珠子 01「ネエ、妙。髪を結って頂戴」
妙  01「かしこまりました、お嬢さま」
珠子 02「……わたくし、貴女に髪を結ってもらうの、本当に好きよ」
妙  02「もったいないお言葉でございます、お嬢さま」
珠子 03「……妙には、好いた方はいるのかしら」
妙  03「……イエ、そのような方はわたくしには……」
珠子 04「……そう」
妙  04「もしや、清瀬様と何か御座いましたか?先日まではご婚約をあんなに喜んでいらっしゃいましたのに」
珠子 05「……華族の家に生まれて、好いた方と夫婦になれるだなんて、なんて素敵なことかしらと思っていたわ」
珠子 06「けれど……それは夫となる方も同じ気持ちでいたなら、だったのね」
妙  05「まさか……」
珠子 07「エエ、そのまさか。清瀬様には心に想うお方がいらっしゃるのですって」
妙  06「そんな、なんてひどい。あちらから強くお願いあってのご縁談ですのに」
珠子 08「仕方がないのよ……。清瀬様のおうちは華族といってもあまり余裕がおありではないそうだから」
妙  07「それにしたって……それじゃあ、お嬢様があまりにご不憫で」
珠子 09「ネエ、妙……貴女、着いてきてくれるでしょう?
     知らない屋敷で、知らぬ女に愛を傾ける夫と暮らすことになる私を不憫に思うなら。お願いよ、妙」
妙  08「お嬢さま……お顔を上げてくださいまし。わたくしはいつでもお嬢さまのお傍におりますよ」
珠子 10「嗚呼、妙……ありがとう、感謝するわ」

妙  09「若旦那様、お呼びで御座いましょうか」
祥一郎01「妙さん、待っていたよ。珠子さんはきっと君を連れてくるだろうと思っていた」
妙  10「……どういったご用向きですか」
祥一郎02「こっちへおいで。ずっと君とこうしてふたりきりになりたかったんだ」
妙  11「わ、若奥さまがいらっしゃるのに、何を仰るんです」
祥一郎03「珠子さんだって好いた相手くらいいるだろう、その人と好きにすればいいのさ。
     結婚なんて所詮家同士の体裁を保つものにすぎない、僕には君がいてくれればそれでいい」
妙  12「馬鹿なことを仰らないでください!お嬢さまが……若奥さまが、どんなお気持ちでここへ来たと……何も、何も知らないくせに!」
祥一郎04「……まさか珠子さんは本当に僕のことを?……それならば却って好都合というものだよ」
妙  13「……どういう意味です」
祥一郎05「僕の想い人が君だと、彼女に告げたらどうする?」
妙  14「そんな……そんなことを言ったら」
祥一郎06「ふふ、ここへ来る前から僕と君は通じていたと、利用されたのだと思うだろうね」
妙  15「なんて……卑怯な」
祥一郎07「さあ、おいで。僕だって端から叶わぬ恋なんてしたつもりはないさ。
     君だって僕の事を憎からず想っていることはわかってる」
妙  16「……たとえかつてはそうだったとしても、今もまだそうだなんてお思いにならないでくださいまし」
祥一郎08「それでも君は僕に逆らえない。そうだろう?」
妙  17「なんて卑怯な方……本当に、本当に……大嫌い」
祥一郎09「好きなだけ憎めばいいさ。それだけ強く、君の心に残るなら本望だ」
祥一郎10「サア、おいで。妙」
妙  18「……かしこまりました、若旦那様」

珠子 11「ネエ、妙?」
妙  19「何で御座いましょう、若奥さま」
珠子 12「祥一郎様は私を大事にしてくださるわ。家を空けることも滅多にないし、他の女の影なんて、少しも見えない……。
     他にいい人がいるだなんて、私の勘違いだったのかしら?」
妙  20「……きっとそうでございますよ」
珠子 13「妙、私、貴女と出会えて本当に良かったわ。これからもずっと、私の傍にいて頂戴ね」
妙  21「もったいないお言葉で御座います。
     (独り言のように)……本当に、わたくしなどには……」
珠子 14「(気付かずに)ネエ、妙。髪を結って頂戴」