第22話 幽霊屋敷の令嬢-7

すっと右手を上げてゆっくりと迫ってくる「成れの果て」へと向けるエトワール。
その全身から魔力が放出されるのがわかる。魔術を行使するつもりなのだ。
「・・・『縮め』、オメーら。『コンプレス』」
瞬間、集団の中央付近にいた数体の肉塊がぎゅっと寄り集まった。
まるで押し競饅頭をするかのように、互いの身を激しく寄せ合っている。
・・・なんだ・・・?
一瞬背筋が寒くなったその時、周囲に凄まじい音が響き渡った。
ブチッ!! ブチブチブチブチブチ!!!!!
形容し難い異音。水気を含んだ何かが引き千切られているような音。
寄り集まった肉塊からその音は響いている。
異音を立てつつ、成れの果て達は『縮んでいた』 彼女の命じた通りに。
周囲の肉塊も次々に吸い寄せられて行く。
その異様な光景の意味をおぼろげながらに理解する。
奴らは空間のある一点に、目に見えない凄まじい力で押し付けられているのだ。
形が変わり、縮む程の力で纏められてしまっているのだ。
「・・・空間圧縮」
ベルがぽつりと呟いた。
やがて、あれほどいた成れの果て達は残らず姿を消し、代わりに我々の眼前には野球のボール大の赤黒い球体が一つ浮かんでいるだけとなった。
エトワールが指先でピッとフロアの外を指すと、球体はヒューっと飛んでフロアの入り口から外の廊下へと消えた。
プシューっとフロアの入り口のドアが閉じる。
「・・・『リリース』」
そう呟いたエトワールが握った右手の拳をパッと開いた。
ボゴォン!!!!!!
部屋の外から爆発音の様な音が響き、先程球体を放り出した出入り口周辺の壁とドアが内側へ向かってベコベコと凹んで歪む。
そうしてできたドアの歪みから赤黒い汁のようなものがブシュッと1回室内に噴き込んだ。
・・・元へ、戻したのだ・・・。
部屋の外であの塊を、元の数百の成れの果てへ解放したのだ。
勿論全て挽肉になっているだろうが・・・。
「んまー、こんなモン? 何かさっきのオッサンの説明だと再生するっぽいけど、帰るまで邪魔させないつー意味じゃ十分っしょ」
そしてエトワールは我々を振り返ってあっけらかんと言うと、明るく笑った。

ゲートの操作をベルに任せて起動を待つ間に、ようやくフラつきながらも立ち上がって歩ける程度に私は復調した。
「まさか・・・揃って元の世界に帰還できる事になるとはな」
倒れて未だ目を覚まさないミシェーラに寄り添う伯爵は感慨深げだった。
「君のお陰だよウィリアム君。ありがとうありがとう」
いや・・・。
私はかぶりを振ってそれを否定する。
私はただ、締め括りの部分でいらない手出しをして、たまたまそれがいい方向に転がっただけに過ぎないのだから。
しかし、あの時の・・・。
精神支配を何故免れたか。
意識を覚醒させる前に何か大事な事を掴み掛けた気がするのに、今は全てが希薄に霞んでいってしまった。
あの時私は何を見た・・・? 何に気が付きかけたのだ・・・。
しかし私に深い思索の海へと沈んでいく間は与えられなかった。
「・・・OK。起動したわ。帰りましょう」
そうベルが私達に声をかけてきたからだった。

光に包まれて転移した先は、予想していた屋敷の地下の遺跡部分ではなかった。
・・・? 屋外?
ここは・・・丘陵地帯のゲートか。
初めて私が浮遊大陸へ行った時の。
「いきなり伯爵やお嬢さんを連れて屋敷へ飛んだら面倒そうだったから。ここへ飛ぶように転移装置を設定したわ。ここからならアンカーの町も近いしね」
なるほどな。
そこで全員で抱えて引き摺るようにして連れ帰ってきたミシェーラが微かに呻き声を上げて身動ぎした。
「・・・おぉ、ミシェーラよ」
破顔する伯爵に向かって屈み込むミシェーラ。
そのまましばし無言で親子が見詰め合う。
・・・10年ぶりの再会か。
やがて、言葉を交わす事無くミシェーラはゆっくりと立ち上がると我々に背を向けた。
そしてズシン、ズシンと足元を響かせて森の方へと歩いていく。
・・・む、そっちはアンカーでは・・・。
静止しようとした私を伯爵が止める。
「いいのだ。行かせてやってくれたまえウィリアム君」
そして去り行くミシェーラの背を眩しそうに見やる伯爵。
「・・・お前には人間達の暮らす町は少々窮屈であったか・・・森で動物達に囲まれて静かに暮らすがよい」
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおいあれお前の娘だよ!!!!!!
野生に返すなよ!!!!!!!!!!!!
「心配はいらん。我々が自然を愛する心を失わなければいつかまた会える」
いや娘だってば。
忘れても会ってやれよ。

本人が望んでいて親も止めないのだからもうどうしようもない。
森へと去っていくミシェーラを見送った後で、我々はアンカーの町へと引き返した。
道々、そもそも我々が何故あの屋敷を訪れたのかその経緯を伯爵に説明する。
彼ならばあのスポーツマン幽霊軍団の秘密を知っているかもしれん。
「うむ。それならば原因はわかっているよ」
思った通り、あっさりと伯爵はそう言った。
「『降霊機』というものがあってだね」
コウレイキ・・・?
「そうだ。偉大な古代魔法王国期の遺産だよ。文字通り霊を呼ぶ装置でな。異国の友人から高額で譲ってもらったのだ。私もスポーツプレイヤーの一員として、偉大な先達の声を生で聞いてみたいと思ってね」
「んーなの残ってる手記読むとかに留めときなさいよメーワクな」
エトワールが顔をしかめる。
ぬう、それでスポーツマンの霊が・・・。
つかいきなり襲ってくるというか競ってくるんですが彼ら。
コミュニケーション成り立つんでしょうかあれで。
思ったが口には出さない。
「だから呼び出す霊をスポーツに関連した人物の霊と装置に設定付けてあったのだ。屋敷の地下に置いておいたはずなのだが何かの拍子にスイッチが入ってしまったのだろう。しかもそれだけ大量に出ているとなるとパワー調節も最大になっているか壊れるかしてしまっているようだな」
装置を止めれば霊も出てこなくなる、と伯爵は言った。

かくして我々は屋敷へと戻ってきた。
早速地下へと下りて件の装置を探す。
「おお、あったぞ」
伯爵が棚から取り出したのは一抱え程度の金属製の装置だった。
表面にはルーン文字の表記があり、いくつかのスイッチや目盛がある。
「壊れてはいないようだな。スイッチを切るだけでよかろう」
ついでだ。それは持ち出してしまおう。
そんなものが側にあったのではヴァレリアも落ち着かんだろうしな。
しかし・・・。
何となく伯爵を見る。
かつては自分の住居であった場所である。
内心は色々複雑かもしれないな。
するとそんな私の視線に伯爵が気付いた。
そして何となく言わんとする所を察したらしい。
「気にする事はない、ウィリアム君。この屋敷の現在の主は定められたルールに則り正当にここの所有権を得たのだろう。今更それに異を唱えるつもりはないのだよ。財産など無ければ無いでどうにかなるものさ」
そう言って笑う。
ふむ・・・。
4階にはまだ空き部屋があったはずだな・・・。
シンクレアに話して当面はそこで暮らしてもらうようにできるかもしれんな。

とりあえず、仕事は完了した。
それをヴァレリアへと報告する。
「・・・ご苦労だったわね」
豪奢な椅子に腰掛けたヴァレリアはそれだけ冷たく言うと、手元の小さなベルをちりんちりんと鳴らした。
封筒の乗ったトレイを手にしたベイオウルフが出てくる。
「約束の報酬だ。受け取るがいい」
礼を言って封筒を受け取る。中は小切手のようだ。
「これで下らない幽霊騒ぎも御終いね。では貴方達は下がりなさい。もう用は無いわ」
そのヴァレリアの言葉に、ん?と伯爵が訝しげな表情を浮かべた。
「いやお嬢さん。止めたのはあくまでも『スポーツマンの幽霊』だけだぞ。この屋敷には元々・・・」
伯爵の言葉が終わらぬうちに、ヴァレリアに背後からバサッと何ものかが抱きついた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
サーッとヴァレリアが青ざめる。
それは半分崩れ掛けた半透明のバーコード頭のオヤジだった。
『・・・オノレ・・・万引キ中学生・・・メ・・・・』
ヴァレリアの耳元で地獄の底から響いてくるようなかすれた声を出すバーコードのオッサンの霊。
「・・・・・・ッッッッッッきゃあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
大絶叫が響き渡り、次の瞬間屋敷が鳴動したかと思うと窓全てとドアの全てを突き破って大量の水が外部へ爆発的に噴き出したのだった。

~探検家ウィリアム・バーンハルトの手記より~



最終更新:2010年08月22日 18:15