【12月26日 朝】
内藤「・・・・・お・・・」
内藤は、いつも起きるのより少し早く目が覚めました。
内藤「・・・・・」
外には、昨日の夜に降った雪がまた積もっていました。
内藤「・・・昨日は・・・楽しかったお・・・・」
内藤「男も・・・サトリちゃんも・・・幸せそうだったお・・・」
内藤ジジ「おおーい・・・」
内藤「あ・・・おじいちゃんが呼んでるお・・・」
内藤は、住宅地から少し離れた所に、祖父と二人で住んでいました。
内藤の両親が離婚してお母さんが死んでしまってから、内藤はおじいちゃんと
二人で、ひっそりと・・・だけど幸せに暮らしていました。
内藤ジジ「おお・・おはよう内藤・・・・ちょっと手伝ってくれんかの?」
内藤「洗濯なら僕がやるお!おじいちゃんはゆっくり休んででお!」
内藤ジジ「なにを言ってるんじゃ!・・ワシを年寄り扱いするんでない!・・・」
内藤「ちがうお!僕がやりたいだけだお!」
内藤ジジ「・・・・そうかい、そうかい・・・じゃあ内藤におねがいしようかの・・・」
内藤「まかされるお!」
内藤のおじいちゃんは若いころから空手の達人と言われており、年をとって
以前ほどの力を失ったいまでも、警察学校やいろんな道場から先生として招かれ
若い人たちに空手を教えているのでした。
内藤ジジ「よっと・・・また今日もおじいちゃんは学校に行ってくるから、
今夜も留守番をよろしくするよ?」
内藤「わかってるお!おじいちゃんも、また張り切りすぎて腰を痛めるんじゃないお!」
内藤ジジ「なにを言っておる・・・あれは」
内藤「ほらほら!早く行かないとバスに間に合わないお!」
内藤ジジ「おっと・・・そうじゃの・・・では、行ってくる。」
内藤「いってらっしゃいだお!」
内藤「・・・おじいちゃん・・最近また元気になったんだお・・・・」
内藤は雪の積もった広い庭で洗濯物を干しながら昨日の夜のことを思い出していました。
内藤「・・・・それにしても・・・本当にしぃさんはお母さんに
そっくりだったお・・・」
内藤「・・・しぃさんの手・・・温かかったお・・・・」
ばさっ・・・
内藤はそれから、ばーぼんはうすのことを思い出しました。
内藤「マスター・・・元気そうでなによりだお・・・」
内藤「・・・僕も・・・会いたいお・・・マスターに・・・・」
内藤「でも・・・でも・・僕はだめだお・・・・・」
内藤は、大好きなおかあさんがいなくなってから、たったひとつの悲しい勘違い
をしていました。
内藤「ばーぼんはうすは・・・本当に愛し合う人達じゃないと・・・お店を見つける
ことはできないお・・・・」
そんなことはありません。ばーぼんはうすには、心のきれいな人なら・・・誰にでも気軽に
入れるお店です。
しかし、ばーぼんはうすのお店のある場所をみつけるには、地図が必要なのです。
そう・・・男があの変な外人さんから受け取ったキーホルダーが・・・
内藤「・・・本当に・・・あの二人がお店を見つけれてよかったお・・・」
以前、内藤がお母さんとばーぼんはうすに通っていたときは、
内藤のお母さんがあのキーホルダーを持っていました。
でも・・・お母さんがいなくなったその日から・・・そのキーホルダーは
行方がわからなくなってしまいました。
内藤「マスターの声・・・電話越しでも・・・・変わってなかったお・・・」
内藤は以前、一人でばーぼんはうすを探しに行ったことがありました。
お母さんが突然いなくなっちゃたあの日・・・
ばーぼんはうすになら・・・お母さんがいるような気がして・・・・
しかし、結局お店の場所はわからないまま・・・・内藤は本当におかあさん
がいなくなってしまったことを信じるしかなかったのです。
内藤「・・・・ネットにばーぼんはうすの電話番号があってよかったお・・・」
内藤「ぼくもよく・・・あの数の電話番号から引き当てられたお・・・」
内藤と男が、友人からさらにふかい仲になったあの日、内藤は初めて
自分以外の誰かのためにパソコンを使い、なんとかあの電話番号を見つけたのです。
それは奇跡ともいえることでした。ネット上には偽者の情報がたくさんながれており
その中から内藤はみごとに一発でばーぼんはうすの電話番号を見つけることが出来ました。
内藤「あの電話番号・・・覚えておけばよかったお・・・」
内藤「覚えておけば・・・マスターからお店の場所が聞けたかもしれないお・・・・」
洗濯物はもう全部干し終えていました。
内藤「・・・もうなにを言っても遅いお・・・それに・・・僕はもう一人じゃないお・・」
内藤「ぼくにはおじいちゃんも、男も、サトリちゃんも・・・・みんなが
周りにいてくれるお・・・」
このとき、内藤の頭の中にはしぃの姿はいませんでした。
それはそうです。内藤としぃはまだ昨日出遭ったばかりなのですから、
言ってしまえば他人です。
しかし、内藤は確実にしぃの手の温かさは忘れていません。
内藤「・・・!あ!忘れてたお!」
内藤はそう言うと、洗濯籠を手に取り急いで家の中に入っていきました。
内藤「今日は漫画の発売日だお!早くしないとお店開いちゃうお!」
内藤の家にはたくさん漫画があります。専用の部屋があるぐらいですから・・・
内藤は昔・・不登校になったあの日から、漫画を心の支えにして生きて来ました。
誰がそれをせめられましょう・・・とにかく漫画は内藤にとって大切な家族の一人なのです。
あわただしく着替えを済ますと、内藤は一目散に駅を目指しました。
内藤「今日はいっぱい漫画が発売されるお!はやく春葉原にいくお!」
春葉原とは、一般的にはオタクの街と言われる電気街です。
そこには、漫画やフィギュアなど、一般人ならば毛嫌いするようなものであふれています。
しかし、その街には内藤も含めいろんな人たちが毎日ごった返しています。
趣味なんて人それぞれ。それをバカに出来る人なんていますか?
内藤「今日は寒いお・・・早く温かい本屋さんに行きたいお・・・」
内藤は駅に向かって歩いてゆきました。
【12月26日 朝②】
しぃ「・・・・・ふぅ」
しぃはいつもと同じように、朝のコーヒーを飲みながら新聞に目を
通していました。
しぃパパ「できたよー」
しぃ「あ・・・はーい!」
しぃの家は生活の役割が決まっています。朝ごはんをつくるのはしぃパパ
洗濯をするのはしぃ、犬の散歩をするのはしぃパパ、掃除をするのはしぃ
といった具合に。
しぃパパ「しぃ?学校はもう休みかい?」
しぃ「うん。もう冬休み。」
しぃパパ「そうか・・・」
しぃは今大学三年生です。卒業したらしぃパパのやっている小さな印刷会社に
就職することが決まっています。
しぃパパ「どうだろう?今日あたりしぃも僕の会社に顔を出さないかい?」
しぃ「ごめん。今日は買い物に行く予定があるの。」
しぃパパ「・・・そうか・・・・うん・・・また今度でいいよ。」(・・・まだ早い・・・か・・・)
しぃ「ごめん。」
しぃパパ「あ・・・ううん、こっちこそ・・・・」
しぃは本当は今日予定なんてありませんでした。
本当は・・まだパパの会社の人たちに会うのがいやなのです。
それはサトリゆえの悩み。しぃには心が読めるのですから、もちろん
聞きたくない事だって頭に入ってきます。
しぃに対するいやな反応も・・・・
しぃパパ「・・・しぃがいやなら、僕の会社には就職しなくてもいいんだよ?」
しぃ「・・・え?」
しぃパパ「僕は・・・・しぃのことを思ってしぃを僕の会社に誘ったんだけど・・・
逆にそれがしぃの視野を狭めているかもしれないし・・・」
しぃ「何言ってるの?私が決めたことだから・・・」
しぃパパ「あ・・・うん・・そうだね・・・」
しぃパパは、しぃのコトを思うあまり、少し過保護になっているのかもしれません。
サトリの力を知っているから・・・それによってしぃが傷つくのを恐れていました。
今まではしぃの周りの人たちも若い人ばかりだから、しぃもそんなに心に傷を
持つことはないだろうとそっとしておきましたが、これからは違う。
しぃはこれから社会にでていろんな人に出会うだろう。
そうしたら・・・もうそこはきれいな世界ではないだろう・・・だから・・・
すこしでもしぃの心が軽くなるように・・自分の作った会社の信頼している仲間のもとに・・・
しぃ「・・・・」
しぃパパのそんな優しさは・・・悲しいことだけど逆にしぃを不安にしていました。
小さいとはいえ、そこは父親が作った会社・・・
社長の娘として会社に就職することは、同時に誰かの嫉妬心を生むかもしれない・・
たしかにお父さんが信頼している仲間だから、私が普通に社会に出るよりも
私の心の不安は少なくなるだろう・・・でも・・・それでも・・・
人の内側を見ることは・・とてもつらいこと・・・・いつも冷静なフリをしている
サトリの良きお姉さんを演じているしぃでも・・・それはとても怖いことでした。
しぃパパ「・・・それじゃ僕は会社に行くから・・・」
しぃ「うん・・・」
しぃパパ「戸締りはちゃんとしておくんだよ?」
しぃ「はい。」
しぃパパ「行って来ます・・・」
しぃ「はい。いってらっしゃい・・」
しぃパパを送り出した後、しぃはリビングの絨毯に寝そべりながら
昨日のことを思い出していました。
しぃ「はぁ・・・」
サトリと男君の姿を見て、少し懐かしい気持ちになっていた自分にしぃは
すこし驚いていました。
しぃ「わたしも・・・まだ・・・・」
しぃは自分はもう大人なんだから、サトリの手本になってあげなくてはいけないと
いつも自分に言い聞かせていました。
でも、実際は・・・サトリは自分の力で幸せを手に入れた・・・男君という
大切な人に出会えた・・・
しぃ「・・・私の大切な人って・・・どこにいるの?・・・」
しぃの心の中には、サトリを祝福している自分と、それに対して嫉妬している
自分がいるのがわかりました。・・・そして・・・・内藤のことを思い出しました。
しぃ「わたし・・・・そんなにそっくりだったのかなぁ・・・」
しぃ「・・・ふふ・・・何考えてるの?私は・・・」
しぃはそう言うと、ゆっくり起き上がり、自分の部屋に入っていきました。
しぃ「あ・・・今日は・・・」
壁にかけてあるカレンダーを見たしぃは、あることを思い出しました。
しぃ「・・・今日・・・本屋さん行かなきゃ・・・」
しぃの部屋には小説がたくさんあります。それはいろんなジャンルの本が・・・
本ならば、そこに書かれている情報以外私の中に入ってこない・・・
そんなことをしぃはきずかないうちに自分にそう言い聞かせて、無意識に
いろんな本を読むようになりました。
しぃ「今日は・・・あの人の新刊の発売日・・・」
しぃの好きな作家さんの新刊の発売日が今日ということに気がついたしぃは
出かける準備をしました。
しぃ「・・・春葉原にでも・・・いってみようかな・・・・」
しぃもまた、内藤と同じように春葉原にはよく行っています。
あそこには大きな本屋さんがあるから。
しぃ「・・・・よし・・・」
しぃはサトリに貸していたコートを羽織ると、駅に向かって歩いてゆきました。
しぃはいつも大人ぶっていますが、本人も気づいていない・・・いや・・・
忘れていることがあります。それは・・・
サトリに言った事・・・サトリにあなたは女の子だと言ったこと・・・
あなたは・・・じゃなく・・・しぃも・・・女の子だってこと・・・
この時すでに、しぃを幸せにしてくれる大事な人は・・・しぃの前には現れていました。
サトリと男が経験してきたことを・・・しぃもまた経験することをしぃはまだ
知りませんでした・・・