転校生


作者:どらいも ◆5osweXTmkM


教室の片隅に、誰も使っていない席が一つだけある。

窓側の席の一番後ろ。
割と日当たりもよくてグラウンドの眺めもいい席なのだけれど、なぜかそこは座る生徒もなく席次表はいつも空白。
くじ引きで席替えをしても、やはりそこには誰も当たらない。
主のいない机と椅子は、風にたなびくカーテンに撫でられながら、いつもそこにたたずんでいた。

その日私は内科検診のため1時間目の授業を休み、ようやく学校へ着いたのは2時間目が始まった頃だった。
授業中の校舎は別世界のようにしんと静まりかえり、ノートをとる生徒たちのシャープペンが立てるかすかな音たちが、まるでノイズのように聞こえてきそうな気がした。
時折グラウンドの方から聞こえてくる、体育の授業で使う笛の音だけがようやく現実感を与えてくれて、私はひっそりとした廊下をなるべく音を立てないようにして進んでいった。

確か2時間目は現代文の時間だった。
案の定、私がそろっと教室のドアを開けると、板書をしていた担任でもある現国のT先生が「はやく座れ」とばかりに目で合図をしてくれた。
クラスメイトたちの視線を脇目に感じながら、私は目指す一番後ろの自分の席に向かった。

そののとき、私は初めて気がついた。
教室の一番後ろの私の席。その隣のいつもは誰も座っていないはずの窓側の席に、見かけない制服を着た女子が一人座っていた。
(…転校生が来たんだ……)
そう思い、私は彼女に軽くお辞儀をしてから、自分の席についた。
その女の子も私に気づき、にっこりとほほえみ返してくれた。
ぱっと見てかわいい女の子だと思った。
長めの髪をおさげにして、第一印象こそ派手な明るさは無かったが、控えめなでもはっきりとした目鼻立ちがいやでも人目を引く。
ホームルームでの紹介の時にはさぞかし男子たちが騒いだことだろうと、一人想像して私は思わず笑みがこぼれた。

2時間目の授業はまだ始まったばかりだった。
私は静かに教科書を広げた。
グラウンドからは、変わらず笛の音と生徒たちの喧噪が遠く耳に届き、T先生の声と板書するチョークの音が、退屈なリズムで教室を包んでいく。
初夏にしては風が涼しく、開け放された窓から差し込む涼風とほどよい日差しに、私は来て早々ついまどろんでしまった。

突然鳴った終業を告げるチャイムに、私はハッとなった。
(いけない…寝ちゃってた……)
転校生にいきなり格好悪いところを見られてしまった…と、私は左隣に座る女子の様子をうかがった。

「あれ――」
思わず間の抜けた声が出てしまった。
さっきまで私の隣に座っていたはずの、見慣れぬ制服の転校生の姿がいつの間にか跡形もなく消えてしまっている。
どこにいったんだろう……と、私は仲のいいクラスメイトに転校生のことを聞いてみた。
聞かれた友達はぽかーんとした顔で「転校生ってだれ?」と、私は逆に聞き返されてしまった。

そんなはずはない。2時間目の授業中、確かに私の隣にはお下げ髪の女子がいたはずだった。
まさか、私は寝ぼけていたのだろうか……。
何とも腑に落ちない気持ちで、私はその日一日を過ごした。

あれから、その女子を見ることは一度もなかった。
しばらくして、一度だけT先生にあの席のことを聞いてみたことがある。
T先生は何故か嫌そうな顔をして「どうしても気になるのだったら、席を変えてあげるから」とだけ言った。
あれはいったいどういう意味だったのだろう。

私は今でもよく思い出す。
あの転校生はいったい誰だったのだろうか。



【コメント】

本人じゃないけど実話をもとにして書きました