『昨夜は雨が降っていました』 昨夜は雨が降っていました。 叩きつけるような土砂降りの大雨でした。 僕はひとりパソコンに向かっていました。 ふと窓の外から「ドスン」「ガタン」という大きな物音が聞こえました。 人の声も切れ切れに聞こえてきました。 一つは腹に響く、恐ろしく低い怒鳴り声でした。 一つは絹を裂くような、甲高い泣き声でした。 「殺す」とか「許して」とか言っていたように思います。 僕はひとりパソコンに向かっていました。 やがて物音は止みました。 そうして辺りが静まり返ったしばらく後、今度は大勢が騒ぐ声が聞こえました。 外を覗くと、斜向かいの家の前に2、30人ほどの人が集まっていました。 皆が皆、着の身着のままの姿で斜向かいの家を指さし、口々に何やら言いあっていました。 どこからか、血の匂いが漂ってきました。 それから救急車がやってきて、斜向かいの家の中から誰かを運び去りました。 辺りは再び静まり返りました。 僕はひとりパソコンに向かっていました。 朝。 僕は眠い目を擦りながら窓の外を見ました。 空には大きな虹がかかっていました。 そういえば、昨夜は雨が降っていました。