「ヤア、君は美しいね」 そんなことを言われたものだから仰天した。 僕は胸のどきどきを押し殺して、 「僕が何なのかわかって言っているのかい?」と尋ねた。 「わかる、わかる」とそれは答えた。 声の主は、吹けば飛ぶようなちゃちな羽虫で、僕はちっとがっかりした。 それでも気分が良かったから、それの言うにまかせることにした。 「鳥居は神様のお使いが止まるところなんだろう? だから、君は神様のお使いなのだろうね」 へえ、そう、と僕はそっ気のない返事をしたが、僕の心の臓は如実にどきどきと答えた。 「これでも2年も生きてるんだ。物知りなんだよ。 今朝、やっと地上に出てきたばかりだから、目で見るのははじめてだけどね。 神のお使いは、君のようにきれいなものなんだろうとずっと思っていたんだ」 僕はひどく憐憫の情がわきあがった。 そうか、このちゃちな羽虫は見るものすべてが新しく、見るものすべてが彼の小さな世界のすべてになるんだろう。 今の僕はひどく機嫌が良いから、彼の好きなままにさせてやっているが、 他の…彼の云う神のお使いが彼を見たら、そういう風にはさせないだろう。 とすると、彼の世界の中で、美しい神のお使いはきっと僕だけになるのだろうな。 僕は、彼に何か言ってやらなくてはならないと思って、あわてて言葉を探した。 「そうだね、でも君も……美しいよ。 そう……べっこう飴に似てる!」 「それはなんだい?」と彼が尋ね、僕は答える。 「夕焼けに溶ける太陽のような色なんだ。すごく……甘くて美味しい食べ物…なんだ」 しゃべりながら、まずい言葉を選んだと僕は蒼くなった。 まかりまちがっても僕が彼を食べ物にたとえるのだけは、やってはいけなかったろう。 それでも彼はにこにこして、 「そんな美味しいものがあるんだね!いつか食べてみたいなあ!」 と笑った。 神社の鳥居に、ぽつんと座る神のお使いがいたら、 きっと僕のように親しい友達を待っているのだろう。 カア、カア、と鳴き声をたてながら。