『サヨナラ世界とthank you,good bye』

ナレ:ナレーション。
A:男性。旅のロボットエンジニア。
B:女性型。遺棄され朽ちかけたロボット。


-プロローグ-

ナレ1:ある日、地球の空気が毒に変わった。何故かはわからない。人間も、動物も、草や木さえもが、ゆっくりと近づく死神の足音に怯え、やがて息絶えた。一部の人間達がシェルターに隠れたが、そうしたところで残された時間が限られていることに変わりはなかった。そんな、あらゆる生物の存在を許さない世界を、男がひとり歩いていた。

A01「うん?あれは……。こんにちは。ボロボロに錆びてはいるけど、君はロボットだね?まだ話せる?ご主人はどこにいるの?」
B01「マスターは私を置いてシェルターに向かいました。どうせもうすぐ朽ち果てる身です。どうか放っておいていただけませんか」
A02「奇遇だね、僕ももうすぐ死ぬんだ。それよりどうかな、見たところ重要な部品は壊れていないようだし、君さえよければ修理させてもらえないかな。」
B02「それは、ありがたいことですが、大切なあなたの時間を使っていただくわけには……」
A03「どうせ当てのない旅なんだ。陽の光も入らないシェルターの中で死ぬのが嫌で、自分の死に場所を探しているだけだからね。それに、君が僕の生きた証になってくれるんだ。僕にとっても悪い話じゃない。なにせ、ロボットならこの世界でも生き続けてくれるからね」

ナレ2:作業は滞りなく進み、ひと月と待たずロボットは元の身体を取り戻した。しかし、そんなわずかな時間も、男が自分の命を使い切るには充分な長さだった。

B03「ありがとうございます!こんなにきれいに直してくださるなんて、とってもうれしい。何かお礼ができればいいんだけれど……」
A04「ははは、どういたしまして。お礼がしたいというなら、そうだな、少しこっちに来てくれるかい?僕の足はもう駄目になってしまったみたいでさ」
B04「はい、このくらいですか?」
A05「もっとだ。もっと、もう少し。……ありがとう」
(※SE:ナイフの刺さる音)
B05「え……?」
A06「お願いだ、一緒に死んでくれ!やっぱりひとりで死ぬのは怖いんだ。寂しいんだ。これからも生き続ける君を見るのがつらいんだ。ひとりに、しないでくれ」
B06「……ごめんなさい」
(※SE:2人が倒れる音)


-Aパート・サヨナラ世界-
(プロローグBのモノローグ)

あれからずいぶん時間が経った。
赤い錆びの浮いた手足はもうピクリとも動かない。
毒の空気のかわりに、もうずいぶん長いこと降り続けてる雨が、私の時間を奪っていく。
あの時壊れていればこんな時間を過ごさずに済んだのだろうか。それとも、そもそもあの人に出会わなければ……。

あの人の言った言葉ひとつひとつが、今もメモリの奥で再生される。
優しい声。
暖かな声。
でもきっと、いつも何かを恐れていたあの声。
一度だけ聞いた、絶望に嘆くあの声。
私と出会わなければ、あの人は幸せの中で眠りにつくことができたのだろうか。
あの人が探していた死に場所とは、いったいどんな場所なんだろう。

「ごめんなさい」

ノイズ混じりのその言葉を、もう何度つぶやいただろう。
ああ、残されたこのわずかな時間で、あと何度つぶやくことができるのだろう。

突然、雨がやんだ。雲の間からまぶしい白い光が差し込む。私の顔をなでるように照らしだす。
……声が聞こえた。

『君の願いをひとつだけ聞いてあげよう。なんでもいい。その体を元のきれいな姿に戻すのでも、この世界を元に戻すのでも、なんでも構わない。ひとつだけ聞いてあげよう』

誰だろう?優しい声。私はその声に促されるまま、ひとつの願いを口にした。
望みは、初めからひとつだけ。

あの日できなかったお礼ができますように。
あの日の震えていた両手を握ってあげられますように。
あの人が自分を責めていませんように。
あとは要らない。それさえ叶うなら、私は誰よりも幸せです。
だから。

「私が、あの人の探していた死に場所に、なれますように」

ああ、もうすぐ私の時間が止まる。
あの人に出会えてよかった。あの人が私を直してくれたからこの瞬間を迎えることができた。
さようなら。この世界に、さようなら。


-Bパート・thank you,good bye-
(プロローグBのモノローグ)

僕はなんということをしてしまったんだろう。
生きているだろうか。いや、仮に生きていたとしてもあの損傷じゃ長くは生きられないだろう。
僕の身勝手のせいで。

あの希望に満ちた明るい声は、きっともうどこにもいない。
あの子の笑顔を裏切るくらいなら、そんな残酷なことをするくらいなら、
いっそ出会わなければよかったんだ。

「ごめんなさい」

すっかり口癖となったその言葉が自然とこぼれる。
許してくれる人も罰してくれる人もいないけれど、きっと僕はいつまでもこうしてつぶやき続けるしかないのだろう。
満月が何度空に昇ってもずっと。

突然の浮遊感。足元が裂けて眼下に見覚えのある景色が広がる。
果てしなく続く灰色の大地と、
そこに打ち捨てられた哀れな人形の姿。
茶色く汚れ、身動きひとつ取れず、そして、なんて顔をしているんだろう。
これが僕の生きた証か。

「君の願いをひとつだけ聞いてあげよう。なんでもいい。その体を元のきれいな姿に戻すのでも、この世界を元に戻すのでも、なんでも構わない。ひとつだけ聞いてあげよう」

耐えられなかった。
あの子の空虚な表情から逃れたくて、出来もしない約束を口にした。
笑ってくれ。せめて怒ってくれ、泣いてくれ、僕を憎んでくれ。
そんなちっぽけな欲望のために、僕はまた、あの子を傷つけるんだ。

『私が、あの人の探していた死に場所に、なれますように』

懐かしい声が聞こえた。
ノイズだらけで、今にも消えそうな儚さで、
でも、あの時のままの、うれしそうな、幸せそうな声が、
あの日の思い出を願っていた。
その小さな願いに、あの子はいったいどんな祈りを込めているのだろう。
何があの子をあんな穏やかな表情にしているのだろう。
あの子は僕と出会ったことを後悔していないんだろうか。

僕は許されない罪を犯した。
それは消えることのない事実だ。
ああ、それでも、もしも願いがひとつだけ叶うなら、僕もあの子と同じことを願うだろう。

君に出会えてよかった。
最後にたどり着いたのが君のいる場所でよかった。
願いは叶ったよ。ありがとう、さようなら。