喫茶bivio02

女:大学生。
店:喫茶店の店員、と見せかけて死神さん。男

(SE:走ってくる足音、激しいドアベル、扉の開閉音)
女01「(息を切らしている)はぁ……はぁ……」
店01「大丈夫ですか?今お水を……」
女02「(かぶせるように)来ないで!(われに返ったように)……え?
   やだ、私……」
店02「……安心、してください。あなたを傷つけるものは、ここには
   何一つありません」
女03「……すみません、どうしてか……取り乱して」
店03「いいえ。……良ければ、暖炉の側の席へどうぞ。震えているようだ」
女04「ありがとう……」
店04「……どうぞ」
女05「ひ……っ!……こ、ココア?まだ何も、注文してませんけど」
店05「サービスです。甘いものは、心を落ち着かせる効果があるんですよ」
女06「……あったかい……」
店06「メニューも、こちらに置いておきますので」
女07「ありがとう」
女08「……カフェラテ、もらえますか」
店07「……わかりました。
   そちらのカップが空になったら、お持ちいたしますね」
女09「ええ……」
女10「(ココアを飲みながら)……私、何におびえていたのかしら」
店08「……思い出せないなら、思い出さなくてもいいと思いますよ」
女11「……でも、なんだか……思い出せないことも、怖い気がするんです」
店09「……そう、ですか」
店10「……お待たせいたしました、カフェラテです」
女12「わ、可愛い……!こういうの、カフェラテアートっていうんです
   よね?本物見るの初めてです」
女13「(戸惑うように)……初めてだと、思うんですけど……どうして
   だろ、なんかはっきりしない……」
店11「……砂糖は、お使いになりますか?」
女14「いいです……なんだか、混ぜるのもったいないですし」
(一口飲む)
店12「……学生さんですか?」
女15「え……?あ、はい、そうです。文学部なんですけど」
店13「本読むの、お好きなんですね」
女16「でも、最近の小説ばっかりです。本当はもっと色々読まないと
   いけないんですけど」
(一口飲む)
店14「今日も、大学に?」
女17「いえ、今日は図書館に……。……?」
店15「……どうか、しましたか」
女18「いえ、なんだろう……図書館に、行って、私……?」
店16「……無理を、なさらなくても構いませんよ」
女19「いえ、無理とかじゃ、ないんですけど……」
(一口飲む)
女20「あぁ、そう……。先輩に会ったんです、ゼミの。……会って、
   お話して、書庫のほうに……」
(カップを置く)
女21「……なんでだろう……こんなに美味しいのに、飲みたくない」
店17「……飲まなくてもいいと、言いたいのですが……これが、私の
   仕事ですので」
女22「……?」
店18「ですが、あなたは全てを思い出さなければならない。そして、
   選ばなければならない」
女23「えら……ぶ……?」
店19「……それを飲み干す前に、もう一度言わせてください。
   ここには、あなたに害を為すものは何もありません。だから、
   安心してください」
女24「はあ……?」
店20「最後の一口を、お飲みになってください」
(一口飲む)
女25「……あ……あ……私、わたし」
店21「落ち着いて。あなたは汚れてなんかいない。何一つ変わって
   なんかいません」
女26「(糾弾するように)知ってたんですか?何もかも、知ってて、
   あなたは」
店22「……すみません」
女27「(小さく息をついて)……いえ、いいです。……思い出したのに、
   どこか人事みたいな気がするのは、あなたのおかげなんでしょうし」
店23「……あなたは選ぶことが出来ます。ただひたすらに穏やかな常世
   と、苦しみばかりが待つうつし世と」
女28「どちらを選ぶかなんて、決まっているでしょう……?」
店24「……その答えを思い浮かべたまま、扉を通ってください。あなたの
   望む道に繋がるでしょう」
(ドアベル、扉開)
店25「ありがとうございました。……どうか安らかに」
女29「……ありがとう」
(ドアベル、扉閉)

店26「当店は分かれ道。唐突で理不尽な選択を、来る方へ迫る悪魔の店。
   ……どうぞどなた様も、当店へはお出でになりませぬよう」