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大学生になったエイスリンさんと俺は清々荘の一室で同棲を始めた
エイスリンさんの日本語はあまり成長を見せず、出会って一年後の今でも片言のままだった
俺に何かを伝えたいときはホワイトボードに描いた絵を見せ、それを俺が理解しようとするのが通例だ
初秋の雨が止んだ夜、マグロナルドのアルバイトから帰って来た俺をエイスリンさんは出迎えてくれた
夕食は茶碗一杯に盛られたとうもろこしご飯とじゃがいも、玉ねぎ、人参と具沢山の味噌汁、豚肉の生姜焼きと目玉焼きだ
エイスリンさんの日々の研究の成果である温かい膳に手を合わせ、箸を動かす
味噌汁を啜ると、味噌とじゃがいもの破片が構成する甘いのが口の中に染み渡る
飲み込むと、体内を汁が伝っていき、食道の道筋がこれでもかというくらいに理解できるほどだ
人参も、玉ねぎも、じゃがいもも全て噛みやすいように、飲み込みやすいように、食べやすいようにやわらかい
半熟の目玉焼きというものほど冷めさせてはいけないものはない
淡い桃色の柔肌を裂くとどっと溢れ出てくる黄身は、一度冷めてしまえばその美味さは格段に落ちる
電子レンジで温めようにも、半熟のまま温めるのには念入りにしなくてはならない
今晩はとうもろこしご飯なので、玉子かけご飯にするようなことはできない
愛用のクレイジーソルトを台所から取ってきて、ふりかけようとすると、俺の目の前にはあり得ないものがあった
……そう、かかっていたのだ
俺の聖域、桃色の頂上から下りる白い山肌に、茶色のアレが
焼きそばにお好み焼き、ハンバーグやコロッケには欠かせない必須アイテム
そう、It's sauce.
京太郎「……は?」
エイスリン「sauce、カケタ!」
天使の満面の笑みと言えど、俺の心からの怒りを抑えることは叶わなかった
玉子かけご飯に醤油をかけるのは理解できる、それでも玉子にソースをかけるという暴挙は全く以て理解できない
こうして、生来の塩胡椒派である俺と、ソース派のエイスリンさんは対立した
俺とエイスリンさんには様々な違いがあった
サクレ派か、シャビィ派か
飲むヨーグルトはいちご味か、ブルーベリー味か
ベーコンレタスバーガーか、てりやきか
ウィルキンソンと言えば、ジンジャーエールかグレープフルーツのやつか
十勝ヨーグルトか、ダノンヨーグルトか
魔女の宅急便か、千と千尋の神隠しか
アズカバンのハーマイオニーか、不死鳥の騎士団のハーマイオニーか
鼻セレブか、スコッティか
電か、島風か
俺たちの口論の話題は多岐に及んだ
有り得ない、と否定し続けていると、エイスリンさんは何かを言いたげにした後、ホワイトボードと水性ペンを俺に投げ、部屋から走って出て行った
急いで靴を履いて部屋から飛び出すが、外は既に暗く、エイスリンさんが走って行った方向など知る由もなく、途方に暮れた
――――その瞬間だった
後頭部に痛みが走り、眩暈に襲われる
眩暈から立ち直った俺の目には、街の賑やかな明かりが映った
頬はすべすべで、もちもちとしていて、腕は白く、華奢だ
店のショウウインドウで自分の姿を確かめ、今の状況を把握する
俺は、エイスリンさんの身体にいる。確信は無いけれど、おそらくはエイスリンさんは逆の状況にあるはずだ
とりあえずどこにいるのかわからないので、通りすがりの人に話しかけてみる
エイスリン(京太郎)「ア、アノ……」
「はい、何かしら?」
エイスリン「ミ、ミ……」
「外人さんね、ごめんなさい、私英語よくわからなくて」
エイスリン「……ハイ」
綺麗なお姉さんに断わられたと思えば
「君、高校生?」
エイスリン「ア……」
「まだ十時だからいいけど、塾の帰りとかかな?」
エイスリン「エ……ア……」
「遅くまでうろつかないようにね」
初めて、エイスリンさんのことを知れた気がした
簡単な言葉すら満足に話せない、表現する術が無ければ相手には何も通じない
言葉で伝えようと思っても、誰にも、何も通じない
あのときのエイスリンさんは怒っていても、その意思は俺には通じなかった
それがますます怒りを助長させて、あんな挙動に繋がったんだろう
俺は、エイスリンさんのことを理解できていなかった
あの人が何を伝えたいのか、察することができていなかった
もっとわかってあげよう、もっとわかってあげたい
そう決心していると、横断歩道の向こう側から声が聞こえた
京太郎(エイスリン)「きょうたろー!」
手を振る自分の姿を見るのはとてつもなく不思議で、少し気持ち悪い気がして、そして安堵した
ちゃんと謝ろう、今度からは今まで以上にしっかり接するようにしよう
こちらも手を振って向こう側へ走る、視界の端に明るい光が入ったのを感じた
――――瞬間、また後頭部に痛みが走り、眩暈が起きた
身体が揺らぎ、何か硬いものが身体に当たる
そしてまた、次の瞬間には、俺の視点は変わっていた
電柱に衝突した車
小柄な少女の腹部はそれに押し潰され、青い眼は瞬きをすることもなく開き続けていた
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最終更新:2013年10月13日 01:06