メルメルメルヘン
ぼく:主人公の少年。(ぼ)
ウェンディ:「ぼく」と一緒にいる少女。(ウ)
時計ウサギ:アルコール紳士。(時)
もう一人のぼく:
ヒーロー。(も)
ぼ01「ぼくは広い広い世界で、終わらない世界の夢を見る。
何度も何度も、終わってしまえばまた初めから。
繰り返す世界は終わりのない世界。
永遠に停止する世界で、ぼくは夢見るぼくを夢に見る――――」
時01「――やあ、目が覚めたかい? 君はお寝坊さんだね。
日はこんなにも高くて、鳥はあんなにも楽しげだ。
眠ってばかりじゃ、つまらない人生になってしまうよ」
ぼ02「目覚めたぼくにそう言うのは、いつもニヤニヤと笑う時計ウサギ。
いつものように大きなキノコの傘の下で、真っ赤なワインを飲んでいた」
ぼ03「おはよう、時計ウサギ。また朝からワイン?」
時02「また? それはおかしいね。
ワガハイは確かにワイン好きだけれど、朝から飲むのは珍しい。
君はまたぞろ寝ぼけて、何かおかしな事を言っているようだ」
ぼ04「ああ……うん、そうかもね。
なんだかここ最近、君が毎日のように朝からワインを飲んでる気がしたんだ」
時03「それはいけない、深刻に寝ぼけているようだ。
水でも飲んで――ああ、水がないのでワインはいかが?」
ウ01「ちょっと、時計ウサギさん? 子供にワインなんてダメよ」
時04「これはこれは、お嬢さん。一杯くらいでは酔いもしないよ。
堅苦しい事は言わずに、君もどうだい?」
ウ02「結構です。ワインは大人の飲み物でしょ?」
時05「やれやれ、本当に堅苦しい。
まるで息が詰まるようだと、君もそう思うだろう」
ぼ05「いや、ぼくは別に……ウェンディが正しいと思うよ」
ウ03「君ならそう言ってくれるって信じてたわ」
ぼ06「ウェンディ――いつもぼくと一緒の女の子。
いつも一緒に遊んで、どこへ行くにも離れない。
どこの子かは知らないけれど、ぼくらはとても仲良しだった」
ウ04「ね、今日はイチゴたっぷりのシフォンケーキを焼いて来たの。
みんなで一緒に食べましょ?」
時06「むぅ、ワインにシフォンは合わないのだが。
ワガハイ、できればチーズが欲しいよ」
ウ05「わがまま言わないの。ワインだけでも贅沢なのに」
ぼ07「そうだよ、時計ウサギ。あんまりウェンディを困らせないでね」
時07「困っているのはワガハイなのだが……まあいい。
では、デコレーションのイチゴだけいただいてもいいかな?」
ウ06「ダメに決まってるでしょ、この酔っ払いウサギ!
イチゴだけ食べたいなら、生きた花の庭に行きなさいよ」
時08「むむ、あそこへ行くにはハンプティ・ダンプティの塀が邪魔になる。
アルコールの回った頭で、あの不器用者の話に付き合うのは難しいよ」
ウ07「だったら諦めて、このシフォンケーキを食べるのね」
時09「せめてジャムはないだろうか?」
ウ08「欲しがってもないわよ。
明日と昨日にジャムはあっても、今日のジャムは絶対にないもの」
時10「そうだった、そうだった――ジャムが欲しければ、明日か昨日に行く。
ジャムはそういう規則だったね、申し訳ない」
ぼ08「ないものねだりしてないで、時計ウサギも食べたら?
このシフォンケーキ、すっごく美味しいよ」
時11「残念、ワガハイには甘ったるいのだよ。
そんなものが好きなのは、君らの他には虹色カブト虫ぐらいだろうね」
ぼ09「ワインとチーズばっかりだから、そんな舌になっちゃうんだよ。
たまには甘い物だって食べなきゃ」
時12「それを言うなら、君こそ甘い物ばかり食べてはいけないよ。
どうだい? ワインを飲んで、大人の味を覚えてみては」
ウ09「だから子供に飲ませないでって言ってるでしょ!
君の方も、時計ウサギさんはいらないって言ってるんだから、ほっときなさいよ。
シフォンケーキは二人で食べればいいじゃない」
ぼ10「……うん、そうだね。
じゃあ、一緒に食べ――――」
ぼ11「繰り返す世界は終わりのない世界。
永遠に停止する世界で、ぼくは夢見るぼくを夢に見る。
終わりのない世界の終わりの綻びで、ぼくはぼくに出会った」
も01「また間違えたね。君は何度も間違えて、何度もここに来る。
あのシフォンケーキを、何度食べれば気がつくんだ?」
ぼ12「だ、だって、あれを食べなきゃウェンディが……」
ウ10「どうして? どうしてそこで、わたしなの?
わたしなんか気にしないで――好きにすればいいじゃない」
ぼ13「でも、だって……せっかく、作ってくれたんだし」
ウ11「どうして? どうしてわたしを気にするの?
それじゃあまるで、わたしが悪いみたいじゃない」
ぼ14「違う! 違うよ、そんなことを言ってるわけじゃ……」
も02「いいや、そういうことを言ってるんだよ、君は。
君がシフォンケーキを食べるのは君のせいだ。
他の誰のせいでもない、君のせいじゃないか。
何度も何度も繰り返して、それでも君は自分のせいじゃないって言うのかい?」
ぼ15「だって……違う、ぼくのせいじゃない」
も03「そんなことはない。全部、何もかもが君のせいなんだ。
世界が終わらないのも君のせい。
世界が止まっているのも君のせい。
君の夢が悪いんだから、早く責任を取るんだ」
ぼ16「勝手ばかり言うな! そんなの、ぼくの問題じゃない。
これはぼくの夢だ、ぼくの世界だ!
お前なんかが、ぼくの中にいるのが間違いなんだ!」
も04「……本当に?」
ぼ17「世界が繰り返す。夢が繰り返す。
終わらない、終わらない、終わらない。
永遠の、永遠の世界が広く広く広く広がって。
消える間際に、もう一人のぼくが笑う」
も05「ぼくが間違いなら――君も間違いじゃないか」
ぼ18「そしてぼくは、また目を覚ます……」
時13「――やあ、目が覚めたかい? 君はお寝坊さんだね。
日はこんなにも高くて、鳥はあんなにも楽しげだ。
眠ってばかりじゃ、つまらない人生になってしまうよ」
ぼ19「おはよう、時計ウサギ。また朝からワイン?」
時14「また? それはおかしいね。
ワガハイは確かにワイン好きだけれど、朝から飲むのは珍しい。
君はまたぞろ寝ぼけて、何かおかしな事を言っているようだ」
ぼ20「ああ……うん、そうかもね。
ところで時計ウサギ、他の子は?」
時15「ウェンディかい? それならほら、いつも君と一緒じゃないか」
ウ12「そうよ、いつも一緒なんだから。忘れないでよね」
ぼ21「いや、そうじゃなくて……ウェンディ以外の子は?
昔はもっと、たくさんいた気がするんだ」
ウ12「ちょっと、大丈夫? そんな当たり前のこと訊いたりして。
他の子は大人になったから、君が殺しちゃったのに」
ぼ22「……そうだったね、ウェンディ。
大人になった子供はぼくが殺す、そういう規則だった。
そうだったよね――時計ウサギ?」
時16「その通り。そんな当たり前のことを忘れるとは、血の巡りが悪いのかい?
どれ、このワインを飲めばすぐにでも血が回る」
ウ13「時計ウサギさん? 子供にワインなんて――」
ぼ23「――そう。子供にワインは、都合が悪いよねウェンディ?」
ウ14「え……? ど、どうして?」
ぼ24「ワインは大人の飲み物だから。
子供のぼくが飲むと、うっかり目が覚めるかもしれない」
ウ15「……飲むの? ワイン」
ぼ25「それは――――」
時17「飲みたいと思うなら飲むといい、君は誰にも邪魔されやしない。
とても苦いけれど、これを一口でも飲めば、君は大人になれる」
ぼ26「……だけど、飲んだら夢が終わる。
終わらない夢が、永遠の世界が――回らなくなる」
時18「それが子供ではなくなるという事さ。
ワガハイもここにいる時点で子供なので、偉そうには言えないけれどね」
ウ16「結局、どうするの? 君が本当にワインを飲むなら、わたしには止められないわ」
ぼ27「それは――――」
ウ17「でも、聞いて。それを飲んで大人になったら、世界が終わるわ。
ううん、世界だけじゃない……わたしも消えると思う。
大人になるっていうのは、そういうことだもの。
子供の夢は、跡形もなく消えないと――ダメなのよ」
ぼ28「ウェンディ……」
ウ18「それでも君は大人になりたいの?
何かいいことがあるって約束されたわけでもないのに、この夢から覚めたいの?
わたし達と一緒に、ずっと夢を見ようって思わない?
繰り返しで、終わることのない、大人が羨むこの世界から出たい?
ねえ、子供のままじゃダメなの――ピーターパン」
ぼ29「……それもいいと思うよ、ウェンディ。
だけど、ぼくに言われたんだ――子供を殺さない、もう一人のぼくに。
ぼくは、間違ってるって」
ウ19「どうして? 子供のままでいたいっていうのも、立派な選択じゃない」
ぼ30「そうかもしれない。でも、やっぱり間違いなんだ。
だって、この世界には――新しいものが、何もないじゃないか。
子供は新しいものが好きなんだから。そろそろ、夢から覚めないと。
新しいものを知らないと――子供にも飽きられる」
ウ20「……そう。本気で、大人になるんだ?」
ぼ31「うん。今までありがとう、ウェンディ。
それと……夢から覚めなかったのは、ぼくのせいだった」
ウ21「バーカ。そんなの当たり前じゃない」
ぼ32「そうだね、当たり前だった……じゃあ、時計ウサギ?」
時19「では、このワインを――いつかまた、
夢で会いましょう、ピーターパン」
ぼ33「うん――いつかまた、夢で会おうね」
ぼ34「世界が回る、夢が回る、何もかもが回って進んで覚めていく。
目が覚めた時――ぼくは夢を忘れて、当たり前のように生きるのかもしれない。
だけど、永遠よりは楽しめるものがありそうな、そんな気がした」
最終更新:2010年10月18日 04:43