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第十一話 忘れられし太古の異形


ここは精霊の森・・・

朝日出「ったく何なんだ!?さっきから狼やら、動く木やら大量に出てきてちっとも先に進めやしない・・・それになんか変だこの森・・・」

朝日出が、近くの茂みや木の影枝の上など様々な箇所に注意を払いながら思わずぼやく。
それもそのはずだろう・・・この森は第六感――シックスセンスが全く働かない魔の森・・・剣客に限らず、戦闘のエキスパートは皆総じて第六感が極限まで鍛えられているものだ。
ましてや、体がかろうじて戦いを覚えているだけの朝日出にとって現在の状況は非常に厳しいものであったし、野生の感が異常に鋭い吉田にとってもそれは同じことだった。

吉田「ああ、なんか良く分からないが・・・」

ガサッ!

吉田が、朝日出と同じようにあたりに注意を払いながら、朝日出のぼやきに答えた次の瞬間、彼らの右脇の茂みから半獣人・・・オオカミと人間(?)の合いのこのようなものが飛び出してきた。

朝日出「くっつ!まったく気配を感じなかったぞ?!」

あわてて振り返るが予想以上のそのスピードにはついいていけなかった・・・オオカミは、迷わず朝日出に直進する。
飛び上った角度、口の動きなどを考えるに、このオオカミは本能的に朝日出の首を食い千切ろうとしたのだろう、しかし、それを解ってか、無意識のうちか・・・朝日出が自らをかばう為に前に出した右手にオオカミは食いつく。

朝日出「ぐっ!!」

吉田「朝日出!!」

シュッ!

吉田が足のばねを使い、空気を切るような音と共に一気に狼との距離を縮める。
次の瞬間、鞘走りでスピードを高めた剣が走る。
そのスピードはすでに一介の剣士のレベルを大きく得ており、凄まじい速度の刃がオオカミの首筋に向かい疾走する。

スザァン!!

どさっつ・・・
飛び散る鮮血と共に、見事なまでに奇麗な断面で首を切りおとされた狼男の体が地へと崩れ落ちる。

朝日出「ぐっ・・・・」

うめき声をあげる朝日出に駆け寄る吉田。
食いちぎられかけた朝日出の腕からは、おびだだしい量の血が流れ落ちている。

吉田「大丈夫か?」

朝日出の隣にしゃがみ込み、心配そうな顔で朝日出を覗きこむ吉田に、朝日出は「自分がへまっただけさ。」とでもいうかのような、自嘲気味な笑顔を浮かべると、「大丈夫さ。」と告げ言葉を続ける。

朝日出「ああ、ありがとな・・・・・・だが、今のではっきりと確証が持てた。この森・・・第6感が全く働かないんだ。」
吉田「そうか・・・さっきから感じていた変な感じはそれか・・・」

朝日出の言葉を聴き、吉田は妙に納得したように頷く。
ふと朝日出が倒れている狼男へ眼を落し、首を傾げながらの一言。

朝日出「それにしても何なんだ?こいつは・・・だいたい、なんでこんなところに・・・」
吉田「人間と狼のあいのこか?というか、妖精の森にこんなのが出るなんて聞いたこともないな・・・」

顔は狼、体は人間・・・にしてはやけに毛深いが・・・それは恐らくオオカミの毛だろう。
しかし、そもそもこの様な異形が出るような森ではなかったはずだし、そのような話は、近くの村に住んでいる吉田も聞いたことがなかった・・・吉田の場合単なる無知の可能性も捨てきれないのだが、吉田に出会ってすぐの朝日出と、吉田本人しかいないこの場所でそれを指摘する者は居る筈もなかった。

吉田「あ、でも確かそろそろ出口のはずだし・・・変種の魔物とでも思えば気にすることなくないか?」

吉田は笑いながら、吉田らしいと言えば吉田らしい楽天的な意見を述べる。
しかし、この場合はどう考えても異形が何者であるかを知ることは出来る筈も無し。この楽天的な吉田の意見が正解かもしれない。
最も、だからと言って注意を払わなくともよい。というわけでも無いが・・・

朝日出「それもそ」
???「チャチャチャチャチャ」

朝日出が吉田に対し同意の言葉を終える前に頭上から声が響いてきた。
その特徴的な声は一種の・・・笑声・・・なのだろうか?
吉田と朝日出が頭上を見上げると、鬱蒼と茂った木の枝の合間に一匹のサルがいた。

吉田「なんなんだあいつは!??」
朝日出「さあな・・・だが・・・目がやばい」
???「チャチャチャ・・・」

シュッシュ!!

その生物・・・猿は木から木へと飛び移りながら吉田と朝日出へと向かってくる。そのスピードは尋常ではなく、その素早さたるや吉田よりも早いことはほぼ確実であろう。

ガゥン!ガゥン!ガゥンッガゥン!!

朝日出の銃が火を噴くが、その銃弾はことごとく外れてしまう。
猿のスピードは目で追うのが精一杯なほどの早さだった。
それに加え、鬱蒼と生い茂った木々を利用し右へ左へと動くその変則的な動きが朝日出が銃弾を当てられない最も大きな理由なのだが・・・

朝日出「くっそう!!早すぎる!!とらえきれねえ!!!」
吉田「俺が動きを止める!そのすきに!!」

吉田は、朝日出の返事も待たずに猿へ向け一気に跳躍する。

朝日出「わかった!」

シュッシュッ!!

吉田も猿に負けじと、左右両側に生い茂った木の間を縫って猿に迫ってゆく。
その並外れた身体能力に、吉田の毛深さも手伝って、その姿は、はた目から見れば猿などの野生動物と見まごうほどだ。

猿「チャーー」

ボボボボボボボボボボボボ!!

吉田が、猿を射程距離に収めるか否かのその瞬間猿のスネ毛うちの数十本が信じられないほどの速度で伸び、黒い槍の如きそれは吉田を襲う。

吉田「くっそ!!ソニックセイバー!!」

シュゴオオオオオ!!

吉田が大きく剣を振ると、その剣により発生した真空が鎌鼬現象となり向かい来るスネ毛を切り刻む。
しかし、吉田の未だ未熟な・・・最も、十二分に一般レベルを超えているのだが、今だ、父に一本足りともとれないそれの腕のせいか、何本かのスネ毛は、依然として吉田のほうへ迫ってくる。

吉田「しまった!!打ち漏らしたか!!くっ・・・」

黒い槍のような敵の攻撃が吉田の眼前に迫り、吉田が死を覚悟した次の瞬間。
ガゥン!ガゥン!ガガゥゥン!!
朝日出が放った銃弾がスネ毛の先端を正確に撃ち落とす。

朝日出「吉田!油断大敵だぞ!!」
吉田「!!ああ!!すまねえ!恩にきる!」

シュタッツ!

勢いが落ちていったん地面まで降りてきた吉田だったが、地面に足がついた瞬間、人間とは思えない脚力で飛びあがった。

猿「チャーーーー!!」

猿は再びスネ毛を使おうとする、が、猿が狙いを定めようとした次の瞬間には吉田はもうそこにはいなかった。
飛び上がった先にあった木の枝蹴り、その反動をを利用して、猿の背後に回り込んでいたのだ。

吉田「余裕!!ソニックセイバー!!!」

シュゴオオオオオオオオオ!!

先ほどと同じ・・・真空により発生した鎌鼬が猿のその身を切り刻むと同時に地表に向け猿をたたき落とす。

猿「チャ、チャーーーー!!」

当然のことながら、次の瞬間、猿はその変則的な動きができなくなっていた。
吹き飛ばされるような単純な動きならば、それが如何に早かろうが朝日出にとってそれを打ち抜くなどという芸当は目をつぶってでもできるレベルのものだった。

ガゥン!!ガゥン!!

猿「チャーーー!!!!!!!!!!!」

朝日出の放った銃弾はその二発ともきれいに猿の脇腹を貫いた。
ドゴオオオオオオオオオン!!
先の吉田の攻撃の勢いが全くおとえず、地面に激突する猿。
しかし、吉田たちの攻撃は、この程度では終わらない。吉田がさらにその上から次の攻撃を放とうとしていた!

吉田「とどめだ!!エリアル・レイド!」

背後にあった木を蹴り、その反動を利用して、速度を上げた吉田の蹴りがうつぶせに地面にめり込んでいる猿の背中に直撃する。

背骨が砕けるようなむごい音が響いたのち・・・
猿はもう既に動かなくなっていた。

吉田「・・・三割さ・・・」
朝日出「・・・三割ってお前・・・馬鹿か?」

うつむき加減に軽く鼻で笑い、決め台詞つぶやいた吉田に朝日出が何ともストレートな突っ込みを入れる。

吉田「まあ、いいだろう?もう出口はすぐそこだ。」

吉田達が森の出口に到着するそのころ・・・すでに空は既に白み始めていた・・・



第十ニ話 冷たい方程式


吉田たちが猿と闘っているそのころ・・・
フレンスブルグ郊外の草原、帝国軍の野営地の外れで二人の男が口論していた。

一人は、しわくちゃに着込んだ軍服を着こみ、頭には如何にも軍人らしい帽子をかぶった、マンガ等でお馴染みの軍の上級将官という成り立ちに加え、不自然なほど顔に似合う、ちょび髭が嫌味な軍人を演出している、この“第12騎士団”の参謀。
もう一人は、赤いマントを羽織り、右手に東洋の甲冑を思わせる防具らしきもの・・・ただ唯一その指先に鋭い爪がついているという違いがあるが、それをつけた、軍人というよりは“旅人”や“義賊”と言った言葉が似合う青年。

参謀「団長!さあ、出撃の準備を。」

ちょび髭参謀が、団長と呼ばれた赤いマントの青年に詰め寄る。その顔と声色には明らかな不満の色が含まれている。この様子を見るかぎり、口喧嘩はこれが初めてではない様子だ。この参謀は東の空がわずかに白み始めてから何度同じセリフを言ったのだろうか・・・

???「出撃?無理やりフレンスブルグを落すのか?俺はそんな手荒なまねはしたくない・・・」

しかし、参謀の必死の願いにも変わらず団長と呼ばれた男は嘲笑気味に答える。
その声色から感じ取れるのは、思想や理想と言った重いものではなく、ただの気まぐれ。だいぶ違いが大きいが、極例を挙げるのならば無邪気な子供の駄々であろうか・・・
その様子に参謀は、握りしめた右手を震わせながら、なおも団長に対し詰め寄る。

参謀「何を言っていらしゃるのだ?皇帝陛下からのご命令を忘れたのですか?」
???「ああ・・・あれ、確か『学術都市フレンスブルグ』を帝国の圏内に取り入れよだったかな?」

先ほどと、同じ口調。この男の言動は参謀が必至の形相でにじり寄ってくるのを多少ならず楽しんでいるようにも見える。
要するに、参謀をからかっているようだ。

参謀「なら!!」

参謀は尚も顔を赤くしながら講義する。
その余りにも必至という形相にマントの男は笑いをこらえられず・・・堪え様としていないのか嘲笑気味に笑うと、参謀相手に子供にいい諭すような口調で語りかける。

???「皇帝陛下も力ずくでなんて言ってないだろう?」

これだけ、馬鹿にしたような行動をとっているにもかかわらず、この行動を傍目で見ているものが居ても、おそらくこの男に対し負の感情を抱く者はいないだろう。
それがなぜだかは分からないが、ある種嫌味な空気をこのマントの男は発していなかったからなのかも知れない。

参謀「・・・いいでしょう。対話したいと申されるのですね?」

眉間に青筋を浮かべ、目の前の男に飛びかかりたい気持ちを必死で抑え、怒りに近い感情に震えながら、参謀はその言葉を絞り出す。

???「そうだ。」
参謀「ええい!!仮にも団長だからと言って我慢していたが!!貴様!とんだ腑抜け野郎だ!!これ以上貴様にはついて行けん!!こんな時に臆病風に吹かれおって!!」

参謀は剣を抜き、今にも斬りかからんという勢いで、マントの男ににじり寄る。その眼には明らかな殺意が込められていた。

???「じゃぁ聞くが・・・なにもせずに武力で打って出ようとするのと、話し合いと歩み寄りの道を求めようとするのはどっちが臆病かな?」
参謀「詭弁を!!!!」

参謀は剣を振りかぶる。
しかし、その腕が振り下ろされることはなかった。
男が特に何をしたでも無い・・・男の地獄の炎の様な紅色に染まる眼で睨みつけられたその瞬間、凄まじい威圧感に襲われ、まるで蛇に睨まれた蛙のように参謀の体は一切動かなくなっていた。

森の方面では、緊迫したこの状況に似合わず、小鳥たちのコーラスが響き渡る。
さらに、この後、男が発した一言が、得体の知れない恐怖のような感情に体を固まらせている参謀にとどめを刺す。

???「そういえば、そろそろ本国から監察官が来る予定だけど・・・君、反逆罪で打ち首になりたい?」

参謀の顔からみるみる血の気が引いてゆくのが面白いほどによくわかる。
そして悔しそうな顔をしたのちに剣を鞘におさめた。

ディパン帝国では、上官への反抗は極刑、仮に後に赤いマントの団長を“戦死”と報告し、誤魔化すにも本国からの監察官が来るのが迫っているとなれば誤魔化しは不可能に近い・・・いや、不可能だった。
それ以前にこの参謀に団長を殺せるのかがすでに怪しいのだが・・・
???「そうそう、しばらくここで待っててくれよ?」

男はそういうと、隊員の中から数名を選び声を掛けると、フレンスブルグの門へと向かった。参謀の横を通り過ぎる際に男は、参謀にとあるメモが書かれた紙を渡していたのだが、この紙は直ぐに効果を発揮することとなる。

門番「誰だ貴様!!こんな時間に何の用・・・」

その数分後、フレンスブルグの町門に男の声が響く。ずいぶんと威勢の良い声だったが、門番はマントを着た男の後ろにいる黒い甲冑を身につけた兵士を見て言葉を止める。正確には止めざるを得なくなる。

???「あぁ・・・誤解しないでくれよ、ここを攻め滅ぼそうってわけじゃないから。」

男は固まっている門番に笑顔で話しかける。
門番の男性の顔は引き攣り、その顔色は警戒と絶望からか、青ざめている。

???「交渉がしたいんだ。ここの長・・・たしか学園長だったな?その方を呼んでくれるかな?」
門番「あくまで使者というわけですか・・・仕方がありませんね・・・」

戦時中の国家間の最低限の掟として使者は受け入れると同時にその安全は保障するというものがある。
その“モラル”という名の後ろ盾に守られ、男は学術都市フレンスブルグの中央にあるフレンスブルグ学院へと向かう。
この街は特殊な構造をしていて、ここの長はフレンスブルグ学院の学園長である。
男は学院の各院長室へ招かれた。

???「新蔵学院長、お目にかかれ、光栄です。私はディパン帝国、十二騎士団第12師団団長の堀越と申します。」

堀越と名乗った赤いマントの男は、学園長室の自らの椅子から立ち上がり、厳しい表情で堀越たちを睨んでいる男に対しうやうやしく頭を下げる。
それに合わせ、新蔵とよばれた男も軽く頭を下げるものの、名乗る等の挨拶はせず、自らの大きな・・・よく社長室に有るような立派な自分の椅子ではなく、客人用の・・・それはそれで豪華なのだが・・・その椅子に座ると堀越に向かいの椅子を進めながら口を開く。

新蔵「形式的なあいさつは抜きにしてもらおうか?本題は何だ?ここの支配か?まあとにかくディパン帝国の今までのやり方とは少し違うようだな・・・」

今までの帝国のやり方・・・有無を言わさず国に押し入り、領主を殺しその地方の自治権を奪い取る。
そのやり方と明らかに異質なものを感じ取った新蔵は訝しげな顔をしながら、自らが進めた椅子に遠慮なく座った帝国部隊最強と呼ばれる十二騎士団の内、最下級とはいえそれを任せられるようには見えない赤いマントの青年に尋ねる。

堀越「はい、こちらの意見を率直に申し上げます。ここを我々の支配下に置きたい。ここは海に面しており、海上の防衛の拠点に適していると、我等が皇帝皇帝陛下は、お考えです。その代償・・・と言ってはなんですが、こちらを明け渡していただけた場合は研究費用として8000万Gほどを・・・」
新蔵「拒否いたします。」

堀越が最後まで言い終わらないうちに新蔵は話を切った。
この瞬間、新蔵はこの赤いマントの男に対する認識を改めた。次の瞬間堀越というその男が見せた、射抜くような眼光はまだ二十歳そこそこに見えるこの青年の年齢には似つかわしくない程の威厳を放っていた。

堀越「では、交渉は決裂・・・ですね?」

新蔵が、その眼光に物おじしていると、最後通告と言わんばかりに堀越が言葉を重ねる。
『研究費用のためだけにこの街を売るようなまねは断じてできない。』
これが新蔵の考えだった。それを・・・自分の意思を――いや、意地とプライドを守るべく、新蔵は肯定の意思をかろうじて口から絞り出す。

新蔵「あ、ああ・・・」
堀越「あくまでディパンの命に背く・・・か・・・いいだろう、フレンスブルグの安全は保証しない・・・できれば、俺も手荒なまねはしたくなかったのだが・・・な。」

堀越は窓に歩み寄ると手榴弾のようなものを外にほおり投げる。

キィィィィィィィィィィィィィィイイイイイイン!!

眩い光と共に炸裂したそれは甲高い高周波をあたりに響かせた。
この時、新蔵はこの直後この街を襲う事態を容易に想像することができた・・・

新蔵「貴様!今のはまさか!?」
堀越「ああ・・・開戦の合図だ。」

フレンスブルグ郊外

参謀「開戦の合図だ!!」
兵士「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

新蔵「貴様・・・よくもぬけぬけと・・・」

新蔵は眉間に青筋を浮かべ、自らのコレクションとして壁に掛けてあった槍に手を伸ばすと、それを堀越に向け奮う。
しかし・・・所詮は一介の学者・・・兵士・・・それも帝国が誇る十二騎士団の団長にかなう筈もなかった。
槍は、空をかき、次の瞬間新蔵は自分の喉元に、冷たい刃の感触を感じていた。

数時間後・・・
新蔵は堀越により捕えられたフレンスブルグの士気は低く、ほどなく勝敗は決まり、市民は広場へと集められた。

ディパン監察官「堀越殿、ディパン帝国に逆らった民達を・・・女子供かかわらず処刑なさってください。ほかの村、町に対する見せしめとなるでしょう。」

広場に用意された演説用の台の裏で、早馬に乗り先ほど到着した黒服の軍の監察官が下馬もせずに堀越にそう伝える。

堀越「・・・はい。」
ディパン監察官「では、私はここのほかも回らねばならぬので失礼。」

監察官はそういうと、馬を走らせ城門を出ると東の方角へと消えていった。
それを確認した堀越は、演説台の上に登り、フレンスブルグの市民を見渡すと、参謀に軽く・・・からかうように微笑えんだ顔で一瞥すると、演説台の真下に控えていた兵士たちに命をくだす。

堀越「・・・市民を全員避難させろ・・・」
参謀「!?貴様やはり・・・皆の者!このような奴の言うことを聞くことはないぞ!!!」

明らかに命令違反ともとれる堀越のその行為に参謀が食って掛かるが、兵士たちは参謀を無視し、市民たちの縄をほどき始めた。
参謀は尚も、「殺せ!」と叫び続けているが、どうやら誰も無抵抗の市民を望んで殺したい者はいないようで、市民に掛けられた縄は次々と解かれていく。

その市民はと言うとキツネにつままれたようなキョトンとした顔で壇上の紅いマントの男を見ている。
しかし、タイミングとは悪いもので、
ここフレンスブルグに帝国騎士団がいると聞いたある男が向かってきている最中だったのだ・・・



第十三話 移住


参謀「くっ・・・新人がっ!」

虫の居所が悪くなった参謀は後ずさりをする。
帝国の行動は残虐極まりないもの・・・
そう聞いていた・・・そして、それは事実の筈が、その情報とは全く相いれぬ・・・いや、正反対の堀越の意外な行動に驚いた村人は呆然としていた。

堀越「・・・皆の者。フレンスブルグは、皇帝陛下の命によってディパン帝国の領地になる・・・。もし逆らえば私も今度は本当に処刑するだろう。」

堀越は演説をするかのように市民に呼びかけた。

堀越「安息の地は用意してある・・・。帝国が作り上げた移民土地ライゼンバッハに皆の者には移り住んでもらう。決しって悪い待遇ではないはずだ。」

先ほどの堀越の行動を加えてこの提案・・・

事前に聞いていた情報は間違いだらけの物だったのかもしれない。
少なくとも、この人物は信用できそうだ。
悪い待遇でないのなら、よいのではないか。
どうせ他の村や町に行っても、自分たちを受け入れてくれる街はないであろう。

そんな会話が、聴衆の間を飛び交う・・・中には、諸手をあげて堀越の提案には賛同するものもいた。

新蔵「・・・ここ以上の・・・いや、ここと同等の生活を与えてくれるのなら私も賛同しよう。」

新蔵の眼は真っ直ぐ堀越の眼を見つめていた。
先の新蔵の部屋での堀越の眼力とは比べるまでも無いものであったが、その眼はどこまでも真っ直ぐで力強いものだった。

新蔵の質問に堀越は答える。

堀越「・・・約束しよう。」

堀越は確約した。
無論――――先の新蔵の部屋での眼力とは違い、しかし芯の強い力のこもった眼で。

兵士「さぁ、団長様からの直々の誘いだ!ライゼンバッハに住みたい奴はついてこい!」

そして少しの時間がたてば市民たちは兵士たちの前に並んでいた。
堀越の策略どおり、移住を望むすべての市民たちが移住を望んだ。  
いや、ここで逆らえば処刑かも知れない。
しかも待遇は良い。言うがままにするのが誰にとっても良いと判断したのだろう。

堀越「ではお前達はライゼンバッハまで案内をしてやってくれ。帝国までは長い。道中はくれぐれも安全に。」
兵士「ハッ。」

兵士たちはは何百人もの市民を導き、帝国への道を歩んで言った。
まさにこの様は大名行列のようであった。

そしてフレンスブルグは、数名の衛兵を除いてぬけの殻になり、残ったのは2、3人の兵士と参謀と堀越だけだった。

参謀「くっ・・・奇襲か・・・うまくいったからいいものを・・・大将自ら敵の懐に飛び込むなどと!!」
堀越「確かに全面戦争を仕掛けたほうがてっとりばやかったかも知れないな・・・俺の身だけならそっちのがよほど安全だし・・・」

参謀の敵愾心を剥き出しにした食い付くような一言に、堀越は参謀の敵愾心などどこ吹く風・・・と言った雰囲気で事も無げにそう返した。
話している二人に黒い服を着た男が近寄っていることに堀越は気づいた。
その男は傷でもあるのだろうか・・・?全身を黒いマントで覆い隠す様にして歩いている。

堀越「あなたは・・・十二騎士団04騎士団長、萩野谷」

先ほどとは打って変わって、きちんと一礼し、ある程度言葉遣いも気にしながら黒衣の男――そう、堀越がそう呼んだことから解るように、彼はユーグリフ村の殲滅作戦に駆り出されていた十二騎士団きっての忠臣、第04騎士団長 萩野谷 だった。

萩野谷「新人の十二騎士団12師団団長さんか・・・。」

萩野谷も、堀越の身に纏っている紅いマントを珍しそうに繁々と眺めたのち、気がついたように一瞥し声を掛けた。

堀越「ここで会うとは奇遇ですね。」

十二騎士団の請け負う任務の重要性と隠密性という二面の特徴から、通常隊長同士が作戦意外で帝国の外で会うということはまずないことであった。
それもこれも萩野谷にはすでに部下の兵士は一人も着いていなかったからである。
馬もなく、従者もなく・・・いくら萩野谷とて、そのような満身創痍とも言える状態で、この辺境の土地から帝国の皇都へと帰還するのはやや、どころではなく、かなり面倒くさいことであった。

堀越「やられた・・・ようですね。部下も全滅ですか。」

心配そうに声をかける堀越だったが、萩野谷はそれを一笑の元に伏し“なめるな”という口調・・・と言うよりは、事務的に被害報告をするだけ、といった口調で返答する。
無論、立場上は萩野谷の方が明らかに上であり、別にこれは被害報告というわけではない。

萩野谷「勘違いするな・・・。任務完全に遂行した。ただ単に私の左目と部下十数人が犠牲になっただけだ。」

萩野谷の左目は素人が応急処置をした程度で傷跡はむき出しであった。
堀越はそれを刹那の間凝視し、『はぁ・・・』と少々大袈裟に溜息をついた。

堀越「もう目はだめですね・・・。」

首を横に振りながら、そう残念そうにつぶやいた。
萩野谷の目の傷は、縫合テープで止められてはいる物の、多少なりとも医学知識に精通した者が見れば、網膜どころか、眼球そのものが潰れ、半ば抉り出されているような状態に成っているのは一目瞭然だった。

萩野谷「ああ。止血はしたが、もう見えていない。眼帯がほしいところだ。」

なんてことは無い・・・そう言うかのように自嘲気味にこたえる萩野谷。
実際、彼はこの傷をあまり気にかけて居なかった。
この傷は、自分の腕が至らなかった・・・ただその事実のみが与えた結果であり、失敗は成功の母・・・ではないが、この傷は自らを奮い立たせるものになる。
そう割り切っていたからだ。

堀越「あなたの任務はたしか・・・」
萩野谷「辺境の村の村人の殲滅だ。お前も似たような任務だろう?」
堀越「私の任務は領地の獲得です・・・。人殺しとは訳が違いますよ・・・。それにしても・・・一体誰があなたと兵士を?」

萩野谷の言葉に、皮肉っぽく答える堀越、相手が参謀などのおちょくりがいがある相手ならば別だが、相手が萩野谷である。ということに加え、今堀越の好奇心が向いている先が違うと言うことも重なり、談話を重ねることを避け、単刀直入に自らの好奇心のほこ先に対し攻撃を加える。

萩野谷「知らないな・・・。相手はただの剣士だった。」

萩野谷は意外にさらりと答える。
“ただ”の剣士・・・そう萩野谷にとって相手の名前など二の次・・・いや眼中になかったのだ。
残った結果がすべて、萩野谷は徹底的なリアリニストだった。
無論、そのことを知っている堀越はその返事の上から、根掘り葉掘り聞き出すような無粋な真似はするつもりも無かった。

堀越「それにしても・・・さすがですね。その目の傷跡を見る限り、相手の刃は音速を超えています・・・。そんな相手を倒すなんて・・・。」

眼球の周りの切れ方・・・血の飛び散り方などから相手の力を推量し、冷静に分析する・・・
唯の医学とは少し異なる、あえて言い方を変えるのならば“戦闘医学”とでも呼べばいいのだろうか?
それが戦闘知識と医学知識に精通している堀越ならではの分析方法だった。

萩野谷「いや・・・。この鎧を着ていなかったらやられていたのは私だったかもしれない。」

萩野谷の、マントをばさりと広げると腹部の傷跡を堀越に見せた・・・軍服は特殊な繊維が編みこまれ、鋼の鎧とも言うべきものになっていた。
しかし、その傷跡はそれをも砕いていたのだ。
その跡には、さすがの堀越は目を丸くしているだけであった。
そして、それと同時に堀越の脳裏に渦巻く疑問――――

堀越「・・・。その村は一体・・・不思議ですね。なぜ皇帝陛下はそんな村の殲滅など・・・。」

堀越はその好奇心に背中を押され、無駄であろうと分かっていながら、ついつい萩野谷にそう尋ねてしまった。

萩野谷「さぁな。それにしてもお前・・・ここの市民はどうした?」
堀越「ああ。例の移民都市に兵士に連れて行かせました。」

萩野谷は堀越から投げかけられたその質問をわずか三文字で軽くあしらうと、質問に質問を重ね、堀越へと返した。
堀越は、脳裏に渦巻く疑問に考えても無駄の烙印を押すと、さっさと隅に片付け萩野谷の質問に返答する。
堀越がそれ以上に突っ込んで聞かなかったのは無駄ということもあるし、何より十二騎士団で――――いや帝国内部で皇帝の命は唯一絶対であり、それに対し疑問を持つことは禁忌とされていたからだ。

萩野谷「移民都市・・・十二騎士02魔団団長佐藤と02魔団の兵士、皇帝陛下、そして移民してきた人々しか入ることが許されない例の都市か・・・。」
堀越「ええ。なぜ佐藤さんの部隊だけ許可されるのでしょうかね?」
萩野谷「わからんな・・・。それよりも逆に一般の移民が入れて我々が入れないことのほうがおかしいが・・・。」

移民都市・・・それは帝国でもなぞめいている地域である。
十二騎士団佐藤の部隊と皇帝陛下、そしてそこに来た移民・・・彼らのみしか移民都市ライゼンバッハの真実は知らない・・・。

“果たしてそこは噂に聞く天国のような都市なのか・・・?”

正直な話、堀越だけではなく萩野谷でさえもそのどこからともなく湧いてくる疑問へは不信感を隠さずにいた。
しかし、堀越がユーグリフ村への疑問をあきらめたのと同じように、この疑問も軍にいる限りは考えても無駄であり、帝国の人間である以上、少しでも調査し皇帝の機嫌を損ねようものならば死は免れないだろう。
そのことを十重承知している彼らは、さっさと思考回路を別の物に切り替えることにした。

萩野谷「さて・・・私は皇帝から受けた任務は全て完了した。」
堀越「私もですね。」

参謀と数人の兵士は十二騎士の二人の会話に割り込めなかったが、いるので忘れないで欲しい。

参謀「そういえば団長、次の任務はすでに皇帝から受けております。」

ちょうど話が切れたタイミングを見計らい、萩野谷と堀越の会話に割り込む参謀―。
話が切れたのを確認してから割り込んだ割に腰が引けビクビクしているのが“萩野谷”という人物の強大さを表していると考えてほしい。

堀越「それはなんだ?」
参謀「・・・”現在遂行中の任務を完了させ次第謁見の間に集まりたまへ”・・・。これは十二騎士団の皆さんに宛てた者ですから、萩野谷様、あなたも当てはまりますね。」

参謀はそう告げると、逃げるように二人の元を離れて行った。

萩野谷「・・・久しぶりの十二騎士の全員集合か・・・。おそらく次の戦争にかかわることだろう。」
堀越「フケガオ王国・・・か。」

堀越は憂鬱そうにつぶやく。
そのつぶやきを耳にした萩野谷は強めの口調でやや咎めるように堀越へと言葉を返す。

萩野谷「ああ。フケガオ王国を倒せば、それの周りに蟻のように群がる同盟各国はとるに足らん・・・すなわちこの世界全域は帝国の支配下となる・・・不服か?」

堀越「いえ・・・唯、俺はあまり壊滅戦は好まないので・・・まぁ、好き嫌いは言っていられませんね。さっそく帝国まで急ぎましょう。」

先程の憂鬱そうな呟きとは打って変わり、すっかり元に戻った何時もの口調でそう言うと、指を口にはさみ強く吹く。

ピッー

その指笛に反応した二頭の馬がやってくる。
どちらも士官用に飾り立てられた馬等ではなく、実戦本意の簡素な馬である。

萩野谷「助かる。では行くぞ!」
堀越「ええ。」

2人は馬に飛び乗ると強く鞭をうち一路、帝国の王都へと向かう・・・
最終更新:2008年01月12日 12:50