真夏の茹だるような暑さと焼き付くような日差しが東京の下町に降り注ぐ――
時は昭和、世は後に第二次世界大戦と呼ばれる戦いの真っ直中。
その戦争の影響は国民の生活に影を落としつつ広がって行く……
連日、ラジオから聞こえてくる大勝のニュースとは対照的に、ミッドウェーの海戦で帝国海軍は大敗を期した直後だった。
それの裏打ちの様に、生活は酷くなる一方だった。
普通ならば、国家の政治家や天皇、軍部しか知らないその情報を下町の長屋の縁側で寝っ転がっている十幾ばくの少年が知ることが出来たのは、一重に彼の父が従軍記者だったからに他ならない。
運命の輝きは戦火の瞬きと――
-昭和老顔愛露漫潭-
First operation...父からの手紙と転校生
「ふぁ~~」
午前8時…東京都の下町に佇む一見のボロ長屋の縁側で一人の少年――内藤繁樹が、あくびをしながら、今朝戦地から届いた手紙の封を切っている。
何も彼の兄兄弟が戦地へと赴いている訳ではない、赴いているのは彼の父。
しかも、兵士としてではなく、従軍記者として、だ。
その甲斐もあって(?)彼はその辺を行く普通の大人よりも戦争の事情に精通していた。
「『ミッドウェー海戦にて、我が帝国海軍破るる 繁樹 友を連れて 私の所へ来い 日本は泥船 沈む前に降りるぞ。』ねぇ…はぁ、何だかなぁ…」
彼は父からの手紙を読むと大きく溜め息を付き、手紙を放り投げると、縁側に仰向けで寝っ転がる。
無論、先に内藤が読んだ文章はそのまま書かれていた訳ではない。
“明らかに縦書きの紙に横書きで書かれていたのだ。”
そうしなければ、直ぐに監察官にバレ、一家揃って吊るし首だ。
この時代にプライバシーなどと言う言葉は無い。
手紙等の郵便物も全て軍部に見られているのだ。
しかし、その手紙の量はかなり多く、暗号化でもされていれば調べるのだろうが一見、縦に読めば只の家族を心配する文章であり、『日本』も『二歩ん』だったりするので、見付からないで手紙を受け取れるのだ
「第一、どうやって、父さんの基地局があるフィリピンに行けって言うんだよ……あぁ、あのハゲ親父、頭いいのか悪いのか……」
内藤は空を飛ぶ鳥を眺めながらボソボソと父への愚痴を言っている。
因みに、今フィリピンは日本の領土な為、戦時下とは言えども渡航は可能なのだが、普通の学生には優しくない負担がかかる事になる。
最も、意味をなさない封書の中には幾分かの金が入れられていたが……
「繁樹ィ!!早く学校行かんと、遅刻するぞぇ~~~」
内藤が父親からの手紙に夢中になっていると、長屋の奥から嗄れた怒鳴り声が聞こえてきた。
彼の祖母である。母親はいつ命を落とすかも解らない戦場を駆け回っている、彼の父親に愛想を尽かし、幼い彼の弟と妹を連れて実家の長崎へと帰っていってしまった。
内藤は祖母の声に、部屋のすみに掛けてある古時計に目を移す。
短針は8、長針は4の付近を指し示していた。
学校が始まるのは8時半、確かに急がなければ遅刻は確実であろう、祖母の声に「わかってる!今出るよ!」と返すと、玄関を飛び出し、門の影に置いてあるボロチャリを駆り、学校へ向け疾走を開始する。
景色が横へ流れて行く……内藤のただ唯一の自慢は体力だ。
家から学校迄の五キロの道程を5分強で看破する自信があった。
今は8時20分、学校には間に合うだろう。
そう考えながらペダルを漕いでいると、目の前にを歩く見慣れた制服姿の女性が歩いているのが目に止まった。
見慣れているのはあくまでも“制服”の方であり、女性の方ではないのを付け加えておく。
チャリならば兎も角、この時間帯で徒歩では、遅刻は免れないだろう…
内藤はそう思って、声を掛けることにした。
2割の親切心と八割の下心で。
「城南の生徒だよな?このままじゃ遅刻だぞ?後ろのるか?」
「えっ?」
その声に女性は少し驚いたような顔をして、振り替える。
恐らく、この時間帯に登校する生徒が他に居るとは思わなかったのだろう。
しかし、驚いたのは内藤の方も同じであった。
文字通り、息を飲むような美人――内藤は暫時息を吐くのをも忘れていた。
「いいの?」
首を軽く傾け、微笑みながら聞き返してくるその声を半ば見とれながら聞いていた内藤は「あ、あぁ。」とギクシャクしながら返すのがやっとだった。
内藤のそのギクシャクした返事にも、その女性は、変な顔一つ見せずにニッコリと笑うと、「ありがとう」と言って自転車の荷台にチョコンと座る。
「しっかり捕まってろよ!とばすからな!!」
と、内藤。
無論、十割の下心で。
期待通りに自らの腹部に回された腕に、心の中で小さくガッツポーズを決めながら、ペダルを思いっきり漕ぎはじめる。
しかし、内藤は興奮のあまり忘れていたのだ。
ここから学校への道程に斜度45度という急勾配が待ち構えていることを……
――――――――――――――
一時限目の授業が始まる前の教室。
その教室の隅に居る、小さく纏まった顔立ちの如何にも秀才と言う少年の元にクラスの約半数の人間がたむろしていた。
何も特別な事では無い……これがいつもの日課なのだ、それに別段この少年が人気者な訳でも無い。
ただ単にこの席が一番風通しが良く、涼しいだけであった。
「ゼェ…ゼェ……」
その教室に大きく肩を揺らしながら、息絶え絶えの内藤がフラフラッと入ってきた。
ドアの開いた音で、そちらを振り向いたたむろしている集団の一人が内藤に声を掛ける。
上記の“如何にもな秀才”――伊奈大樹その人である。
「おっ!内藤!どうした?今日はやけに遅かったな!?遅刻だぞ、遅刻。」
それに対し内藤は小さく手を上げると、入ってきた時と同じようにフラフラしながら、その集団の所に向かう。
「おいおい、どうした?遂に外見のみならず、身体能力まで精神年齢相応になったか?」
今度は、窓枠に寄りかかっている長身の少年――堀越俊彦がからかうように声を掛ける。
内藤はそれを「うるせえ!」と一掃すると、伊奈の隣の自らの椅子に腰を下ろし、何があったのかを説明しようとする。
「ハァ…ハァ……チャリの後ろに遅刻しそうな女の子乗っけてきてや――
ここまで内藤が言った瞬間、輪の中に混じっていた可愛いが、やたらとお転婆な金持ちのご令嬢と言う唯一の女性――友保の叫び声に内藤の話しは遮られてしまう。
「な、内藤が少女誘拐を!?」
その真面目な大声にクラスの視線が内藤一点に集まる。
急転回を迎えたその事態に戸惑いを覚える内藤に更に追加攻撃が加えられる。
「内藤…今なら遅くないよ。監禁場所から女の子逃がして、自首しなよ。」
友保が丁度、クラスのみんなに聞こえる位の声で、しかも、目に 涙 を 浮 か べ な が ら 内藤の肩を叩きこう言ったのだ。
内藤は
「はぁ?俺んな事やってねぇよ!!」
と言って肩に置かれた手を払い除ける。
友保は、払われた手の甲を押さえて、今にも泣き出しそうな顔をして内藤をみる。
クラスの紅一点、友保の涙により半数の目は更に厳しくなる。
伊奈の回りに集まっているもう半数は必死で笑いを堪えていたが、回りの視線と泣き出しそうな友保にオロオロする内藤を見て我慢しきれなかった一人――机に腰掛けていた、小柄の“カッコいい”と言う形容詞よりも“可愛い”と言う形容詞が似合う少年――榎本克也が大声を出して笑い出してしまう。
「っはははははは……とっ友保さん…そろそろ勘弁してあげたら?…ははははははっは……」
次の瞬間、伊奈の回りの集まっていた全員が笑い出す。
それを見て状況を理解した残り半数が笑いだし、内藤はキョトンとしてた。
「おい!うるせーぞ!ほらっ!席につけ!」
そんな瞬間、ドアを開けてクラス担任の浅野が入ってきた。
それを合図に、皆が席に付き始める。
全員が席についたことを確認すると、浅野はクラスを見渡し、出席簿に印をつけると、入り口のドアの方を向き、合図を送る。
すると、内藤が今朝、自転車の後ろに乗せた少女がゆっくりと入ってきた。
「転校生だ。ほら、自己紹介してくれ。」
「はい。私は坂本千紘。前は田舎の小さな学校に居ました。よろしく…」
浅野に促されて自己紹介を始める坂本にクラスの紅一点が紅二点(?)になったことを喜ぶ喚声が上がる。
その瞬間、坂本は内藤の方を向き、ニッコリと微笑んだが、それに気が付いたのは本人達以外に誰もいなかった。
最終更新:2008年01月11日 21:56