう…私はそう思って9時30分に家を出た。
玄関を出るとマコちゃんと出くわした…どうやら正月早々カナの暇つぶしに誘われたらしい…内田と言いご苦労な事だ。
マコちゃんには悪いが私は急いでいたので、話を早々に切り上げ駅へ向かった。
まず最初に私はマンションの出口のあたりで周りを見渡し、そして大きなため息をついた。

「はぁ……何を期待しているんだ私は、バカらしい…。」

確かに約束したのは駅前に10時だ……
しかし心の中では、前回の如く藤岡が家まで迎えに来ているのではないか等と淡い期待してしまっていたらしい。
私がその場で少しそんな事を考えていると、後ろから人影が近づいてきた……最近引っ越してきた冬樹だ。

「あけましておめでとう。今年もよろしくお願いします。」
「…………。」

正直こいつは一目会った時からどうも気に食わない…こう、なんて言うか……生理的に受け付けない。
それにコイツは何故か二人っきりになると意味の分からない言葉をしゃべりだすんだ……気持ち悪い。
何所の方便かは知らないが、ここに住んでいる限りは標準語で話してほしい。ハッキリ言って迷惑だ。
そして一番気に食わないのが妙にハルカ姉さまに好かれている事だ……早く何所かに引越せばいいのに。
そんな事を考えているとさらに時間が経ってしまい、時計を見てみると9時40分を過ぎようとしていた。
私は無駄な時間を取らせた冬樹をキッと睨みその場を後にした……。

駅に向かう途中、急ぎながらもどこかで藤岡が私をおどかす為に隠れているんじゃないかと思い、
曲がり角等がある所では、少し期待をしながら覗き込んでみたりしていた……
しかし結局藤岡と会う事はなく、10時5分前…私は待ち合わせの駅に到着してしまった。
…ところが10時を過ぎても一向に藤岡の姿が見えない…あいつが時間に遅れるなんて珍しいな……
そんな事を考えていると、タイミング悪く救急車が目の前を通って行った…。
遅れているとは言え時間はまだ10時5分だ……でも何か気になる…胸騒ぎって言うのはこう言うのじゃ無いのか?
正月に飲酒運転の事故…ニュースなどでは毎年よく聞く話だ。私は藤岡がいないかブロックに上り辺りを探し始めた。

「おーい!千秋ちゃーん!!」
「…ん?…あぁ、こっちだ。」

するとちょうどその時、藤岡が道路の向こう側から手を振って私の名前を呼んだ。
何故遅刻したのか…聞きたい事は山ほどあったが、とりあえずは藤岡の無事を確認できホッとした私は少し手を上げて答えた。
(…しかし藤岡の奴……走ってきてくれるのは嬉しいが…ちゃんと信号は見ているのか?)
私の心配をよそにスピードを落とさず、赤信号の横断歩道に近づいてくる藤岡……そして走ってくる一台の車…
私の頭の中で、テレビドラマ先生と二宮君のあの場面が頭をよぎった…。

「藤岡!信号!!信号が赤だぞ!!」



千秋の日記

私の言葉に藤岡が気づいたのは赤信号の横断歩道の一歩手前…走っていた藤岡は慌ててブレーキをかけた。
一歩間違えれば藤岡ではなく、車の方が急ブレーキを踏む所だった。…それ所か病院行きだったかもしれない…
藤岡は私や周囲の人への照れ隠しのつもりなのか、頭に手を当てて恥ずかしそうに私の元へ走り寄ってきた。

「ごめんね!急に親戚のおばさんが新年の挨拶に来て…」
「バカ野郎!!お前…信号ぐらいしっかり見ろ!もうちょっとで車に轢かれちゃう所だったんだぞ!!」
「えっと……その、ごめん…。オレ、千秋ちゃんを待たせちゃ悪いと思って…それで……」
「言い訳するなよ!急いでても信号ぐらいちゃんと見ろよ!お前が事故でもしたら…私は……っ!」
「…ごめん、本当にごめん!」

……私とした事が…つい感情的になってしまった…なんだか藤岡といるとこう言う事がよくある…。
親戚がいきなり訪ねてきたんだから、別に藤岡が悪いわけでもないのに…
私だって待たされた事に怒ってるんじゃなくて、藤岡が怪我をしていたらと思うと…怖いだけなんだ。
…すると藤岡は何やらポケットの中をガサガサしだした。

「千秋ちゃん…これ、良かったら…。」
「…なんだよコレ?」
「何って…ハンカチだけど…。」
「そんなの見ればわかるよバカ野郎!!ソレがどうしたって聞いてるんだ!」
「その…拭いた方がいいかなって……」
「…?」

そう言うと藤岡は私の顔をハンカチで拭き始めた…拭いた後のハンカチを見ると少し濡れている…
その時ようやく私は自分が泣いていた事に気がついた。
何で泣いているのかは良く分からない……安心したら気が緩んだんだろうか?
私は唇を噛んで声は出さないようにしていたが、しばらく涙だけがポロポロと止まらなかった。

「……グス…ッ……うぅ…っ……」
「千秋ちゃん、本当にごめんね。」
「……………グス…ッ…」
「あっ、そうだ!丁度いいもの持って来たんだった!」
「………?」
「はぃ、コレ!」

藤岡はそう言うと、ポケットから今度は紙切れを取り出した。
開いて中を見てみると、何やら変わった電話番号の様な数字が書いてある。

「なんだ…コレ?」
「それオレの携帯電話の番号だから…今度こんな事があった時は公衆電話からでも掛けてくれれば…」
「バ…バカ野郎!!今度こんな事って…お前はまた私に心配かけるつもりなのか!」
「い…いや、そう言う訳じゃないけど……それにさ!他にも家から掛けてくれればいつでも出るから!」
「……いつでもか?」
「うん!朝でも昼でも夜でも…なんなら夜中でもいいよ。絶対に出るから!」
「絶対だぞ…?出なかったら怒るからな!」
「もちろん!もし電話に出なかったら、千秋ちゃんの言う事何でも聞くよ!」
「面白いじゃないか、…じゃあ……とりあえずこれは貰っておくよ。」

そう言いながら私は平静を装い、財布の中へ藤岡の電話番号を大事にしまった。
まったく…貰った瞬間にとび跳ねて喜びそうになる気持ちを隠すのも大変だ…。
気がつくと時間はすでに10時30分頃になっている。…私たちは予定より30分遅れで初詣へ向かった。


最終更新:2008年03月27日 23:32