ツンデレ鬼嫁 先生:佐々本、作家。 有明:佐々本の編集担当。 千春:佐々本の奥さん。 有明01「先生、先生!」 先生01「……」 有明02「ほら、いつまでそこでぶさっとしている気ですか。 お暇なんでしたら、作品の構想でも練られたらどうですか」 先生02「うるさいな。君の所の本は、この前に渡しただろう」 有明03「新作のことですよ。ただでさえ佐々本先生は寡作でいらっしゃるんですから」 先生03「うるさいよ君。今私はナイーブな気持ちなんだ、邪魔をしないでくれたまえ」 有明04「人ん家に押しかけてきて何を生意気な」 先生04「君だって人ん家に押しかけてくるじゃないか、締め切り前に」 有明05「それは趣旨が違うでしょう。……全く、どうしたんですか、今日は?」 先生05「ふ……作家には、ふと悲嘆にくれる日があるのさ」 有明06「またそんな……どうせ、奥さんと喧嘩でもして、家を追い出されたんでしょ」 先生06「違う。私から出て行ってやったんだ、あの芋女……」 有明07「あーあ。つげ口しますよ」 先生07「有明君、君の辞書に慈悲という文字はないのかね」 有明08「どうせくだらないことで怒鳴りでもされたんでしょう? それで、居づらくなって逃げて来たってとこですか? 千春さん、穏やかな方じゃないですか。それなのに、先生いつも横柄にされてるから」 先生08「……」 有明08「……よいしょっと。えっと、自宅は……」 先生09「ん……お、おい、有明君?君、どこに電話を……おい、待て!」 有明09「あ、かかった。もしも……」 千春01【ようかけてこられましたなァ?あ?】 有明10「え」 千春02【ようかけてこれたものやとて言うとりますんじゃ、蛆虫が。 どこおわすんじゃ?この腐れ外道。 近所のどこ探してもおらんばってんなァ……人を駆けずりまわすたぁ、よう偉くなりはりましたなぁ? 心配しとるんやおまへんで、保険金のおりるかどうかを心配しとんじゃ。 悔いて死ぬならかまわれへんけど、海とか山とか人知れず死にさらしなはれや、それくらいしか使い道がない蛆虫が。 アア?この電話どっからかけとりますん?女のとこからやったら承知しませんぞアホンダラァ!】 有明11「……すみません、千春さん。僕です」 千春03【あ……有明さん?】 有明12「ハイ、有明です……」 千春04【……え、あ、あの、ね、これはね、その……違うの!】 有明13「ハイ……あの、佐々本先生がですね、その……僕ん家で喚いておりまして」 先生10「な!?」 千春05【まあ、主人がそこに?】 有明14「ハイ、どうも、奥さんに別れるって言われた……とか。 アイツに別れられたら俺は死ぬしかない、とか。 しまいには包丁を持ち出されそうになりまして、僕、困ってるんです」 先生11「おい君、何を……」 千春06【まあまあ、そうでしたの……ご迷惑をおかけしまして】 有明15「いいえ。ですが、そろそろ僕のほうも別件の仕事がありまして。 何分、先生が何か無粋なまねをしてしまったんでしょうが、 迎えに来てはいただけないでしょうか」 千春07【……わかりました。担当さんに迷惑をおかけするなんて、本当に厄介な作家先生ですこと】 有明16「いいえいいえ、わが社も先生のお引き立てあってのことです。 それでは、お手数おかけします……」 (電話置く) 有明17「千春さん、来られるそうですよ」 先生12「有明君……君は、あれか。私の身がどうなってもいいのか」 有明18「いえ、利き腕と脳と目さえ無事でいてほしいと願っています」 先生13「なんて外道のふるまいだ……」 (ピンポーン) 先生14「ひぃっ!」 有明19「先生、そんなにすぐ来るはずがないじゃありませんか。新聞屋か何かですよ」 千春08「ごめんください、有明さん」 有明20「って、早い!」 千春09「あなた、あなた、いらっしゃるの?お迎えに参りましたわよ」 有明21「ほら、先生。千春さん、怒ってないようですよ」 先生15「有明君、きみには聞こえないのかね。彼女の背後からゴゴゴ…と威圧の書き文字が! 地獄から湧き出るメロディズムがうなりを立て……」 有明22「耳までもうろくされたんですか。ほら、千春さん待ってらっしゃいますよ」 千春10「あなたー。いるんでしょう、あけてちょうだい」 有明23「ほら、先生!」 先生16「い……嫌だ。私はまだ死にたく……」 千春11「ほら、有明さんも困っているじゃありませんか……ね?」 先生17「(断末魔の叫び声)」 終