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御紋が目に入らぬか

A:店の客、若殿様(セリフ数44)
B:店の主人、サダ(セリフ数36)
C:店の子供、シゲ(セリフ数10)
 店の女将、お琴(セリフなし)
 店の丁稚、伝七(セリフなし)


A01「ごめんよ」
C01「いらっしゃいまし!!!!」
A02「おっ……アア驚いた。ご亭主を呼んでくれるか?」
C02「ハイ! おとうちゃーーん、おとっちゃーーん!!」
B01「はいはい……アアお客さん、お待たせしましたねえ。これシゲ、邪魔しないで向こうへ行っておいで」
C03「はぁい」

B02「さて、本日は何をご入用でしょう?」
A03「足袋を新調したいんだけどね」
B03「足袋でございますか、はぁ、布物はちょいと自由が利かぬやもしれませぬねえ」
A04「何故だ?」
B04「へえ、昨今はどこも、新政府の口から多く注文がございまして
   問屋もそれ専属となり申して、普段一般のお客様方に発注できる口が限られてございましてね」
A05「政府筋か、それ相応の紹介でもなければ、都合がつけられないという事か」
B05「へえ、申し訳ない次第でございます」
A06「ふん、抜かしたな。ならば……この御紋が目に入らぬか?」
B06「ヒェェ! ……って何をやらせるんです。
   あのねえ、今時そんなもの土産物屋だって売っていませんよ。馬鹿らしい」
A07「土産物か。確かにこれは土地の土産物だがねえ」
B07「サア冷やかしは帰った帰った、あまりしつこくすると憲兵を呼びますよ」
A08「ああ、ああ、あいわかり申した。だがね、お前さんがあまりにもつれないもんだからさ。なあ、サダ?」
B08「何を気安く……」

B09「……殿?」
A09「何だ、サダ?」
B10「な! 貴方様は若殿様じゃありませんか!!」
A10「やっと気付いたか、薄情な奴め」
B11「いや、だって、そんな……もう、殿、からかいがすぎますよ! 心臓に悪いじゃございませんか!」
A11「はっはっはっ……殿はやめとけよ、流石に近所の者が驚くぞ、亭主殿?」
B12「イヤやめて下さいよ! サダで構いません。もう、若様ったら意地が悪いんだからなぁ」
A12「繁盛しているようだね」
B13「へえ、おかげさんでなんとか。さ、どうぞお入りになって! 伝七、店番頼まぁ。
   さ、どうぞどうぞ! お時間よろしいのでしょう?」
A13「オヤ悪いなぁ、顔を見に来ただけだってのに」
B14「へへ、若が遠慮だなんて雨が降るんじゃありませんかね」
A14「こいつめ――イヤ。邪魔するよ」


B15「お琴、客人だ。座敷を使うよ」
A15「アア、どうも」


A16「――御内儀さんかい」
B16「へえ、お恥ずかしい」
A17「何がお恥ずかしいだ、働き者じゃないか」
B17「へえ、この店も軌道に乗りましたが、そうなると日頃のものに不自由しましてね。
   ああして裏で、細々したものをやってもらってまして」
A18「成る程、羽振りよく見せるのも一苦労という訳か。もういっぱしの商人の貫禄だなぁ」
B18「イヤ面目ない」
A19「褒めているんだぜ、そう邪険にするなよ」
B19「イヤ――若にそう褒められると、何か裏でニヤケ面されている気がしますねえ」
A20「こら……いや、その手にはもう乗らんぞ」
B20「乗らぬ蛤」
A21「手を出し鼈……ってなぁ。サダ、私もいつまでも若衆じゃないんだ。からかうのはよしてくれよ」
B21「へへっ。つい懐かしくて、私も若ぇ頃に戻った気分になりましてね……いやホント、お懐かしい」
A22「私も懐かしいよ。何といってもサダとは、一緒にションベン布団を隠した仲だからなあ」
B22「ああもう! 意地悪なのも変わりませんねえ。
   で、どうされたんです、若。こちらに何か御用事でも? 長くご逗留なされるので?」
A23「ああ……ちょいと使いで近くまで来たもんでね。そう長くはいないんだ」
B23「そうなんでございますか」
A24「ああ。そこで、懐かしいお前の顔でも見れたらとね。イヤ、会えないまでもと思ったんだが……悪かったなぁ」
B24「何を他人行儀な。似合いませんや、殿がそう恐縮されるなんて」
A25「……殿じゃないさ」
B25「藩もついにお取り潰しと相成りましたものねえ……アア、若は今、何をなされていらっしゃるのです?」
A26「何も。宙ぶらりんさ」
B26「え、そうなんでございますか? わたしゃてっきり、府のほうにでも職の口をと……」
A27「イヤ、気楽にやってるんだよ。そう気にしないでおくれ」
B27「ハァ。でも羨ましいなぁ、若は。私なんか、こうどっしり店を構えて商人風情になっちまうとね……」
A28「幸せものじゃないか」
B28「幸せ。はは……そうなんでございましょうけどね。
   なんだか、懐かしくなっちまうんですよ。若のお供をさせて頂いた頃の事とかね。
   天下泰平の世になったはずなのに、なんでしょうねえ、なんだか……」
A29「……満ち足りて、空しいか」
B29「へへ……贅沢者でございますよ。安寧な道を選んじまったモンで、昔の知り合いは誰も、パッタリで……
   まあ、昨今の情勢を見てますと、平和なのが宜しいんでしょうねえ。
   若も、気をつけてくださいよ。
   近頃じゃ奴ら、誰彼構わず仲間に引き入れていれて、それだけで政府の目も、お宜しくないようですぜ」
A30「フーン、じゃあ、その一味の口だと言ったら驚くだろうね」
B30「そりゃあもう……若?」
A31「なァ、退屈しているんだろう、世にさ、生活にさ。
   なァサダ、今の世は真に泰平と言えるかい。日和見と抜かした事はないかい」
B31「わ、若、そんな……ねェご冗談なんでしょう、人が悪ィや」
A32「お前はぽっと出の田舎野郎に志を折られて、平然としてられる男か? 違うだろう?」
B32「若……私には、家があります、家族も、奉公人も」
A33「じゃあこう考えてご覧な。昔みたいに、俺に味方してくれねェか、サダ。支えておくれよ。
   なァ、お前ェだけは俺を裏切らない、いつもそうだったじゃないか。
B33「今は、昔じゃないんですよ……」
A34「……震えてるぜ、サダ。怖いかい」
B34「お、お放し下さい」
A35「それは安寧を崩される怖さかい、それとも俺の底が知れねェのかい。それとも……武者震いかい」
B35「……殿は、いつもそうだ、いつもそのように……某をいじめなさる」
A36「……帰るよ。ね、私はお前の顔を見に来ただけだ。
   少しでも情けをかけてくれるなら、どうかそういう事にしておいておくれ」
B36「殿は……死すらお覚悟でいらっしゃるのですか」
A37「死すらね……泰平な世だ。なあ、だから鼻噛んで落ち着いておいで。
   アア、そんなに図体がでかくなったってのに、お前はいつまでたったって弱虫毛虫だねェ……」


C04「あ! お客さんお帰りですか!」
A38「邪魔したね」
C05「ねえ、お客さん誰? 何の話してたの?」
A39「さては御内儀の密偵だね、お前は。
   そうだねェ、絶対にナイショにすると約束するなら教えてやろうか。
   でもこんなハナタレじゃ、まだナイショ事は守れないだろうね」
C06「守れるやい!」
A40「そうかそうか、実はねェ……おとっつぁんと、いい所に遊びに行かないかと計り事をしていたのさ」
C07「美味しいもの食べに行くの?」
A41「そう、甘く熟れた綺麗な桃をこう並べてね……おかっつぁんには、ないしょ、ないしょだぜ」
C08「うん」
A42「……シゲって言うんだってね。シゲ坊、父ちゃん好きか?」
C09「うん!」
A43「そうかい。……ナイショの証に、これ、やろうか」
C10「なんだい、それ。古っぽいね」
A44「なぁに、ただの土産物さ」

最終更新:2011年01月07日 19:56