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半分寝てて半分起きててそろそろ寝ようか、そんな時間帯。
――こつこつ こつこつ
ぼんやりとしていた意識が急に呼び戻される。
部屋の窓が控えめに叩かれる音。 幸か不幸か厚めのカーテンで仕切られている為外の様子は知れない。 はて、こんな時間に友人が訪ねて来る予定など無い。 しきりに首をひねっていると
――こつこつ こつこつ
先ほどと同じ調子でまた控えめな音が響く。
若気の至りで数人が悪戯して回っている? それにしては付き物である押し殺したような笑い声が聞こえない。
悩んでいても仕方あるまいと意を決してカーテンを引っ掴み、じゃっ。と開く
窓の外には金と白と赤があった。 その金と白と赤はもう一度叩こうとしていたのか、 ほっそりした指が備わった手を軽く握り今にも振り下ろさんと言う姿勢で止まっていた。 カーテンを勢い良く開け過ぎたせいかその表情は驚きを示している。 しかし気を取り直すように目を閉じて軽く深呼吸すると、蕩ける様な笑みが彼女の顔を覆った。
「あの、こんばんは」
こちらは混乱の余りカーテンを握ったまま硬直していた。
こんな時間に少女が自分の部屋の窓を叩きに来た経験など無い。 こんばんは、なんて無難な挨拶を返すとそれだけで彼女の笑みはより一層嬉しそうな色を濃くした。 思わず釣られて此方も口元がぐにゃりと歪む。 窓に映った自分の顔は記憶から削除した。
双方笑顔を浮かべたまま時間が流れる事数秒。
ジリジリと居たたまれなさが焦りと化してきた。 当の相手は平気な顔でニコニコしている。一体誰で何しに来たんだろうか。
推察するにも情報が一切無いので直球で疑問を投げかけてみる。
人差し指を唇に当て「うーん」なんて斜め上を向いて悩む仕草は犯罪的だった。 人の部屋を急に訪ねておいて用事を聞いたら悩むって一体。 (家出)(美人局)(可愛い)(白昼夢)(幻影)(肌綺麗)(罠)(人違い) 雑念を交えつつ空論が次々に浮かんでは消える。 いよいよ自分の頬をつねろうと右手を動かすと同時に彼女の口が開いた。
「いけないことしちゃおうか?」
なんだろういけないことって
なんだろういけないことって こんな時間に美少女が急に訪ねてきていけないことのお誘いだなんてそんな どうしよう据え膳いやいや買春いやいやそもそもそんな方向に考える頭が
体は硬直したまま脳内で目まぐるしく麻薬が飛び交う中、彼女は更なる行動に出た。
スカートの両端をつまむと、ゆっくりと上へ上へと持ち上げ始めたのだ。 表情は笑顔のままだが若干ニュアンスが違って見える。 微笑み等ではなく相手を堕落させ判断力を鈍らせる麻薬のような印象を受ける。 既に半ば役立たずと化していた脳がここで初めて警鐘を鳴らし始める。 なにか、やばい
「スキュランと、いけないことしよう?」
しかし体は既に言う事を聞かない。
言葉と共に上がっていくスカートをぎらついた目で凝視するばかりだ。 暗くてよく見えなかったその脚が―――脚?
まず、目が合った。
成人男性の握り拳大の球体が1つ、ぎょろりと此方を射竦めた。 その時点であまりに意表を突かれて目が点になる。 更にスカートは上がり続け、影からぞろぞろと出てくる肉、目、肉、目、口? 何のジョークグッズだろうか、と脳が逃避を始めたものの それぞれが思い思いに辺りを見回したり蠢いたりと好き勝手やり始めたので封殺された。
「ねえ」
呼びかけに反応し、弾かれた様に顔を上げる。
彼女は相変わらず笑顔。しかし息が掛かるほど近いのにその肌には染み1つ見当たらない。
息が掛かるほど近い?
気づくと窓を開けた覚えも無いのに彼女は部屋の中に居た。
ミルクの様な彼女の香りと、下から漂う生臭さが別々に鼻を刺激する。
「いけないこと、しちゃおう?」
かつて無い程頭を回転させて結論を出した。
その結論は恐るべき事で、自分はその事実に心底震え上がった。
恐らく彼女の下半身に棲むアレコレは彼女と「いけないこと」をした人たちの成れの果てだろう。
その人数はざっと一端を見たに過ぎないが10人20人の規模では無い。 それはつまり
人外萌え属性を持った敬うべき先人がそれだけの数居たという事に他ならない。
なんというレベルの高さ。 死んで土に還るより美少女のスカートの中で蠢いた方が有意義! そう結論した数多くの先人達に敬意と慄きを感じる。
こうなってはもう1秒すら惜しい。先人達に若干の羨ましさ妬ましさを滲ませながら彼女に宣言した。
ああ、今すぐいけないことしよう。と
その瞬間の彼女の表情は忘れられない。
期待と希望に満ちた俺の顔を見て
「え?」
半ば腰付近まで上げていたスカートから手を離してしまうほど放心している様子。
此方も彼女の予想外の反応に戸惑う。 おかしい。俺は今後彼女のスカートの中を住処としてウフフフフの筈だ。 お互い頭上に見えないクエスチョンマークを量産しながら見詰め合っていた。
「あの、私こんなだよ…?」
申し訳無さそうに再びスカートを持ち上げる彼女。
中身がどうあろうとスカートの中というのはドキドキ空間なのでときめいた。 相変わらず中には生物を高圧で無理やり団子にした様な物体が無秩序に蠢いている。
しかし、だからなんだ。君が可愛いという事実を曲げる理由にはならない
と断言すると彼女の頬はみるみる赤く染まった。 一度誘惑されてok出したので恐れを知らない所か抑えが利かない。 いけないこととはどんな事なのか 最早興奮を隠さず詰め寄ると彼女が仰け反った。
「えっ、その、言葉自体には深い意味は無くて…」
眉をハの字にして困ったように縮こまる。
どうやら自分の想像とは違ったようだ。とようやく頭の端が再び動き出す。
聞けば彼女は「恐れを為して逃げようとした者」を取り込んでいたらしい。 つまり恐るべき先人と思っていた方々は一般の方々だったようだ。
彼女が言うには他の生命を取り込んでしまう自分の罪深さに悩んだ時期もあった。
しかし会う人会う人に拒絶され恐怖され、いつしか感情が擦り切れてしまった そして今、期せずして自分が受け入れられた事があまりにも大きな驚きであり 嬉しい筈なのに全く実感が湧かない――、そうつぶやきながらこちらを見上げてきた。
「本当に私なんかを受け入れてくれるの?」
縋るような視線と共に投げかけられた言葉。
勿論、と囁きながら彼女を抱きしめると、おずおずと彼女も抱き返してきた。
スキュランの涙を肩に感じながら
全くこんな可愛い子の誘いに応じないなんて勿体無い そうスカートの下で蠢く方々に苦笑を送ったのだった。 |
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「おはよう」
突き刺すような白い朝日をバックに、その日差しに負けないくらい眩しい笑顔で起こされた。
寝ぼけた頭で太陽が二つ、とか恥ずかしい事を考える。 徐々に覚めてくる頭が口に出さなくて良かった、と安堵する。
初めのうちは陽に当たって平気なのかと心配したものだ。
その心配は日光浴が大好きな彼女を見て杞憂で終わったのだけれど。
しかし普段は彼女――スキュランは朝に弱い。
無理やり起こそうと布団を剥いだら不機嫌な下半身に襲撃された。なんて事は1度や2度ではない。 今日に限って何故、と考えた所で思い当たる節があった。
「ね、ね、花火ってまだ?」
背についた翼らしきものをぱたぱたさせながら期待に目を輝かせている彼女。
今晩近所の河川敷で花火大会がある、と教えたせいだ。 その時は眠くてしっかり説明できなかったので、遅れては一大事と苦手な早起きまでした次第だろう。 全く可愛い奴め。でも眠い。 花火は夜にやるものだよ。と教えて二度寝の体勢に入る。
「なんだぁ…」
心底残念そうな声と共にもぞもぞと寝床を侵略してくる。
苦笑いしつつ寝相を変えて彼女が入るだけのスペースを空けてやる。 しばらくもぞもぞが続いたが、やがて収まりの良い体勢になったらしく落ち着く。 そして伸ばした腕に程よい重さを感じながら自分も眠りに落ちていった。
「あああーーー!」
本日二度目の目覚めは悲鳴のような叫び声で。
スキュランは外を眺めてがっくりと肩を落としていた。 窓の外は景色が煙る程の激しい土砂降り。 更に雲の中では竜宮の使いがフィーバーしていた。 いそいそと電化製品のコンセントを抜きながら時計を確認する。 時刻は間も無く16:30。恐らく夕立…というか通り雨だろう。
「そうなの?」
ただ準備の時間が削られたり足場が悪化という事で中止の可能性はある。
そう伝えるとまた不安そうに外を眺める作業に戻ってしまった。 しかし夕飯のリクエストを聞くと幾許か元気を取り戻して
「にんg「よし今日はパスタだ」・・・これって聞く意味あるの?」
といういつものやり取りをするに至った。
二人でご馳走様をする頃にはあれほど暗かった空がすっきりと晴れ渡っていた。 地面を見れば水溜りはちらほら見られるが可愛いものである。
「大丈夫かな?今日やるかな?」
その疑問に答えるかのように遠くからドン、ドンドン!と大きな音が聞こえてきた。
いよいよ耐え切れずスキュランが跳ね始める。 口にはしていないが全身ありとあらゆる所から「早く!早く!」とオーラを発している。 片付けもそこそこに、それじゃあ行こうかと声を掛けたら勢い良くぶつかってきた。 そしてそのまま片腕に抱きつかれる。歩き辛いよ、なんて言ってみるが
「でも嬉しいんでしょ?」
いつの間に読心術を身に着けたんだろう。
時間は夕方から夜に掛けての境目付近。
穴場なんて知らないし田舎なので必要ない。と最も人が多い所へやってきた。 花火が見れる堤防付近は既に結構な人で賑わっていた。 出店もちらほらと見られてちょっとしたお祭り状態だ。 スキュランの下半身は今は「取り込んだ誰かの脚」モードなので見咎められる心配は無い。 翼は「カッコイイから大丈夫」と力強く説得したのでそのまま出ている。やっぱりカッコイイ。 たまに子供がママーあれ買ってーと母親にねだる程度。 買えるもんなら俺も欲しい。
と、雑音が多かった周囲が波を打ったように急に静かになる。
少し遅れて、ひゅるるるる…というどこか間抜けな音を追いかけて夜空に華が咲く。 それに併せて歓声や拍手が広がる。 いよいよ始まった。 隣のスキュランを見れば既に心ここにあらずといった形で斜め上を見たまま固まっていた。
「ねぇねぇ!あれなんて種類なの!?」
しきりに裾を引っ張りながら花火を指差し指差し質問を向けてくる。
8割方に「わかんね」と答えながらも興奮する彼女と花火を交互に鑑賞する。
やがて川を跨いで火花が流れ落ちるナイアガラを最後に花火大会は終了した。
各々が興奮冷めやらぬ顔で帰路に着く中、スキュランは呆然と立ち尽くしていた。 どうした、と声を掛ければ何故か涙目で
「こんなにすぐ終わっちゃうとなんだか寂しい」
と来たもんだ。
その寂しさも醍醐味なんだ、と説得したが難しい顔を崩さない。
「ずっと終わらなければいいのになぁ」
子供のようなその言葉には同意せず、頭に手を載せて語りかける。
飽きるぞ。と。 結局完全に納得はしなかったようだが添い寝を条件に出して仲良く帰路に着いたのだった。 |
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今日も朝がやってきた。本日は曇天也。
息が白くなるにはまだ早いが、 毛布の引力がジワジワと増して来る時期。 ほら、起きてスキュランちゃん。
「んー・・・。やだ・・・。」
反抗の意思を発しながら、
さっきまで俺が居た地点(暖かい)にごろごろと移動してくる。 更には毛布を頭から引っ被り、徹底抗戦の構えだ。 ここで無理に引っぺがすと毛布か俺がダメになってしまう。 経験でイヤと言うほど知っている。 だが今日に限っては俺にも反撃の手立てがある。 彼女に聞こえるように独り言をつぶやく。 じゃあ今日は一人で行こうかなー。
「ん~・・・?・・・・・・・・・あっ」
ばふっ
と音と風圧を立てながら起き上がる彼女。 今日は二人で出掛けるよ、と前日言っておいたのだ。 で、でぇと?と慄いていた彼女の顔は可愛らしかった。
目は半開きのままだが一度起きてしまえば二度寝する事は滅多に無い。
ずるりずるりと洗顔に向かう彼女を見送りつつ、今日の予定を頭の中でおさらいする。 まずはああしてこれをこうしてそうなったらあれがああなって・・・
「早くいこ?」
え?
気づくと準備万端の彼女に服の裾を引っ張られていた。 妄想が長かったのか準備が早かったのかと考え始めると
「はーやーくー」
待ちきれなくなったスキュランに引きずられ始めた。
まぁいいか、と思考を丸めてポイしつつ最初のポイントへと移動を開始する。 彼女の普段の姿が姿なので滅多に二人で外出する事は無い。 俺が可愛い、と感じても世間が皆そう思うとは限らないのだ。早く追いついて来い世間。
ちなみに今日の外出の目的は知らせていない。
2人で出掛けるってだけで喜んでくれるし。
そんなわけで公園の傍にあるファーストフード店へとやってきたのだ
ふとベンチを見ると若い男の人形が座っていた
「うわっ、いいオブジェ・・・」
変なものに弱いスキュランちゃんはホイホイと取り込んじゃったのだ
その人形・・・名前をド
・・・ちゃんと後で返しておくんだよ?
「えー」
だーめ。
「はぁい」
彼女が素直に答えた直後、もとの場所に厚化粧の男が帰ってくる
その後2人で普通に腹ごしらえをした後、少々離れた商店街まで足を伸ばす。 特に何を買うでもなく二人で散策する。 途中何度か欲しいものは無いか聞いてみるが、
「ん、無いよ?」
と答えられて少々困ってしまう。
そんなこんなで日が傾き始める時間帯になり、そろそろ帰ろうかと声を掛けると
「あの、あのね」
そわそわとしつつうつむき加減になり、何かをねだる雰囲気を纏う。
じっくり彼女の言葉を待っていると
「今日のこれって、デート、だよね?」
自分は身長が高い方では無いが、それでも彼女との身長差はかなりある。
兄妹と言った方が自然な二人組みではあるが。 そうだよ、と答えた。
「そっかぁ」
頬を上気させてもじもじし始める彼女は殺人的に可愛く、
こちらも照れざるをえないほど魅力的だった。 そう、その時の自分は彼女の魔力に操られているも同然だった。
だから
その時
目を閉じたスキュランの唇に
「ただいまぁー!」
上機嫌な彼女と共に帰宅する。
横でおかえりー、なんていいながら。
スキュランはただただ嬉しそうで
こちらはただただ恥ずかしがっていた
晩御飯のおかずに一品追加とばかりに今日のデートをたっぷり振り返させられた。
寝る前のボーっとする時間もご機嫌の彼女がぴったりと横に張り付いていた。 ああ、全く。
「ところで今日は何をしに行ったの?デートだけ?」
違うよ、スキュランちゃん
今日で君と出会ってから、丁度―― |
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_____,,,,,,___へ、_ ,.へ__ ,. -''''""´ `ヽ「7__ / / `ヽ. 〈 / ゝ__,.r´⌒i ̄ ̄7ヽイ__ i 」 i __r'⌒_ゝ--─´ ̄`ー-'ヽ,_ゝイイ」 _'ゝ,. '"´ `ヽ! `ヽ. L7´ / /-i─ハ ハ i -ーハ i i ! ____、 `i ハ イ ィ,!--!、レ´ V,ィ''-!イ ハ ,ゝiノ \.」ゝi イ .レヘi !'z≡ミ z≡ミi ヘノVi〈 __.ノ i ハ./// ///lハノ ノi ∠__/^i ハヘ イ、〉. (フ ,.イ i-〈/ やぁだぁ~。こんなトコ開いちゃって。 <>ヽi ヽ.γ´ i`>,r,--r=i´、レヘノ`l) 気になるの?えっち! /iヽ / ゝ、ゝイン i__ 〉<> !/〈/ゝ、___,.-'Y`ム7ヽ7'\ __r7ハ ! / /  ̄ _/L/i _「/ゝ、ヘ ト-/ /、 フノゝ ,.-、, rく, .-==='!、_!7__ノ='=ー-ー'´´ < 8 '==イ'´、 ンi `ー^ / ヽハ_ゝ、___」_____ _,.イン\ / 。 。 ', / 々゚ノ 。 ', / 。 。 ', / 。 々゚ノ 。 ', / 。 ', / 々゚ノ 。 。 ', / 々゚ノ 。 ', / 。 ___,.....。...............,___ ', / _,,.. ---'" 々゚ノ  ̄`ヽ、 ', r,'" 。 。 ~`゙: ', ゙, 々゚ノ 。 。 。 ,゙ ゙ , 々゚ノ ," ゙ , , " " " " " " " " " " " " " |
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今日はスキュランちゃんと俺が出会った記念日
いきなりケーキ買っていってお祝いしよう 喜んでくれるかな?驚いてくれるかな?
浮ついた足取りで帰り道を急ぐ
なんだかいつもより軽やかに聞こえる靴音に急かされて。 さぁ彼女が待つ自宅まであと少し――― ただいま!スキュランちゃん!
「おかえりなさーい。あれ?何買ってきたの?」
うん、今日でスキュランちゃんと会って丁度1年でしょ?
だから二人でお祝いしようかなって
「・・・あ・・・っ」
喜んでくれると思っていたのに
彼女の顔に広がった感情は悲しみ 混乱する俺
「そっ、か、今日で、一年、かぁ」
ついに泣き始めた彼女
狼狽える事しかできない。 必死に宥めて撫でて抱きしめて 落ち着いたのはそれから10分くらい後 どさくさで靴が片方取り込まれた
「んとね、貴方に言わなくちゃってずっと思ってた」
うん?
「もう、さよならなの。」
え?・・・・・・・・・え?
「一年間しか私この世界に居られない。夢は、今日でおしまい。」
きっと俺はすごい顔をしているんだと思う
彼女が目を逸らしたくらいだから。 顔を伏せて、必死に考えを巡らせる こんな時なのに理解が追いつかない役立たずの頭が憎い
どうして、なんで。
繰り返されるのは女々しい言葉だけ。 そして俺がどうしようもなくなって顔を上げる・・・そこには
「ね、ケーキ食べよ?」
泣き笑いの表情で、最後の思い出を作ろうとするスキュランちゃん。
きっと彼女も納得なんてしていない それでも無理して笑顔まで浮かべた覚悟を無駄になんて、できなかった
二人で頑張っていつも通りの顔をして
二人で頑張っていつも通りの話をして 二人で頑張って記念日を祝って。 でも我慢できなくて、少し呪った。
そして、時刻が0時に差し掛かる頃、それは起こった
「ああ、貴方を取り込んじゃえば良かったのかな」
スキュランちゃんが端から記号になって消えてゆく
居ても立ってもいられなくなって、叫ぶ。 驚く程掠れていて、ちゃんと聞こえるか分からない声で。
涙と一緒の冗談なんて笑えないよ
それに今からでも、君に取り込まれたって
頬にそっと手を添えられ、伝えようとした想いは優しく止められる。
「言わないで、お願い。」
とても綺麗な笑顔だった。
輪郭から徐々に体が消えて行く そんな状況なのに、思わず見惚れてしまうくらい。
「一緒になるより、一緒に居たいの」
「だから貴方は私の中じゃなく、私の隣に居て。」
言葉が出ない。体も震えるばかりで動かない。
怪異と遭うよりも怪異と別れる方が怖いなんて。
「あーあ。もし、私がにんげ・・・」
言わないでくれ、お願いだから。
強く強く抱きしめる。声も出せない喉に見切りをつけ、唇で黙らせる。 こんな時でも真っ赤になって照れる彼女がこんなにも愛しいのに。
「ばか、ばか、ばかだよ貴方。最後までばか!もう!」
俺の胸を叩く彼女の腕、溢れる涙まで出た傍から薄れてゆく。
俺が大好きだった君の髪に触れられなくなり
君が大嫌いだった下半身の異形も消え去り 俺がかっこいいと褒めた宝石色の翼が色あせて 君が自慢していたお姉様とお揃いの帽子も解けるように無くなり 俺が、俺が、俺が、
別れの瞬間、彼女が悲しそうに口を開いた瞬間。
覚悟を決めて正面から告げる。
『今度は俺から会いに行くよ、だから隣は空けて待っていて。』
スキュランは顔を驚愕に染め
それから嬉しそうにゆっくり頷いて 笑顔のまま
「うん、うん・・・あのね・・・大好きだよ――――――」
雑音混じりの想いを残して
消えた
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