しんぶんし


作者:ぴぴぴ◆9sbT5rhuJU


BGMはなんかジャズとかそんな物でお願いします。

効果音 紙のこすれる音
新聞紙は上から読んでも下から読んでも『しんぶんし』
そんな当たり前の、されど興味深い事実に気づいたのは今から約二年前だった。
別に二年と言う時間がどうのこうのという訳ではない。
気づいてまだ二年ということも取り立てて注目すべき点ではないだろう。
兎にも角にも二年と言う時間は重要ではない。
まずそれを述べておこう。

しかし、何故に今までこの素晴らしい発見に気づかなかったのだろうか。
世間一般では回文と呼ばれるその文は知的で美的。
美しいなんて言葉が最も似合う文だろう。

回文は怪文。
綺麗な文は往々にして奇怪。
綺麗な言葉は往々にして機械。
人間的か機械的か、それを経験する機会を私は今与えられた。
ならば今私が書くこの文も奇怪な事は疑いようがないことなのだ。

『しんぶんし』という一つの単語は、単語としてではなく、芸術として完成している。
最も、完成は完璧とは違うのだが。
ここで、しんぶんしを使った怪文を一つ紹介しておこう。
女子新聞紙所持。男子は死んだ。
まさしく下から読んでも上から読んでもという奴だ。
意味は通っていないように見えるが、そこは前述したとおり。
綺麗な文は往々にして奇怪。
今諸君の目に映るのは感嘆か呆れか定かではない。
が、千差万別、十人十色ということわざもあるくらいだ。
人によって目に映るものは違うのだろう。

さて、大分脇道を逸れたが、ここらで本題に戻るとしよう。
私は別に回文について書きたかったのではない。
はっきりと言ってしまえば、特に主張したいこともなかった。
だが、何もないところから生まれるものもある。
有から無があるように無から有もまた存在するのではないか。
ここは一旦新聞を読んで思ったことを書き綴ってみようか。

効果音 紙がこすれる音
最近の社会は腐っている。
政治も勿論そうだが、人々の心もだ。
何故、道に迷うものに行き先を教えてやれないのか。
何故、人を助けてやることが出来ないのか。
誰もが脇目も振らずに歩く、走る。
繰り返される日常は機械的で人間的ではない。
人間が人間的ではないとは、一体どういうことなのか。
これは矛盾でもなんでもなく、私たちが人間であるという事を忘れてしまっている。
その一点をついた言葉である。

諸君。『しんぶんし』という言葉を見ろ。
この中に人間の全てが詰まっているではないか。
紙は暖かく、文には人情が篭っている。
しかし悲しいかな。紙は燃え、いつか消える。
だんだんと劣化していくこともまた、人間らしい。
そんな時には、しんぶんしを破いてみてくれ。
恐らく、簡単に破けるだろう。
効果音 紙を破く音
……こういう風にな。
人は劣化していく毎に、心の余裕が出来る。
年を取るたびにプライドが、殻が――新聞紙が――少しずつはがれていくのだろう。
今そんな君に聞きたいと思う。

外はどんな景色だね?

【あとがき】
朗読祭りの為に。エッセイ的なものになっちゃいました。