炎天下
登場人物
森山……元高校球児な若者。
尾崎……森山の後輩。
タイトルコール(なくてもいいが)
森01「炎天下」
BGM:無し
森02「初球、ストレート。見送り。
第二球、カーブ。切れ味が落ちた瀕死の球を見送る。
カウント、ツーナッシング。裏腹に、焦燥をあらわにする相手ピッチャー。
第三球、苦し紛れの内角ストレート。引っ叩いてファール。
カウントは変わらず、空気だけが張り詰めていく。
積み重ねた日々を力に変換し、一投一打で命を燃やす。
それはどちらも変わらない。あるのは勝者と敗者の違いのみ。
次の一球で勝負を決めようと、バットのグリップを握り直す。
ここは真夏のコロシアム。
焦がすような陽射しと、吸い込むだけで死にそうな焼けた空気。
勝者のみが歓喜する非情な世界に、俺は酔い痴れていた。
だから呆然とする。
続く第四球から全て、勝負を捨てたボール球。
時間が止まったかのような空虚さに、俺の全てが停止する。
敬遠されたと気づいた時には、審判が走れと言っていた。
夏が終わる。
もうこの場所には立てないと知って、チームメイトが悔し涙を流す。
だけど俺は泣けなかった。
俺の夏は、まだ終わっていない。
最後の打席で燃やし尽くせなかったものが、終わる事を許さない。
――行き場のない夢が、燻ぶっている」
尾01「センパーイ。この試合、どっちが勝つと思います?」
森03「知るか。つーか尾崎、なんで真昼間から当然のように俺の部屋にいるんだ」
尾02「夏休みで暇なんスよ。就職活動中の先輩には無縁っぽいですけど」
森04「まったく……で、もう一つ。そのビールはどうした」
尾03「これッスか? そこの冷蔵庫に入ってました」
森05「そりゃ俺のだ! お前な、夏休みだからって緩み過ぎ。もっと俺を見習え」
尾04「うーわー、不良学生が何言ってるんですか」
森06「人様に迷惑かけてなけりゃいいんだよ、世の中そういうもんだろ」
尾05「でもなぁー……勉強より麻雀に夢中だった人を見習うのは、ちょっと」
森07「いいんだよ。あー、ところでその試合、何回戦だっけ?」
尾06「二回戦ッスよ。やっぱビール飲みながら見る甲子園は最高ッスよね!」
森08「それ、ちゃんと金払えよ。で……うわ、0対0で十一回表? 投手戦かよ」
尾07「どっちも優勝候補だったんスけどねー。運命のいたずらか、序盤で大激突」
森09「悲惨だなー……これ、勝ってもエースは潰れるだろ」
尾08「それが甲子園の魔物って奴ッスよ。あ、ビールもう一本もらっていいッスか?」
森10「金払えよ」
尾09「先輩の守銭奴ー。いいッスよ、もう。ミネラル的なのを飲むんで」
森11「水道もタダじゃないんだぞ」
尾10「それぐらいケチケチしなくたっていいじゃないッスかー。
あ、先輩も飲みます?」
森12「……いや、遠慮しとく。そういや尾崎、我らが母校はどうだったんだ?」
尾11「地区予選見てなかったんスか? 今年はベスト4まで残りましたよ」
森13「おー、頑張ったんだな。去年なんて二回戦負けだったろ」
尾12「去年は仕方ないッスよ。エース故障で、ピッチャーはリリーフの使い回しとか。
打線もイマイチでしたし、あれで勝てたら奇跡ッスよ」
森14「その奇跡がやけに多いのが高校野球なんだけどな……。
ま、悲願の甲子園出場は次の代に託すとするか」
尾13「先輩の代は惜しかったッスよね、決勝まで行ったのに」
森15「……あそこで俺が打ってりゃ、甲子園にも行けたんだろうけどな」
尾14「いや、あれは普通敬遠しますって。
大スラッガー森山! この辺りで知らない奴がいたらモグリ、って感じだったじゃないッスか」
森16「ま、そうかもしれないけどさ……」
尾15「つーか先輩、どうして大学で野球続けなかったんスか?
先輩ならプロも夢じゃなかったって思うんスけど」
森17「……仕方ないだろ、続けようにも終わってないんだから」
尾16「はい?」
森18「俺の野球は、あの夏の打席で止まってるんだよ。
あの勝負が終わらない限り、俺はバットを握れない」
尾17「いや、握ったらいいじゃないッスか。好きなんでしょ? 野球」
森19「お前な、簡単に言い過ぎ。メンタルの問題なんだよ。
野球への気持ちがあの打席に置き去りなんだ、今野球やっても球なんか打てねーよ」
尾18「そういうもんスかねぇ」
森20「そういうもんだよ。ったく……ま、どうしようもないんだけどな。
どんなに望んだって、過去にゃ戻れないんだからよ」
尾19「……よっし! 先輩、ちょっと公園行きましょ、公園」
森21「は? なんでだよ。ってか、この試合を見届けさせろよ」
尾20「いいから、いいから。公園行って、野球しましょうよ。
俺が先輩を三振させて、先輩の野球人生に終止符を打ってあげるんで」
森22「あのな……つか、ヘボピーのお前に負けるわけないだろ」
尾21「分からないッスよ? 今の先輩なら!」
森23「はぁ……分かったよ、行けばいいんだろ行けば……」
BGM:穏やかな曲(郷愁を感じさせるものがベスト)
森24「近所の公園に来た俺達は、ほこりを被っていた道具を持って向かい合う。
ピッチャーとバッターだけの、野球とは言えない野球もどき。
マウンドもバッターボックスもない、お遊びのような真剣勝負」
尾22「センパーイ! 俺が勝ったら、ビール代チャラって事で!」
森25「尾崎の奴は何を言ってるんだか。
――バットを構えた時から、負ける気がしなくなっていた。
打てると確信する。
あの夏、あの打席、あの勝負。
止まっていた筈の時間が、動き出しているのを感じる。
メンタルの問題とか、俺は何を言っていたのだろう。
こうして炎天下に立ち、肺の焼けそうな空気を吸えばそれまで。
結局のところ、俺はどうしようもない野球バカだったのだ」
尾23「行きますよー! 豪快な空振りをお願いしまーす!」
SE:風切り音
SE:快音(金属バット)
尾24「ウッソーーー!?」
森26「白球が青空に吸い込まれて消える。
もう、どうしようもなく手遅れだけど。
また野球を始めるのもいいな、と思う。
あの頃と同じ空の下には立てないけど。
草野球でも何でもいいから、また頑張ろう。
誰にも気兼ねなんかしないで――野球から、逃げるのをやめよう。
スラッガーには、炎天下が似合うのだから……。
――燻ぶっていた夢が、また燃え始めるのを感じた」
最終更新:2010年10月19日 04:40