「旧校舎の大鏡には、死ぬ前の自分の姿が映る」
よくある学校の噂話だ。
オチを言ってしまうと、
「鏡には、今と全く変わらない自分の姿が映っていた。
つまり、鏡をのぞいたときが自分の死ぬときだったのだ……」というもの。
僕が今覗いているこの鏡が、その噂の鏡なのかどうかは確かめようがないが、
旧校舎にほかに該当するような鏡は見当たらない。
屋上にあがる手前の、ダンボールや紙束を積み上げられた中に埃を被っていた大鏡。
積年の汚れが積り、ほとんど曇ってしまっていた。
ハンカチで拭ってはみたが、薄ぼんやりと映ったものの色がわかるだけで、
映す姿もはっきりとしない。
それでも、僕はこの鏡に何かを感じたのだろう。
こうして足繁く、旧校舎へと通う程度には。
「やあ、また来たよ」
『やあ、また来たね」
喋りかけるのも僕、返事をするのももちろん僕。
一度、ふざけて疑似会話ごっこをして以来、すっかりハマってしまった。
「昼の休み時間は長いからね」と僕
『校舎に戻る時間も考えないといけないからね』と、鏡に映った姿。のつもりの僕。
「友達がいないと休み時間が長いんだ。わかるかい?」
『わかるよ。僕にはずっと友達がいなかったからね』
「そうだね、ずっといなかった。
寂しいと思ったことはないけど、こんなときは、時間が長いなって思う」
『友達、作ればいいのに』
「ほしくないわけじゃないんだ。でも、うまくいかない」
『わかるよ、とても難しい』
声を出して会話しているわけではないから、人が見ても変には思われないだろうけど、
人には言えない部類の趣味だ。
「僕はね、何を考えているかわからないといわれるんだ。
表情が、何も変わらないんだって。
みんなが笑ってるときに、僕だけ無表情で、それが気味悪いって。
でもね……」
「僕が楽しいとき、君は笑って見えるんだ。
僕が怒っているときは、君は怒ってるように見える」
「おかしいな、曇っていて見えないはずなのに、
君が一番、ぼくをわかってくれているような気がするんだ」
「……授業が始まるから、そろそろ行くよ。また来るね」
「旧校舎の大鏡には、死ぬ前の自分の姿が映る」
僕が今覗いているこの鏡が、その噂の鏡なのかどうかは確かめようがないが、
僕はたしかに、この鏡に憑かれている。
最終更新:2010年10月19日 17:20