我輩は殿である


我輩は殿である。
殿であるのだから、朕というべきであろうか。
しかし誇りある猫族であるこの血が、自らを朕と呼ぶことを許さぬ。
我輩は殿である。この一城の主である。名前? 下賎のものになど教えられぬ。
さて、我輩のこの城であるが、さる10年程前、領地の民に建設させたものである。
2LDK、長屋とも平屋とも言われる狭い城ではあるが、我が領民の生活を思えば、そう贅沢をするわけにもいかぬ。
我輩は殿なのである、民思いなのである。
さて、我が堅牢なる城を紹介しよう。
ここが台所。床が腐りかけているので、歩く時には ようよう注意をせねばならぬ。
ここが大広間。続く暑さで畳がケバだっておる、爪を引っかけぬようにせねばならぬ。
そしてここが手洗い場。水は通っておらぬが、落ちぬよう 気をつけねばならぬ。
さて、我輩の城の豪奢さはわかってもらえたであろう。我輩はここをたった一人で統治しているのだ。
なに? 我が領民か? ふん、暇を出してやっておる。我輩は民思いなのである。
しかし、我が領民とくれば、もう3年も帰って来ぬ。
きっと どこかで迷うか路銀が尽きるかでもして、途方にくれておるのだろう。
だから、我輩にしっかりと相談していくべきだったのだ。情けないことだ。
下女も下男もいなければ、我輩は自分で飯をくらい糞尿の世話もしなければならぬ。全く、殿をなんだと思っておろうか。
我が領民が道に迷ってる間中は、我輩は一人で我が城の見回りまでせねばならぬのだ。
だから、そこな人間よ、我輩は忙しいのだ。貴様の領地に迎えてもらう暇などないのだ。
申し出だけありがたく受けとろう、その心意気に免じて、たまには我が城に遊びに来ることも許そうではないか。
だから……これ、髭を引っ張るな。

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最終更新:2010年11月14日 00:16