「わわっ!!……どうしたんだお前、おかしいぞ!?」
抱きしめられること自体は初めてではない。しかし、慣れるわけもない。
カナは驚きと緊張に身を硬くしていた。
すると、
「今日一日さ――」
カナを抱きしめながら、藤岡はぽつぽつと話し始めた。
「気が気でなくてしょうがなかったんだ」
「何でだよ……悪いものでも食ったのか?」
カナは顔から火が出そうながらも、その抱擁が心地よく抵抗せずにあっさりと受け入れていた。
と、藤岡は急に抱きしめていた腕を緩めると、そのまま手を上に移動させ、カナの髪を触った。
「やっぱり、降ろした長い髪の南も可愛いね」
「……その割には、今日一日ちっとも気にしてくれなかったじゃないか」
「それはまともに見たら俺、どうかなっちゃいそうだったから」
カナは己の心臓が跳ねる音が聞こえた気がした。
「……というかもうどうにかなってるんだけど」
藤岡は手のひらにカナの髪を乗せ、まじまじと見つめている。
「南……もしかして昨日俺がああいうことを言ったから、髪を降ろしてきたの?」
この状況で、ベタなツンデレを演じられるほど、カナの機転は利かなかった。
「……そうだよ。お前が喜ぶと思って……。やっぱり長い髪の子の方が好きなのか?」
そしてカナは核心をつく質問を藤岡に投げかけた。
「ん……いや、俺は別に髪の毛が好きなわけじゃなくて、『南夏奈』が好きなんだから、 普段の髪型の南も、今の髪型の南も大好きだよ。
それより、俺のためにわざわざ髪を降ろしてきてくれた、っていう事実の方が俺は嬉しくて」
「……そうなのか」
(何を言うか藤岡め。私のほうこそ、嬉しくてどうにかなっちゃいそうだよ)
と、藤岡はカナの髪を手ぐしで梳くように弄び始めた。
「でもやっぱり、髪を降ろした南も普段と違ったものがあるというか……」
「何だよ、やっぱりこういうの好きなんじゃないか」
「ははは」
「笑ったって誤魔化されないぞ」
「ごめん。それより思ったとおりだね。やっぱり南の髪は綺麗だ」
「別にそんな……」
「しかも滅茶苦茶いい匂いがする」
「な……!! 馬鹿!! 鼻を寄せて匂いを嗅ぐなー!!」
だんだんと危ない雰囲気になりつつある。カナは瞬時にそう察した。
しかしここで藤岡を無理やり振りほどくなどどいう選択肢があろうハズもない。
そして密着していることでカナは重大なことに気付く。
「藤岡……お前、何硬くしてんだよ……」
「あ」
「あ、じゃないよ……。お前変態か?」
「そんなことないよ。南の髪だから、こうなるんだ」
そう言って藤岡はぐるりとカナの身体を回転させ、今度は後ろから抱きしめるような形になった。
「ちょっとお前、何するつもりだ!?」
「いや、出来ればもうちょっとこのままで……」
「顔をうずめるなー!!」
言葉ではそう言うものの、力が入らず、カナには抵抗することがままならない。
しかもお尻の辺りには容赦なく剛直化した藤岡のモノが当たっている。
まるで、狙っているかのようにピンポイントだ。そのせいで下半身はもはや使い物にならない。
今にも腰砕けでその場にへたり込んでしまいそうになるくらいである。
「…………」
藤岡はといえばひたすら無言で長い黒髪に顔をうずめている。
(大分気に入ってるみたいだな……。やっぱり思い切って降ろしてみてよかったのかも……)
カナはやはり少し嬉しかった。
ちょっと恥ずかしい思いもしたし、今のこの状況はもっと恥ずかしいが、
藤岡が気に入ったのなら、全てチャラにしてしまってもいいくらいだった。
(でも……これはちょっとやばいぞ。私もおかしくなりそうだ……)
熱に浮かされる思考の中でおぼろげにそう考えた瞬間、カナは己の下半身の一点が著しく水っぽいことに気付いた。
(私……こんな状況で濡れてるのかよ。藤岡に髪の毛に顔をうずめられただけで……もしかして私も変態なのかも……)
そこでカナの意識は途切れた。
「あ、藤、岡」
目覚めると、心配そうに自分の顔を覗いている藤岡の姿が、まずカナの視界に入った。
「み、南!! 大丈夫!? 突然倒れたから俺びっくりしちゃって……」
おろおろとする藤岡の顔を見ながら、カナは恐ろしい事実に気付いた。
(私……イッたんだ。藤岡に髪の毛を弄ばれてイッたんだ……)
そして穴があったら入りたいくらいに恥ずかしくなった。
「でも気がついてよかったよ……。もしかして俺、少しやりすぎたかな?」
「……バカ野郎」
「髪を降ろした南があまりにも可愛いから、つい。ごめんね」
そう言って藤岡はおもむろにまたカナの髪を触った。
「!」
その瞬間、カナは身体中に稲妻が走ったような身震いを感じた。
「調子にのるなーっ!!」
黄金の右が炸裂。しかも藤岡の股間に。哀れ藤岡撃沈。
「ヤバイ……。藤岡のせいで髪を触られただけで反応するようになっちゃったじゃないか……。
ああ~、私は変態なのか!? 髪の毛触られただけで反応するベクトルのいかれた淫乱なのか!?
ああ~、もぉ~っ!! 全部お前のせいだ藤岡ぁ~!!」
人気のない空き教室に、カナの悶々とした叫び声だけが響き渡っていた。
それ以来、カナが髪を降ろして学校にくることはなくなった。
が、藤岡と二人きりの時に時たま、そして二人の仲がもう少し進展して「そーいう」関係を持つ時にこれまた時たま、
まるで気まぐれに与えられるご褒美のように、その綺麗な黒髪を降ろすことがあったという。
終わり
最終更新:2008年03月29日 13:26