「一年の計は元旦にあるのよ!」
会長がいつものように小さな胸を張って何かの本の受け売り……ではなく格言を言っていた。
時季外れも甚だしいので俺は適当に相槌を打っておく。
「そうですねー」
俺の無感情な返事に会長は不満だったようで、いきなり俺の胸倉を掴んできた。
なんだ!?
これはヤン(キー)デレとでも言うのだろうか?
全然、迫力もないが俺にM属性はないし、会長がぐれてしまうと
俺のハーレム的にも大損害を被りかねないので早いうちに更生させなければ。
「会長、今俺が何かしても正当防衛ってことでいいんですよね?」
会長は一瞬怯んだように見えたが、すぐに虚勢を張る。
「う……で、できるもんならしてみろー」
こ、これはかわいいぞ。
でも、この人はちょっと危なっかしいな。
本当に危険な時に自ら進んで、その中へ飛び込んでしまいそうだ。
こういう状況は本意ではないので、俺は会長がツッコミやすいように紳士的に対応することにした。
「あ、それじゃここで襲って深夏《みなつ》たちが来ちゃったら嫉妬されちゃうんで、場所移動していいですか?」
しっかりくみ取ってくださいよ。
しかし会長はここで予想外の行動に出る。
「そ、そんなことされるくらいならこっちから襲ってやる!」
そんなこんなで俺と会長はくんづほぐれつ……ではなく、会長は短い脚で俺の股間を蹴り上げた。
「どうよ!杉崎!私の恐ろしさがわかった?」
「会長、俺は今まで会長のことを誤解していました」
会長の脚はだいぶ短いので、実はかすりもしていないのだが。
「ふふん、今更、思い知っても遅いのよ。杉崎はもう私に屈するしかないのよ」
何の根拠があってそう言っているのか知らないが、会長は自信満々にのけぞりながら主張した。
改めて思うが、この人、本当に子供だな。いろんな意味で。
「今までロリな会長はMだとばっかり思ってましたが、実はSだったんですね。
でも大丈夫です。俺はそんな会長を攻めてみたいですから」
「私はそんなキー君を屈服させてみたいわね」
不意に声が聞こえたので振り返ると、生徒会室の入口には
不敵な笑みを浮かべた知弦《ちづる》さんがこちらを見ながら立っていた。
その後ろにいる深夏と真冬《まふゆ》ちゃんはあからさまに引いている。
「鍵《けん》、お前の性癖なんて私にとっちゃどうでもいいんだが、流石にそれはないと思うぞ」
「真冬、先輩のことは確かに好きですが、ちょっと考え直したいと思います」
えと、みんないつから聞いていたの?
そしてそんな汚いものを見るような視線を俺に向けないで!俺にM属性はないんだからっ!
「それはそうと、」
何の弁解の余地も与えることなく、知弦さんはヤン(キー)デレと化した会長に質問を向ける。
「アカちゃん、どうしたの?いきなり元旦の話をしたと思ったら
今度はそんな暴力的になって……まるで別人みたいよ」
いろんなものに影響されやすい会長のことだから気にしていなかったが、
確かに何に影響されてもこうはならないな。いったい、何があったんだろうか?
直球で攻められた会長は顔を紅らめて俯いたまま、もじもじし出した。
「まさか、会長……」
「アカちゃん、もしかして……」
目が合う。どうやら知弦さんも俺と同じことを考えているようだ。
アレをすると女は変わるというのは本当だったのか!?
「アカちゃん、まさかとは思うけど……」
知弦さんが恐る恐る尋ねると、会長は恥ずかしがりながら呟いた。
「ごめんね。私、知弦より先に大人になっちゃったんだ……きゃっ、言っちゃった」
えと、その、なんだ。死んでもいい?もう俺、生きる希望を見失いました。
作品的には「絶望したっ!」とか言うべきなんだろうけど、そんな気力もないっす。
「なんだ、そんなことか。容姿は幼くても桜野ももう婚約できる年齢ではあるしな。そういうこともあるだろう」
いつものようにどこからともなく現れた真儀瑠《まぎる》先生が生徒会室の中に流れていた沈黙を破った。
「ただ、ライトノベルのヒロインとしてはあまり褒められた行為ではないな」
悲しそうに、真儀瑠先生は続ける。
「よって、『生徒会の一存』シリーズは終了することになった。
事が事だけに生徒会も解散となるそうだ。みんな、今までご苦労だった」
再び、沈黙が室内を支配する。
だが、会長はそうなる理由が理解できていないかのように困惑している。
「ど、どういうこと?なんで生徒会が解散しなくちゃいけないの?私は何も悪いことはしてないよ?」
「会長……それが世の中なんですよ。正直、俺もショックを受けています……」
「アカちゃん、それはしょうがないわ。そんな相手がいたのに気付けなかった私のミスだわ」
「会長さん、もう汚れちまったんだな。私は、受け入れるのにちょっと時間がかかるかもしれない」
「真冬もお姉ちゃんほどではないですけど、少し戸惑っています。
でもそれを抜きにしても、この措置はしょうがないと思います」
予想外の反応だったのか、みんなから責められて会長は動揺している。
「え、みんなどうしたの?そんなにいけないことだったの?」
「桜野、本気でそう言っているのか?もしそうなら、私はお前についての認識を改めなければならない」
「本気……ですけど。え、みんな、なんで?
私だってそのつもりはなかったけど、お父さんが『そろそろいいだろ?』って言うから、いいかなと思って……」
お父さん……だと!?
これは流石の真儀瑠先生も予想外だったようで、
会長以外の全員が驚愕のあまり何の言葉も発することができないでいる。
「きのうの夜、お風呂に入ろうとした時に言われたんだけど……え、おかしいの?」
生徒会室に漂っていた沈黙の空気が一際、濃いものとなる。
それはまあ、しょうがないかもしれないが、会話がないんじゃこの小説が成り立たないので、
俺は思い切って今まで秘めてきた秘密を打ち明けてみることにした。
「会長、いや、くりむ。今まで隠しててごめん。俺が、本当のお父さんだよ」
「てめーは黙ってろ!」
ぎゃふん。
間髪入れずに深夏の裏拳が炸裂した。
深夏、相変わらずいいツッコミだぜ。
最初の頃は手加減してくれてたのに最近は容赦ないな。
それも俺に怪我をさせて、『自分が怪我させちゃったから』とか言って、
一人で見舞いに来てラヴ度を上げようという作戦なんだろ?
まったく、独占欲の強い奴だ。でも、お前のそういうところ、かわいいぞ。
そんなことを考えながら見つめていると、
心は常にデレのくせに外面はだいたいツン状態の深夏は、ぷいっと顔を逸らしてしまった。
そうかそうか。愛ゆえとは言え、俺を傷つけようとしたのが忍びないのか。
でも安心していいぞ。俺はお前の多少歪んだ愛でもきちんと受け止めるから。
さて、深夏の好感度は順調に上がっているし、真冬ちゃんはほぼ攻略済みで、
会長はこう言っちゃなんだが、結構いい線いってると思う。バ……単純だし。正ヒロインっぽいしね。
だが、知弦さんは正直、それなりに頑張らなくちゃいけないと思う。
やはり当初の予想通り、攻略最難関はこの人だな。
今は会長のイベントっぽいが、ここらで知弦さんのポイントも稼いでおくとしよう。
「知弦さ――」
「キー君は黙ってて」
あう……。
どうしたらいいんだ。まさか、これはエロゲマスターたる俺への試練なのか!?
流石、知弦さんだ、そのSっ気、恐るべし。
ドSな知弦さんは俺に挽回の機会を与えることなく話し出した。
「アカちゃん、私はもう起きてしまったことをとやかく言いたくはないのだけれど、
一つだけ聞かせて。お父さんに言われた時、アカちゃん自身はどう、思ったの?」
知弦さんはいつになく真剣に尋ねたが、会長は大したことじゃないかのようにいつものトーンで答える。
「私の気持ち?うーん……まあ少しは嫌だと思ったけど、
私たちももう、高校生じゃない?自分でもそろそろかなーって思ってたし。それに最初は大変だけど、そのうち慣れるから大丈夫だと思って」
「それじゃ、後悔してないの?」
「後悔?あの気持ちよさを知ってしまったらもう辞められないなー。
そういう意味では後悔してるかも」
「か、会長!初めてなのに気持ちよかったんですか!?」
会長の衝撃発言にたまらず俺は大声で叫んでしまった。
最初から気持ちよくなるのはエロゲだけじゃなかったのか。
「う、うん……そうだけど。目が少し痛かったくらいで、あとは別に」
目!?まさか顔sy(自主規制)!?
あまりの過激さに衝撃を受けた俺が見やると、
知弦さんと深夏は普通に驚いていたが、真冬ちゃんは驚きながら顔を真っ赤にしていた。
二人は知らないのに真冬ちゃんはアレを知っていたのか。
まあBLとかやるしな。知識は多いのか。まったく、けしからん!えっちな子!大歓迎です!
あ、ちなみに真儀瑠先生は素晴らしくひきつった笑顔をしている。これはこれで珍しい。
みんなが何も言えないでいると、会長は「そういえば」と言って大人な質問を始めた。
「先生、気になってたんですけど、あれって目に入ったらやっぱり悪いんですか?」
「ど、どうだろうな?そ、その。わ、私は国語教師だからなー。す、杉崎は、そういうの詳しいんじゃないのか?」
「え、俺ですか?まあ、もちろん保健は常に一〇〇点ですけど。
その……体に触れるものだから特に害はないと思いますよ」
「そうだよね。でも今日は気をつけなくちゃ」
「え、今日も……ですか?」
「え~杉崎は毎日できないの~?軟弱だな~」
泣いた。俺の中の全男が泣いた!
俺が会長を満足させるにはドーピングしなければいけないのか!?
ちょっと、会長が怖くなってきた。
今発覚したハーレム運営についての懸案事項を泣きながら考えていると、
落ち着きを取り戻した真儀瑠先生が若さゆえの過ちを犯しかけている会長を諭し始めた。
「桜野。正直、驚いたがそういう年頃だからな。それ自体については口出しはしない。
でもな、毎日というのは聞き捨てならないな。自分のしていることが、
どういう可能性を持っているのかはわかっているだろう?その時、傷つくのはお前自身なんだぞ?」
「そんな大げさですよー。今までもしてきたんだから大丈夫ですっ」
「今までも!?お前、昨日が初めてだったんじゃないのか?」
「昨日は、『つけないで』したのが初めてって意味ですよ?」
もうみんな色々と絶望しました。
あのロリでお子様だと思っていた会長がこんなだったとは……。
俺たちが通報したら、会長のお父さんは捕まるよね?でも会長は特に嫌がることもなく、
それにこんなに健康で幸福そうに成長しているよ……。
それじゃ、その幸せを壊すのは悪いことなのかな?もう俺、よくわからないよ……。
深夏、どう思う?
あ、駄目だ。深夏の奴、石化してるや。
真冬ちゃん、どう思う?
あーこっちも駄目そうだ。BLな本で現実逃避してるや。
知弦さんはどう思いますか?
お、まともに会話ができそうだ……けど、目には涙が溢れている。
今までの蜜月が偽りだったってことだからな。そっとしておこう。
もうあなたしかいないんです。真儀瑠先生、どう思いますか?
て、あれ?あの人どこ行った?職場放棄しやがったな。俺も逃げたいです。
もう俺一人で何とかするしかないのか。
いつもみたいに『特に何もしない』じゃ、いけないんだろうし、
こういう時あの御厨《みくりや》君ならどうするんだろう?ちくしょう、単行本、破かなきゃ良かった。
会長を見る。
うん、ロリだ。みんなのおかしな様子を見て戸惑っている姿もかわいい。
でも、まさかあの会長が…………。
話しかけられそうなのが俺だけなので、必然的に会長は俺を見てくる。
完全に困惑した表情。「なに、私って何かいけないことしたの?」という感じで段々、泣きだしそうになってきた。
くそ。俺も男だ。ハーレムの主だ。どんな会長でも受け入れてみせるっ!
「会長」
「杉崎。みんなどうしたの?」
不安に満ちた表情で会長は尋ねてくる。
「みんな少し驚いただけです。でも安心してください。俺は、今までと変わりませんから」
「?」
決心して言ったのに反応がない。まだ言葉が足りないのか。
「会長!」
「へ?」
「確かに驚きはしましたけど、俺、それでも大好きですから!
会長が、処女じゃなくっても!」
会長は顔を抑えながら涙を流し、そして俺と抱き合い……かと思ったら、
「す、杉崎ーーー!不潔!な、なんで私が、その、しょ、しょ……じゃないのよーーー!」
顔を真っ赤にして、そんなことを言い出した。
「え、いやだって……ねえ?」
三人に同意を求めると、みんな頷いてくれた。それを見た会長は更に真っ赤になりながらその場にへたり込む。
「な、なんで?私ってそう思われていたの?」
「いや、俺たちもそんなこと全然思ってませんでしたよ。でも……」
「でも……って何?」
「その……会長、自分で言ったじゃないですか。『大人になっちゃった』って」
…………………………。
…………………………。
…………………………。
…………………………。
…………………………。
…………………………。
「えーーーーーーーーーーーーーーーー!?」
いや、あれだけためた挙句、そんなに驚かなくても。むしろこっちがそうしたいですよ。
「言いました……よね?」
「ちがーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーう!!」
その時、生徒会室が、いや、校舎全体が揺れたと思う。
「そう言ったけど、ちがーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーう!!」
ぜえぜえ息をついているのに会長はまた必死に叫んだ。
「え、何が違うんですか?」
「はあ、はあ……。私が……言ったのは……その、……『大人』ってのは……」
「「「「『大人』ってのは?」」」」
「聞いて驚かないでね。
『シャンプーハットを辞めた』ってことよーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!…… げほっげほっ」
再度、みんなの表情が凍りつく。
咳き込みながらも会長は自慢げな表情でこちらを見つめている。
会長のあまりの大人ぶりに俺たちがとんでもなく驚いているとでも思っているのだろうか?
まあ、違う意味でなら驚いているんだけど。
「どう?私のあまりの大人っぷりに、みんな言葉もないようね」
そう言われると、言葉ありありな俺たちは正直な気持ちを吐露した。
「ええ、アカちゃんはもう立派な大人よ。私、自分が恥ずかしいわ」
「ああ、流石は会長さんだな。まったく、敵わないぜ」
「そうですね。二つも年下の真冬なんかじゃ足元にも及ばないです。してやられました」
「会長。やっぱり、会長は会長なんですね」
会長は満足したようで、小さな胸を張って威張っている。
俺は、今日くらいは(想像で)会長を靴下だけ残しの全裸にするのはやめとこうと思う。神聖なお胸は守られたのだから。
みんな、暖かい気持ちになっていた。
今日も生徒会は平和だ。
本日の結論。みんなの貞操は俺が守る。
…… 余談だが、途中で姿を消した真儀瑠先生は意外にも教師の自覚があったらしく、
その日の夜に会長の家に殴り込んだ。
会長のお父さんは多少の怪我を負ったが、
会長の必死の呼びかけで真儀瑠先生は戦意喪失し、とりあえず事なきを得たそうだ。
現実から逃げずに正義感溢れる行動を見せた真儀瑠先生は今も真相を知らず、
「私は生徒を救いたいだけなんだ!」と言っているらしい。
塀の中で。
そりゃそうですよねー。かわいそうだけど。