鍵の血が頬に当たったときあたしはようやく反応できた。鍵の肩からは血があふれていた。
「鍵!!」
「ぐふっ、深夏、ケガはないか」
「あたしは鍵がかばってくれたから、それよりもお前」
「大丈夫だ、これくらい」
鍵はそう言って振り向いた。あたしもその方向を見た。
そこには雪原にでも行くような装いをした男がライフル銃を構えて立っていた。
ドンッとまた撃ってきた来たけれど、なんとか躱した。
「お前は、四天王最強の男バイアスロンマスターM!!」
バイアスロン。クロスカントリーとライフル射撃を合わせた競技。
「気をつけろ深夏。こいつは碧陽の地下を牛耳っていたバイアスロン部の精鋭を全滅させた男だ」
「……うちの学校、バイアスロン部なんてのもあったのか?」
「ああ、銃刀法があるから隠れてやっていたらしい。深夏、次来るぞ」
鍵はあたしの腕をひっぱって横に飛んだ。
銃声が響き、銃弾が掠めた。
そして近くの教室に転がり込んだ。
鍵の止血をしながら、さっきの男のことを聞いた。
「銃は反則じゃないのか、鍵」
「全くだ。だからこそ四天王最強なんだけどな」
「ちょっと待て、鍵。四天王はお前があたしへの刺客に放ったんじゃないのか」
「元々は別件で制圧した学校の部長連合だったんだけどな。今回の件でお前に刺客として向けられたんだ。でもこの男はそれを放棄して、学校を取り戻すために立ち上がったんだろうな」
「いや、おかしいだろ。そもそも制圧したってなんだよ、制圧って」
「何いってんだ、生徒会の世界戦略の初手だって会長……すまん深夏。お前が知っていいのはここまでだった」
「あれって本気だったのか会長さん。そしてもう制圧しているの」
ドンッ
鍵への声は銃声でかき消された。
「深夏、お前は先に行け。ここは俺が抑える。お前は先に新聞部室へ行け!!」
「分かった。全て終わらせてくる」
囮になる鍵にそう告げると鍵は驚いたように振り向いた。
どうしてそんな表情をするんだろう。
生徒会に憎しみを持っている人といえば藤堂先輩だ。あの人が犯人だ。
それなのにどうしてそんな表情をするんだろう。
「そうか、そうだったな。ここは俺に任せておけ」
「ああ、後ろは頼むぜ鍵」
「任せろ。そして、愛してるぜ深夏」
「な、馬鹿っ」
鍵はたった一人でMの下へと向かった。
あたしは藤堂先輩を倒すために新聞部室へと向かった。
あの人のことは嫌いじゃない。あの人のことは好きってほどじゃない。
でも自分のすることに全力で取り組む姿は好きだった。だからショックはある。
「でもあたしは許せない。もう、許そうとなんて思えない」
鍵の戦いは激しさを増している。銃声がなんども響いて、人を殴る音が聞こえた。
でもあたしは鍵を信じている。だからガス欠の体もまだ動いている。
「あたしが藤堂先輩を倒す。そして皆を守る」
目の前には新聞部室の扉。そしてそれを力強く開ける。
全てを終わらすために。
「藤堂先輩、覚悟!!」
勢い良く扉を開けるとはめ込みのガラスが割れた。
藤堂先輩と最悪肉体言語で語るつもりで部室へ入ったあたしはそこで立ち尽くした。
目の前の光景が信じられない。
「フフフッ、ようこそ椎名深夏」
藤堂先輩は力なく声を掛けた。でもあたしはその光景に圧倒されて何も言えない。
目の前には十字架に張り付けにされた藤堂先輩がいた。
両手と両足首に釘を打たれて磔にされていた。その痛々しい様は彼女の美しさをある意味で映えさせている。
美人はそんな姿でさえ美しいのかもしれない。
でもそんなことよりもあたしは驚いていた。
なぜなら藤堂先輩はこの事件の犯人だからだ。犯人である藤堂先輩をあたしは倒さなきゃならないはずだ。
「なんで藤堂先輩が」
「驚いているようね、椎名深夏」
「だって鍵があたしの前に立ちはだかってまで」
「彼は一度でも私が黒幕と言っていましたか? それは貴方の勝手な妄想ですよ、椎名深夏」
藤堂先輩はそう言って辛そうに笑みを浮かべた。その笑みは全てが崩れて良くあたしを見透かしているようだ。
体から急速に力が抜けていって、あたしは両膝を突いた。
「そんな、ここまで来ることは無駄だったのかよ!!」
「ええ、無駄ですわ。椎名深夏がそこで立ち尽くしている限り」
藤堂先輩に言われてあたしは立ち上がった。そうだ、あたしは座り込んでいる暇なんてないんだ。
「何を成すべきか、それはあなたの頭で考えなさい、椎名深夏」
「ありがとう、藤堂先輩。あたし何をしているんだろうな。今、助けるよ」
そういうと藤堂先輩は首を横に振った。
「私に近づかないでください。爆発しますよ」
「え……」
「一定以上近づいたら爆発するように…… く、意識が」
「藤堂先輩顔色が、まさか藤堂先輩も」
藤堂先輩の足元にそれはあった。真冬に使われたのと同じ型の注射器があった。
「この毒は体に回ると激痛が走って気が弱いものでは意識を失ってしまいます」
「じゃあ真冬の意識がなかったのはそのせいか。でも、どうしてそんな事知っているんだ」
「よく気づきましたわね。この薬の開発には私も関わっています」
「開発って、一体どういう事なんだよ」
「私が言えることはここまでですわ。あとはご自分で調べなさって。ここにはマイクがあるから下手なことを言えませんの」
藤堂先輩の顔色は真っ青だった。もう限界みたいだ。
「最後に一つだけ。真冬と藤堂先輩はあとどれくらい持つ」
「あら、私の心配までしてくださるの」
「当たり前だろ、目の前で苦しんでいるのに助けない理由なんて無い」
「優しいのね。下校時間。若干の差はあるでしょうが、多分それまででしょうね」
「そんな、あと10分もない」
時計を見ればリミットは迫っている。
「さあ、急ぎなさい。そして妹を助けなさい」
「ああ、藤堂先輩も必ず助けるから待っていてくれ」
あたしはそう言い残して藤堂先輩に背を向けて走った。
「……正直で優しい子ね」
藤堂先輩に別れを告げたあたしはいつの間にか銃声が鳴り止んでいるのに気づいた。
急いで鍵の下に駆けつけると、そこにはぐしゃぐしゃになったMの死体があった。
「鍵!!」
その傍らに鍵は立っていた。
「深夏……」
振り返って笑顔を見せたのもつかの間鍵はその場に倒れた。
「鍵、おい大丈夫か」
「悪いな、深夏。もうだめみたいだ。頼む会長を助けてくれ」
銃弾で打ち抜かれた鍵の体からは血が流れていた。
どれだけ抑えてももう血は止まってくれない。
「分かっているよ、それよりも止まれよ、止まってくれよ、鍵が、鍵が死んじゃうだろ」
「もういいよ、深夏。せっかく髪を解いて美人なんだから笑ってくれ」
「何いってんだよ!! お前が死んだら意味ないだろ」
鍵は安らかな表情を浮かべていた。
「そうか、ありがとう深夏」
「鍵、しっかりしろ。なぁ鍵」
「深夏、会長に会ったら言ってくれ、愛している。守れなくてごめん。真冬ちゃんには好きだよ。幸せになってくれ」
「そんなの自分であって伝えろ!!」
「知弦さん、気づけなくてごめん」
鍵はそう言い残して息を引き取った。
最後に血のついた指で床に「DX」と書いて。
「こんな感じかしら。あら、どうして皆そんなに引くの」
紅葉先輩は笑顔でそんな事を言った。でも、アタシたちはそんなことを笑顔で言える先輩から遠ざかっていた。
事の始まりはなんだっただろう。
「ペンは剣よりも強し!! 文字は人の心を満たす人類の至宝なのよ!!」
そんな事を会長さんが言い出したのが始まりだった。つまり生徒の活字離れを防ぐために、心を惹きつけるような小説を作ろうということだった。
最初は真冬と鍵が執筆していた。でも、真冬の書いた小説はさすがのあたしも真冬との関係を斬ることを自問するような濃いBL文章で有害図書指定で会長さんが燃やした。鍵の書いたものはハーレム実現計画とか言うヤバめのものだからその場で会長さんが破った。
書きなおすように会長さんがいっても此の二人は聞かなかった。
「BL以外の文章なんて真冬は認めないのです!! 生徒の皆さんが欲しがっているのは強気の受けが年下の攻めに責められて堕ちて行く王道ストーリーですよ」
「会長!! どうしてこの俺の崇高なるハーレム計画を理解してくれないのですか!! 生徒が待っているのは肉欲を貪る淫らな話ですよ」
「とにかく二人の案は却下!! これは全年齢対象なんだよ。十八禁じゃないんだよ。二人のは単なる有害図書だよ」
会長さんは二人に言い返したけど、最後には会長に詰め寄り始めたのであたしが取り押さえた。
「いい加減にしろ、駄目に決まっているだろ!! 生徒たちが待っているのは悪の組織に支配された碧陽を取り戻すべく立ち上がる一人の女子高生戦士椎名深夏の話に決まっているだろ!!」
このとき会長さんがあたしを見る目が、二人を見る目と全く同じだったことはとても心外だった。
「はぁ、こういうときは深夏も二人と同類か」
ため息混じりにそんな事さえ言われてしまった。
そこへ紅葉先輩が立候補したんだ。
「じゃあ、私が書くわ」
「え、知弦が? 珍しいね」
「そうね、三人の姿を見ていたら私も書いてみようかなって思って」
「そうなんだ、じゃあ頑張ってね」
それが前日の話だった。
そして紅葉先輩が持ってきた作品を読んであたしは全身の血が引いていくのを実感した。
「どうしたの深夏、顔が真っ青よ」
鍵が笑顔の紅葉先輩が怖いと言っていたのが今はよくわかる。此の人の笑顔は怖すぎる。
「あの、紅葉先輩……その、あたしのこと」
「どうしたの?」
「何でもありません!!」
その顔は笑っていた。でも声は極寒の地に放り出されたような寒さを含んでいた。
恐怖心で体が動かなくなっていると、後ろから視線を感じた。
(深夏、こっちに来い!! 一人で知弦さんの相手なんて無理だ)
(うわっ、なんだよ鍵)
(なにって、ただのアイコンタクトモードだ。気にするな)
声に出さないのに何故か鍵の考えが伝わった。一体いつの間にあたしと鍵はテレパシーや念話が出来るようになったのか気になるけれど、この恐怖から逃れるのが先だ。
鍵のところへ下がると会長さんと真冬はガクブル震えていた。
そして鍵と知弦さんに聞こえない程度の声で話した。
「しかし、鍵。なんで紅葉先輩はこんな文章を」
「それは文章中に俺のダイイングメッセージとして書いていただろ? それに気づいた会長と真冬ちゃんは今こんなに震えているんだよ」
「……やっぱりあれなのか。DXってDXパックのことなのか」
「それ以外ないだろ。現に文章中の深夏もそんな事でって驚いているじゃないか」
鍵は自分は関係ないと思っているからか、案外余裕そうだ。
「DXパック特典の碧陽学園公認4大グッズ。知弦さんだけないからな。会長が二つ、真冬ちゃんが単体で一つと深夏とセットで一つ」
「仕方ないだろ、知弦さんはまだ顔が公に知られるのは嫌だって言ってたんだぜ」
最初は一人一つの予定だった。でも色々あってこんなふうになった。
「それが扱いの差に出ているんだろうな。真冬ちゃんはセリフなしで最後は深夏に殺される目に遭っているのに対して、会長は目の前で殺人を見て怯えて知弦さんに愛でられているだけで済んでいる。深夏は精神崩壊か」
「それはあれか、鍵でいう好感度の差だろうな。でも、じゃあなんで鍵は殺されるんだ」
「これは深夏主人公だからお前の言っていた熱血展開で進んだ結果だろ。グレンラガンのカミナとか感覚で」
「いや、お前に兄貴ほどの熱さはない」
鍵と兄貴では天と地の差があるのにきづいていなのか?
「さっきから二人で何を話しているのかしら?」
((気づかれてた!?))
知弦さんはやっぱり笑顔、いや顔を引きつらして無理矢理な笑顔のままゆっくりと近づいてきた。
会長さんと真冬は恐怖で怯えきっていた。
「あ、あの知弦さん。この作品熱血展開ですね」
般若になり変えている知弦さんに鍵は真正面から挑んでいった。鍵、今のお前は格好良いよ。
「そうね、深夏を主人公にしているから。まぁ、深夏のように中二病全開の話は私には書けないけど」
グサリッ、あたしの心に太くて長い槍が突き刺さった。
「それを言ってはいけませんよ知弦さん。美少女の夢は壊してはいけません。たとえそれがどんなに実現不可能な妄想だったとしても」
ズサッ、鍵はあたしの心に突き刺さった槍を力づくで抜いた。あたし今ここで精神崩壊を起こすぞ、鍵。
「ところでこの作品はいいんですが、ちょっとダメな部分があります」
「あら、どこかしらキー君」
鍵は真剣な表情で知弦さんに語った。
「それは最後の深夏にご主人様と呼ばしたことです。このご主人様にはなんの価値もありません」
「…… はぁ?」
もっと前におかしいところはあるのに鍵はスルーした。
「どういうことかしら。それともキー君は奴隷深夏になんの感慨もないのかしら?」
「ありませんね。奴隷の深夏なんて俺のハーレムに必要ありません。俺が欲しいのはこの深夏なんです」
鍵はいいことを言っているような気もするけれど感動出来ない。すると鍵は突然振り向いて、肩を掴んで言ってきた。
「深夏、ご主人様って言ってくれ」
「な、何言っているんだよ、そんな恥ずかしいこと」
「いいから言ってくれ」
鍵の目は凄いマジだった。後ろにいる知弦さんの眼光も鋭い。恥ずかしいけれど言わないといけないみたいだ。
「い、一度だけだからな。ご、ご主人様!!」
そういうと鍵の体が震えた。知弦さんは目を見開いていた。
「き、聞きましたか知弦さん!! あれが普通深夏のご主人様なんですよ!!」
「なんて破壊力。私や真冬ちゃん、そしてアカちゃんが言ってもこれほどの破壊力はないかもしれないわ」
「ですが、知弦さんは深夏の心を破壊して奴隷に仕立て上げた。心の壊れた深夏のご主人様はマシュマロの弾丸よりも破壊力がありません」
「キー君の言う通りだわ。深夏は深夏だからいいのよね。私もまだまだだわ。キー君と違って奴隷にしたら魅力が激減するだけよ」
「そうです、それでいいんですよ知弦さん」
鍵は目に涙を浮かべて感極まった様子で紅葉先輩に同意していた。自分を奴隷にする発言は聞かなかったのだろうか。
一方の知弦さんは書いた話を破り捨てていた。
「私もだめね。キー君にいわれて気づくなんて」
「いえ、人は誰しも間違いがあるものですよ。それに気づいて反省することが出来る知弦さんはもっと上に進めます」
鍵と紅葉先輩は二人の世界に入りかけていた。珍しい組み合わせだからか、なんかイラつく。
真冬と会長さんはまだ恐怖で凍り付いているみたいだ。あの二人二つも作っていたからな。
「なぁ、紅葉先輩。ひとつ聞いていいか?」
「なに、深夏」
「なんであたしが主人公で、こんなBAD ENDになるんだ」
DXの恨みといえばわかるけれど、やっぱり納得が行かない。
「それは簡単よ。アカちゃんだとこんな感じに進まないし見た目的にもあまりにも酷すぎるでしょ。真冬ちゃんも同じでやりすぎるとビジュアル的に悪いでしょ」
確かに幼女が主人公でダーク展開ってまりんとメランじゃないんだからな。それに病弱キャラを虐めるのも見た目的に酷い。
「それに対して深夏なら自由に動かせるし、活発なタイプだからイメージも損なわない、そしてキー君ほどポジティブじゃないからどんどん堕ちて行ってくれるからよ」
「紅葉先輩、あたしなんかしたか? そんな嫌われるようなことしたか」
「いいえ、嫌っているな主人公になんかしないわよ。だってキー君のダーク展開は需要が少ないじゃない」
「需要!? そんな理由であたしはこんなエンドになるのかよ」
「ええ、そうよ」
知弦さんはいつものように言った。
「はいはい、アカちゃんもいつまでも凍ってないで。もう怒っていないわよ」
手を二度叩いて知弦さんがそう言えば会長さんは涙を流しながら紅葉先輩に抱きついた。
「ち、ちづりゅー」
「よしよし、でも何をすればいいかは分かったでしょ」
「うん」
「人は平等であろうとするべきなのよ。そのための努力を惜しんではいけないのよ!!」
会長さんはいつも通り名言を言った。
「さて、もう遅いし帰りましょうか」
「そうですね。お姉ちゃん帰ろう」
いつの間にか回復していた真冬は帰り支度を始めた。
でもあたしは知弦さんの言葉が脳裏から離れなかった。
ポンと肩に手をおかれた。
「け、鍵!!」
「その、深夏。俺はお前の味方だから」
その表情にはいつもじゃない哀れみが含まれていた。
「なんか、展開が急すぎてついていけないんだけど」
「それは分かるぜ。深夏が分からないのは仕方ない」
「あ、そうだ深夏」
会長さんは帰ろうとしていたのに振り返ってあたしに言った。
「あれに書いてた事実、外に漏らしたらだめだからね」
「え、ああ、分かった。って、会長さんどこが事実なん」
「それでは、本日の生徒会終了」
決めポーズを決めて、会長さんは帰っていった。
「碧陽学園生徒会、本日もいつも通りに終了」
「いつもどおりじゃねぇ!!」
END
おまけがあと一つ。そのうちに