鍵が死んだ。
たったそれだけのことで、あたしの心は砕かれた。
体に力が入らない。立ち上がることも出来ない。拳を握ることも出来ない。走ることも出来ない。
あたしはただ亡骸となった鍵の体を抱きしめていた。まだ、ぬくもりが残っている。
「なぁ、鍵。どうしてあたしには愛しているって言ってくれなかったんだよ」
鍵はもう何も言わない。愛していると言ってくれない。好きだと言ってくれない。抱きしめてもくれない。撫でてもくれない。
「鍵がそんなことするからあたし会長と真冬を消したくなっちゃったよ」
自分でもこんな声が、こんな言葉が出せれることに驚いた。
「え、あたし一体何言っているんだよ。う、うぅ、鍵、お前のせいだぞ。お前があたしに優しくしすぎたからあたしは壊れたんだ」
生きていたらきっと鍵はあたしを抱きしめてくれたはずだ。
涙が自然とこぼれてきた。もう鍵は死んでいるんだから泣いたっていい。でも、それは鍵の死を理解することだった。
「うぅ、なんで一人で戦ったんだよ」
そう言って気づく。鍵を一人にしたのはあたしだ。その悔いがあたしの目を真実に向けさせた。
あれ、どうしてあの時鍵はあたしを止めなかったんだ。
鍵はあの時驚いたような表情をした。それは藤堂先輩にあったところでなにも解決しないことを知っているから。
でもそれならどうして止めなかったんだ。鍵は藤堂先輩に会うべきだと思っていたってことだ。
そもそもあたしがここに来たのはあのメモ用紙を見て、生徒会に憎しみを持っている人で藤堂先輩を連想したから。
そしてそこには鍵がいた。
鍵はなぜか巡と守と善樹を手に掛けた。それは鍵は黒幕が誰かなのか知っているってことだよな。
それなのにあたしを新聞室へと行かせた。そもそも鍵も行くように言った。
あたしは鍵が最後に書き残した文字を見た。DX。
これはダイイングメッセージだよな。鍵はあたしに何かを伝えたかった。それも文字で。
だったらどうして話さなかったんだ。いや、鍵も藤堂先輩と同じようにマイクをつけられていたのかもしれない。
つまりこれが鍵が一番伝えたかったことか。
あたしはヒントがないか鍵との会話を思い出してみた。
「まさか、そんなことで? いや、でもそれなら鍵の態度も説明がつく」
そして鍵がなぜ新聞部へと自分の命を捨ててまであたしを行かせたか考えた。
それはずばり鍵が知らない情報を藤堂先輩が知っているから。そしてそれは黒幕に繋がっている。
鍵と同じようになにか模様でも会ったか考えたけど、あの人は磔にされていた。
ならば言葉? でもマイクで。
「いや、まてよあの会話を文字にすれば」
藤堂先輩の発言を文字にすれば隠されているなにかが分かるのではと思い書こうとした。
でも、無理だった。
「会話なんていちいち暗記しているか」
いい発想だと思ったけれど無理だった。メモでもとっていれば何かが変わったのかもしれないけれど。
藤堂先輩との会話を思い出しても幾つかのことしか思い出せない。
「待てよ、なんであたしの名前を連呼したんだ?」
藤堂先輩は必要以上にあたしの名前を連呼していた。あの時に言った言葉が関係あるのか?
印象づけさせたことが関係あるのかもしれない。
「たしかあの時はフフフッと笑われて、驚いたことを指摘されて、鍵のことを言われて、ええって肯定されて、何をすべきかって活を入れられたんだよな」
最初の言葉はふ・お・か・え・なだ。
「ふおかえなってなんだよ。一体なんなんだよ!!」
分からない。鍵の方がよっぽどわかりやすかったぜ。
「違う、そうか」
「下校時間まであと五分。真冬ちゃんも藤堂さんももう駄目みたいね」
「それはどうかな」
あたしは力強く扉を開けた。勢いが強すぎてまたガラスが割れた。今日二枚目だ。
でも、そんなことは後回しだ。今は此の人をどうにかしないといけない。
「見つけたぜ、黒幕。いや、紅葉先輩!!」
あたしは保健室にいた紅葉先輩を指さした。
「いや、もう先輩なんて呼ばねぇよ。紅葉知弦!!」
「人を指で指す上に先輩を呼び捨てなんて深夏、覚悟は出来ているわね」
一歩、たった一歩紅葉先輩が近づくだけであたしは全身が凍りつくような感じがした。
この人は強い。それなりに強かった四天王よりも。あたしの攻撃をほとんど無効化した鍵よりも。
あたしが今まで戦ってきた敵の中で誰よりも強い。
「それにしてもよく気づいたわね。あたしが保健室に居るのを知っているのは藤堂さんだけのはずだけど」
「藤堂先輩が命がけで教えてくれたんだ。気づかないはずがないだろ」
知弦さんは首をかしげた。それは違和感があった。行動がどうとかと言うより紅葉知弦の目に違和感があった。
「おかしいわね、ここでキー君と藤堂さんの発言を聞いていたけど保健室なんて単語一度も出てこなかったわよ」
「さすがの紅葉知弦でも分からなかったか」
「そうね、藤堂さんが深夏の名前を連呼していた時かしら」
「!!」
「ドンピシャね。あの時の第一音はふおかえな。意味にならないわね。ローマ字に表すとHU・O・KA・E・NA。さらに頭文字をとればHOKEN、保健室ってことかしら」
あたしが気づくのに手間取った藤堂先輩の暗号をこの人は即座に問いた。
頭の回転が速すぎる。
「まあ、私の居場所を教えたあの裏切り者の命は必要ないわね」
そう言うとおもむろに紅葉知弦はポケットからスイッチを取り出した。それがなんなのか予想がついた。
「まさか」
「そのまさかよ、深夏」
知弦さんがスイッチを押すと離れたところで爆発音が聞こえた。
「藤堂先輩!!」
「深夏、うるさいわ。それに死んではいないわよ。まあ釘で刺されていた両手両足は吹き飛んだかもしれないけれど」
知弦さんは笑顔でそんな事を言った。この人は他人の痛みが分からないのだろうか。
「そうね、藤堂さんはあのルックスだから言い値で売れるわね。現役女子高生の奴隷人形、私が欲しいくらいだわ」
そんなことを聞いたときにはもう、体は動いて知弦さんを攻撃してた。
だけど鍵だって追いつけないほどのスピードなのに知弦さんの攻撃が炸裂した。
「遅いわよ、深夏」
「痛ッ、鞭か」
「よく見えたわね。鞭の使いは達人級の積りだけど」
鞭の方がリーチがある分このまま戦えばあたしは不利だろう。だから言葉を使うことにした。
「知弦さん、鍵は死んだんだぜ。あたしの刺客として放ったあんたの部下の手で」
「ええ、知っているわ。あとでキー君を取りに行くつもりよ」
鍵にはやっぱりマイクがつけられていた。そして鍵が死んだのにこの人は冷静だった。
「鍵に何をするつもりだ。鍵は死んだんだぞ!!」
「そうよ、だから私のコレクションに加えようと思ってね。まあ、アカちゃんには劣るけれど」
「会長さん」
「そうよ」
知弦さんはベッドに近づいていって、カーテンを開けた。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんさい」
そこにはゴスロリのような衣装を来た会長がいた。でも、その瞳は恐怖で凍り付いている。怯えきった小動物のようだ。
「もう、目の前で真儀瑠先生を殺したらこんな風になっちゃたのよ」
さり気なく言った言葉に驚いた。真儀瑠先生が死んだ?
「ああ、深夏にはまだ言っていなかったわね。真儀瑠先生は一番厄介だから私が最初に殺したわ。あとはキー君に任せたけど」
善樹達のことだろう。やっと違和感の正体に気づいた。知弦さんは狂っている。狂気でおかしくなっている。
「許せねぇ。紅葉知弦、あんただけは死んでも許せねぇ」
「なら、お望みどおり殺してあげるわ。その心を殺してあげる」
知弦さんは懐から一本の注射器を取り出した。
「これが解毒剤よ。でも、これはここには一本しかないの。深夏はどうする?」
「え?」
「だってそうでしょ。真冬ちゃんと藤堂さん。二人とも同じ劇物を受けているのよ」
『お姉ちゃん』『椎名深夏』
ふたりのことが頭に浮かんだ。
でも、あたしは。
「…… 真冬」
「ふーん、酷いわね。藤堂さんに助けるとか言っておいて見捨てるんだ」
此の人の魂胆は分る。あたしの心を追い詰めるつもりだろう。
「それでも、あたしは真冬を助けたい。エリスちゃんには一生かけてでもあたしが償う」
「そう、いい覚悟ね。はい、解毒剤」
知弦さんはあっさり投げつけてきた。
「あぶね、落ちたらどうするんだよ」
知弦さんはにこやかなままだ。でも、それよりも真冬が大事だ。あたしは急いで生徒会室に向かおうとした。
「あら、キー君との約束はいいの。アカちゃんを助けたことにはならないけれど」
鍵はあたしに会長のことを頼んだ。その約束を反故にして真冬を助けようとしている。
ごめん、鍵。時間が無いんだ、許してくれ。あたしは心のなかで鍵に謝って真冬の元に急いだ。
「ふふふ、深夏は仲間を見捨てて身勝手な方を選んだのね」
生徒会室の扉が開かれた。
「こんにちは? いや、もうこんばんはかしら深夏」
生徒会室にやってきたのは知弦さんだった。
でも、もうどうでもいい。
「あら、何も言ってくれないの」
「……何をしに来たんだ」
「酷いわね。そうね、身勝手な人間の末路を見に来たって言ったら」
「ふざけんなっ!!」
立ち上がって知弦さんに掴みかかった。
「なにが解毒剤だよ!!」
あたしは後ろに指さした。
そこには冷たくなって横たわる真冬がいた。
「真冬は死んだ!!」
「そうね」
「どういうことだよ!! あれを打てば助かるんじゃなかったのか?」
解毒剤を打っても真冬の様態は相変わらずだった。
すると知弦さんは笑みを浮かべて答えた。
「あら、私がいつその解毒剤を二人に打った劇物の解毒剤だなんて言った?」
全身から血が抜けていった。
へたり込むあたしに知弦さんはかがんでいった。
「あのね深夏、私は嘘は一言もいっていないわよ」
「え?」
「本当よ。その薬は私は一本しか持っていないしそれが解毒剤なのも本当よ。でもね、二人に使った劇物の解毒剤なら私はちゃんと二本持っていたの」
そういって知弦さんは懐から二本の注射器を取り出した。
「嘘だろ?」
「本当よ。どうして嘘をつく必要があるのかしら」
「そんな……」
「それに嘘つきは深夏の方よ」
知弦さんは立ち上がってあたしを見下ろしながら行った。
「だってそうでしょ。藤堂さんを見捨てて、キー君との約束を破って真冬ちゃんのところへ行った。嘘つきじゃない」
「だって、真冬は、あたしの妹で」
「身内可愛さに見捨てられた二人はかわいそうね」
「仕方ないじゃないか!! そもそもあんたが」
「怖いわね。でも、今の深夏はただの最低人間ね」
そう言われて心が壊れた。
「あら、もう壊れちゃったの。つまらないわね。まあいいわ、良く聞いて深夏。そんな最低人間の深夏でも許される方法があるのよ」
「どう、すれば」
「紅葉知弦の奴隷になるの。そして一生を仕えて過ごすの」
「知弦さんの、奴隷。知弦さんの、奴隷」
「御主人様よ、奴隷深夏」
「……はい、ご主人様」