「風邪は万病のもと。侮ってはいけないのよ!」
会長がいつものように小さな胸を張ってなにかの本の受け売りを偉そうに語っていた。
……大きなマスクで口を覆い、真っ赤な顔で、こほこほと可愛らしく咳き込みながら。
「風邪も侮っちゃいけませんけど、その風邪になることを考えてはなかったみたいですね」
「……うん」
珍しく素直に頷いたあと、再び咳き込む会長。……結構本気でやばいんじゃないか?
ちらりと知弦さんに視線を送る。すると知弦さんは一つ嘆息して、話し始めた。
「ここ数日、体調は悪かったみたいなんだけど、アカちゃん追試に忙しくてね。とうとう今日、ここまで拗らせたわけ」
『ああー……』
「そこ! 全員して頷かな……けほっ!」
どうやらここ数日、会長が生徒会室に現れなかったのは追試のせいだったらしい。……にしても。
「会長、無理せず帰った方がいいんじゃないですか? どうせしばらくイベントらしいイベントとかもないし、今日だってきっと駄弁ってるだけで終わりますよ?」
「うー、それもそうなんだけど……。活動するしないは別にして、会長が生徒会を休み過ぎるのは、やっぱり駄目だと思う」
……会長、今すげえいいこと言った。言ったんだけど、全員ツッコまずにはいられないことが一つ。
「追試がなければ、一日くらい休むのは平気で許されるんですけどね。会長、タイミング悪すぎ」
「それが分かってるからこそ、帰りづらいんだよぅ。………こほっ」
追試に関しては完全に自己責任だが、うむ。どうやらその自覚はあるらしい。となると、しっかりと説得して帰らせるのが一番だろう。他の三人も同じことを考えているらしい。まず最初に、深夏が提案する。
「会長さん。今日だけ会長さんが休むのと、あたしたちにも風邪が移って長期間生徒会が活動できなくなるの、どっちがマシだと思う?」
「………私が、今日休むだけの方が、いいよね」
「じゃあ話は早い」
「でもでもっ!」
深夏が言ったのは正論。そして普通なら反論のしようがない、この状況に一番相応しい台詞だった。それでも会長は真っ赤な顔で食らいつく。
……もちろん生徒会役員全員が風邪で休み、なんて事態は避けなきゃないんだけど、それ以前に、俺たちは純粋に会長のことが心配なんだ。深夏だって、それが分かっているからこそ、早く帰らせようとしているわけで。未だ口論を続ける二人を尻目に、俺は知弦さんと真冬ちゃんにアイコンタクトを送った。
「(どうします、これ。俺には実力行使で帰らせる以外の方法が思いつかないんですが)」
「(真冬もです。会長さん、頑固で真面目なところがありますから、このまま放置してたら風邪を余計に拗らせるだけです)」
「(そうなのよねえ。基本的に適当なのに、変なところで頑固な子だから、扱いが難しいのよね)」
「(知弦さん、何かいい方法無いんですか?)」
「(あればとっくにやってるわよ…………、あ)」
「(? 紅葉先輩、何か思いついたのですか?)」
「(ええ、これならいけるかもしれないわ。ちょっと私に任せてみて)」
というわけでアイコンタクト終了。俺も真冬ちゃんも、会長と口論していた深夏ももはや知弦さん任せ。今回は全員、やたらと諦めが早かった。ま、知弦さんなら大丈夫だろう。アカちゃん、と知弦さんが会長に語りかける。
「どんな病気も忘れられる、白い粉薬があるのだけど………」
「ちょーっと待てーい!!」
「あら、どうしたのキー君?」
「どうしたもこうしたも、確実にそれ危ないものでしょう! 風邪であることは忘れるかもしれませんが、会長がヤバい方向に染まっていくでしょう、それ!」
「大丈夫よ、キー君。ただの睡眠薬だもの。眠らせたらもう、こっちのものよね」
「そういう問題ですか!?」
「それにほら、アカちゃんを見てみなさい? 心配しなくても、この薬はアカちゃんには飲めないわよ」
「へ?」
言われて会長の方を見ると、少し縮こまって何か呟いていた。……よく聞くと、粉薬は口の中に残ったり咽たりするから駄目で、カプセルは大きすぎて飲み込めないから駄目で、錠剤はすごく小さいのでなきゃ飲めないとかなんとか。……ああ、そうか。会長、薬とか駄目そうだもんな。家では親に飲ませられてそうだ。そして飲んだら褒められてそうだ。
「ま、真冬から提案があります!」
薬という単語に怯える会長に俺たちが萌えている中、がたっと椅子から立ち上がる真冬ちゃん。何か思いついたらしい、その瞳は自信に満ち溢れていた。けど正直、あまり期待はしていない俺たちなのである。
「ゲームに没頭していれば、そのうち風邪をひいていたことも忘れられます!」
「それも駄目! 非常に、体によろしくないよ真冬ちゃん!」
「何故ですか! 真冬は風邪をひいて学校を休んだ時、ずっとゲームをして翌日には元気に登校したというのに!」
「それはきっと特殊な人種にのみ適応されるんだと思う! 少なくとも、会長にやらせたらただただ悪化する!」
「せ、先輩は、真冬が特殊な人間だというのですか!」
「少なくとも普通の人の解決手段ではないと思う!」
「……分かりました。ゲームは譲りましょう。では会長さん、BLで癒されるというのは――」
「遠慮するよ! 生憎私は、BLには目覚めてないよ!」
「ならこれを機に目覚めるべきです! ぜひぜひ目覚めちゃってください! 真冬イチオシのをお貸しします!」
「結構だよ! BLに目覚めるっていうよりは、それを試した翌日の目覚めが酷いことになると思う!」
「うぅっ、せっかく杉崎先輩と中目黒先輩のが完成したばかりだったのに……」
「余計嫌だよ! 杉崎が主人公のBL小説とか、杉崎の妄想ハーレム小説並に嫌だよ!」
「会長さん! それと比べるのはおかしいです! 真冬のは、あくまでリアリティを追求したものなのです! ただの妄想とはわけが違います!」
『リアルじゃない! 絶対、リアルじゃないよそれ!!』
途中で会長にツッコミが移り変わっていたが、最後は二人で同時にツッコンでいた。……確かに、前に俺がやった妄想ハーレム小説も酷かったが、それと同格なのは間違いないだろう。今回は全力で会長に同意だ。
「………深夏、もう頼れるのはお前しかいない。この状況をなんとか打破してくれ……」
「お、おう。分かった、あたしに任せろ」
「あらかじめ言っておくが、気合で治せとか、そういう熱血アイデアは却下だぞ」
「分かってるよ、それくらい!」
ぐでっと机に突っ伏しながら深夏に全てを託す。深夏は顎に手を当てて少しの間何かを思考し、こんなことを口にした。
「……とりあえず、保健室に連れていけばいいんじゃねえか? 最悪そこで会議だってできるし」
『…………』
生徒会室、沈黙。深夏と会長を除く三人は顔を見合せ、同時に叫ぶ。
『それだ!』
学校で体調を崩した時に一番に思いつかなければない保健室という手段を思いつかなかった俺たち。最近役員には常識が足りないのではないかと思う時がしばしばある気がする。
「しかし深夏。お前、時々常識人だよなあ」
「時々って何だ! あたしは常に常識人だ!」
「常に熱血熱血叫ぶ女の子がか? ま、可愛いから問題ないけどな!」
「ありがとう。じゃあ一発殴らせろ」
深夏は青筋を浮かべながら拳を握りしめていたので、慌てて眼を逸らす。そして話も逸らす。
「と、いうわけで知弦さん。会長がどうしても帰らないって言い張るようなら俺が保健室に送り届けますが?」
「そうね、お願い…………。……キー君、やっぱりアカちゃんは、私が連れていくわ」
「いやいやいやいや。いくら俺でも風邪で体調崩してる会長を無理やり襲ったりはしませんからね? なんで保健室っていう状況だけで弾かれてる感じなんですか、俺」
「いえ、そうではなくてね。貴方がそこまで酷い人間だとは思ってないわよ。ただ……。………………。………私が、アカちゃんを襲うためよ」
「!?」
知弦さんの発言に会長はガタガタと震えていた。赤かった顔が少し青褪めている。……なんか、俺自身は参加できなくてもいいから、その場に立ち会いたい。知弦さん襲われてる会長、見てみたい。
「…………じゅるり」
「ちょ、杉崎!? やめてよ! お願いだから、知弦止めてよ!」
「……いいですか、会長。世の中には、可能なことと絶対不可能なこと、二種類しかないんです」
「この場合は可能だよ!」
「残念ながら不可能よ、アカちゃん。……さあ、保健室に行きましょう?」
「保健室って、こんな恐怖を覚える場所じゃなかった気がするよ!」
「大丈夫よ、アカちゃん。特殊なプレイはしないから」
「特殊じゃないことはするっていう宣言だよねえ! 私、なんか追い詰められてない!?」
顔を赤くしたり青くしたりツッコンだりツッコンだり。会長は忙しそうだ。そして俺はそんな会長の肩にぽんと手を置き、無言でうなずく。
「何の合図!? 杉崎の意図がつかめないんだけどっ!?」
「会長。……世の中、妥協点って、ありますよね」
「妥協しろと!? この状況を諦めろと!?」
「というわけで会長」
「何よ!」
「本格的にヤバそうだし、とりあえず保健室行きましょう。保険医の先生がいれば、俺たちだって余計なことはしませんよ」
そう言って俺たちに警戒心を剥きだしだった会長を宥める。生徒会室からは暖かい目が向けられ、穏やかな空気になっていたからか、大人しく会長は引き下がった。
「……で、なんで保険の先生がいないのよおぉぉぉぉおおお!!」
場所は変わって保健室。会長はベッドの中から全力で叫んでいた。そうなったのには理由がある。
会長が叫んでいる通り、保健室に先生がいなかったのだ。扉に『外出中』の札がかかっており(後から知ったことだけど、運動部で負傷者が出たらしく病院まで同行していたとのこと)、中には先生はおろか生徒の一人もいなかった。というわけで、勝手にベッドを借りて今に至る。ちなみに俺たちは、勝手に椅子を引っ張ってきてベッドを囲んでいるので、なんか妙な雰囲気になっている。
「っていうか会長。薬くらいちゃんと飲みましょうよ……」
頭に濡れタオルを乗せ、未だ赤い顔で天井を見上げている会長を見ながら短く嘆息する。
というのも、保健室での会長の態度が原因だ。とりあえず風邪薬をと探していたら、「い、いらにゃいわよそんなもの!」と叫ぶもので。全員でニヤニヤしながら「会長、子供じゃあるまいし、薬が苦手だなんて言いませんよね?」とか言ってイジメ……ごほんっ。悪戯してやってたわけなのだが。「わ、私くらいになると、薬なんか飲まなくても、寝てれば治るのよ!」とか豪語してベッドに潜ってしまったものだから、無理やり飲ませることもできず。
結果。
「けほっけほっ。ごほっ!…うぅっ、………がはあっ!」
「吐血!?」
いや、本当に血を吐いてるわけじゃないけど、なんか酷い状態に。
…………。
「会長、薬飲むつもりないなら、せめて寝なきゃ駄目ですよね」
「じゃあ私を囲むようにして全員で座るのやめてよ! なんか、すっごく寝辛いのよ! ちょっとお葬式みたいで、嫌な雰囲気なのよ!」
四人で完全にベッドを囲んでいるこの座り方が、どうやらいけなかったらしい。けど誰も動くつもりはなさそうなので、せめてということで俺は引き出しから白地のタオルを取り出す。そして人間の顔くらいの大きさに、正方形に畳んだそれを、会長の顔の上に、そっと乗せた。
「ちょっとおぉぉぉおお!? なんで本当に葬式みたいにしてくれてるのよ!?」
がばあっと飛び起き、ツッコム会長。その勢いで白地のタオルと一緒に、濡れタオルまで落ちてきた。それを尻目に、俺は目を伏せる。
「会長、まさか、会長が……。……くっ!」
「勝手に殺さないでくれる!?」
俺はギュッと拳を握りしめて俯く。知弦さんも苦しそうに顔を歪め、深夏も下唇を噛んでいた。演技派な俺たちだ。
そんな中、
「で、なんで真冬ちゃんだけはゲームに没頭してるの!?」
「ふえ?」
一人、マイペースな方がおられました。すげえ、すげえよ真冬ちゃん。この状況に全く動じずに自分のやりたいことをやる。なんという精神力。
「あ、その、ごめんなさいです! えーっと……。……寝れないなら、子守唄でも歌いますか?」
「そんなこと頼んでないわよ! それに子守歌なんかなくても寝れるわよ!」
「じ、じゃあ昔話の読み聞かせをします!」
「どれだけ真冬ちゃんの中での私は子供なの!?」
「むかーしむかし、あるところに。杉崎鍵という少年と、中目黒善樹という少年が、一つ屋根の下で暮らしていました」
「BLじゃない! 昔話じゃないじゃない! しかも、メインが杉崎じゃない!」
「大丈夫です、会長さん。これは昔話です。フィクションなのです。実在の人物とは関係ないのです。また、登場人物は全員十八歳以上なので、問題ない筈です」
「最後の補足設定何!? 俺と中目黒の濡れ場あるの!? 昔話なのに!?」
「ちなみに時代は江戸末期。主人公の杉崎鍵は、美少女ハーレムを夢見る高校二……、十八歳以上です」
「時代が違うだけで完全に俺だよねえ! 今高校二年って言いかけたし!」
「気のせいですよ、先輩。それにこれは、R18作品です」
「嫌だよ! その年齢制限必要ないよ!」
「杉崎先輩、あんまり大きな声を出すと、会長さんが寝れませんよ?」
「なんかすっげえ理不尽な宥められ方した!」
言って引き下がる。……正直、納得できてない部分は多いけど、大声出してもられない状況なだけに、引き下がるしかない。くっ、なんて理不尽な……!
少年漫画の主人公の如く、ぎりと歯を食い縛る俺。そして深夏が何事もなかったかのように喋り出す。
「あー、読み聞かせくらいなら、あたしにもできるな」
「だから読み聞かせとか必要ないわよ! しかも深夏なら、絶対少年漫画の読み聞かせになるでしょう! 擬音効果音だらけでしょ!」
「えーっと、何か本は……。……お、あったあった。ジャ○プコミックス」
「何で!? 何で保険室にそんなものがあるの!? 先生の趣味!?」
「タイトルは……『生徒会の一存 ~魔王くりむ降臨編~』か……」
「どういうこと!?」
……この本、よく見ると、ジャン○コミックスじゃなかった。微妙にデザインが違う。完全にパチモンだ。しかも表紙には、何故かアホ毛が二本に増えて、マフラーをなびかせて、いかにも魔王が住んでそうな城のてっぺんで、腕を組んで高笑いしてる会長の絵が……、………ん?
「この容姿……。どこからどう見てもラ○ール殿下です」
「言っちゃ駄目だ真冬ちゃん! 俺もちょっと気になったけど、そこはもうツッコンじゃ駄目だ!」
表紙のデザインについてあれこれ話す俺と真冬ちゃんをよそに、深夏はパラリとページをめくる。……表紙がジ○ンプっぽくて、イラストデザインがディ○ガイアっぽくて、タイトルは生徒会の一存。どうなってるんだ、このマンガ。
あまりにも気になるので、俺は深夏に訊ねる。
「深夏、それ、どんなんだよ?」
「ああ、面白いぜ。あたしの大好きな、王道熱血バトルマンガだ!」
「意外だな。マンガとしてはマトモなのか」
「ああ。主人公は鍵、お前だぜ」
「俺!?」
「生徒会……略して世界を我が物にしようと目論む魔王くりむを、鍵が倒しに行くっていう超王道モノだ!」
「生徒会って二文字抜かすだけで、世界になるんすね!」
「っていうか私完全に悪者じゃない!?」
「全員気になるだろうから。読み聞かせてやるよ。まずは主人公の設定だな。主人公である杉崎鍵は、「海賊王に俺はなる!」と宣言して自らの生まれ故郷を旅立つところから始まるんだ」
「ワン○ースだよね!?」
「その旅の途中、鍵は『エロエロの実』を食べて、カナヅチになる」
「完全にワンピ○スだ!」
「基本全く意味のないその能力に悩まされながらも、くりむに仕える『七生徒会』を倒し、鍵はとうとう、くりむの元まで辿りついた」
「すげえ! どんだけ基礎戦闘能力高かったんだよ、俺! つーか海賊王の話どこにいった! あれは全く関係なしか! そして七生徒会って何!? 七武海!? 他校の生徒会か何かか!?」
「そんな戦闘力高い杉崎に、私はどう対抗しろと!?」
「大丈夫だぜ、会長さん。会長さんは『ロリロリの実』の能力者。あまりにも可愛いらしい見た目に誰もが攻撃することを躊躇う、超人系、自然系、動物系を超えた四つ目の能力を持っているんだ!」
「それもう最強じゃない! 私誰にも負けないじゃない!」
「けどここで、鍵の『エロエロの実』の能力が発動! くりむの攻撃を無効化し、本能のままにくりむに迫る!」
「逃げてえぇぇぇえええ! マンガの中の私、逃げてえぇぇえええ!」
「更に追い打ちをかけるように、鍵は卍解を発動!」
「全力で逃げてえぇぇぇえええ! 自分の限界を打ち破って全力で逃げてえぇぇぇええ!!」
「しかしくりむが敗れそうになった時、闇の空間から一人の人間が現れる。そう、『サドサドの実』の能力者、知弦だ」
「絶対こっちがラスボスだろ!」
「その通りだ鍵。くりむの裏に隠れていた真の魔王。それが知弦だ!」
「勝てる気がしねえ!」
「知弦の能力は、謎の空間から調教道具を取り出すこと。それ以外のことはできないが、それで既に最強だ!」
「俺といい知弦さんといい、能力大したことないっすね!」
「そして鍵は、知弦さんに屈して奴隷となってしまう」
「うふふふ……」
「知弦さんが怖い! リアルにやりそうで怖い! そして鞄から鞭取り出してるから、余計に怖い! なんでそんなもの持ち歩いてるんですか!」
「うふふふふふ………」
「いやああぁぁぁぁああああっ!」
俺はがっくりと項垂れる。うう、俺はこんなところで屈してしまうのか……!
いつのまにか身体を起こしていた会長が、無い胸を張りながら俺の方を向く。
「ふっふー。杉崎、私に歯向かおうとしてのが間違いだったわね!」
「あ、会長さんは既にこの世にはいねえぜ?」
「何でっ!? 私やられる前に、知弦が出てきたのよねえっ!?」
「鍵のエロパワーに押され、情けない戦いをしていたくりむに知弦が制裁を下したんだな」
「知弦ぅぅううう!!」
「そして鍵が奴隷になったあと、会長さんは浄化された」
「いやああぁぁぁぁああああっ!!」
俺に続き、会長も沈没。ベッドに倒れ込んだ。
しかし深夏のテンションは、ここからが本番だというように上がっていく。
「鍵もやられ、世界は闇に堕ちたかと思われたその時っ! 真の主人公、深夏が現れる!」
「やっぱりだ! 今までいないと思ったら、こんなシーンで出てきやがった!」
「さあ、勝負だ、魔王知弦。あたしは『ゴムゴムの実』の能力者。一筋縄じゃいかねえぜ?」
「ここにきて本家の能力持ってきた! その能力なら確かに主人公だけど!」
「さあ、行くぜぇ……! ギア、4(フォース)!」
「ル○ィを超えた!」
「喰らええぇぇええ! 月○天衝!」
「もう世界観ごっちゃだな! 俺が卍解使えた時点で滅茶苦茶だったけど!」
「何ぃ!? これを避けるか!」
「お前の中ではどんな展開が描かれてんだよ!」
「ふふ……、喰らいなさい、深夏。魔○光殺法!」
「あんたも悪ノリするなあぁぁああ!」
二人の間に割って入り、戦争を終結させる。……これ、放っておいたらいつまでも続きそうだから怖い。
深夏も知弦さんも、『いいところだったのに……』と言いながらも引き下がる。……大体、マンガの内容がおかしいだろう。なんなんだ、これ。多数の著作権に触れてそうなこのマンガは。………ん?
「深夏、ちょっとその本貸してくれ」
「お? おう」
「…………」
「なんだ、どうした、鍵?」
「……ここ、見てみろ」
「?」
俺はそのマンガ、『生徒会の一存 ~魔王くりむ降臨編~』の出版社を指差す。そこには集○社などという文字はなく……。
「……碧陽学園図書委員?」
「完全に生徒の悪ノリだ。その割に、絵の完成度はやたら高いが」
「……しかもこれ、編集者の名前が『真儀瑠紗鳥』ってなってんぞ」
「……訂正。完全にあの人の悪ノリだ」
一体図書委員に何をやらせてるんだか。しかも本人の出番がまだないということは、おそらく二巻あたりも作らせているんだろう。自分が大活躍するマンガを。……これは、明日の議題にしよう。久しぶりに真面目に活動しよう。
あれ? 出番といえば……。
「なあ深夏。真冬ちゃんって、出てたのか?」
本人には聞こえないように、小声で深夏に問う。
「ああ、いや……。……出てたぜ。村人の役として、とある酒場の隅っこで、BL小説読んでた。本のタイトルに『杉崎×中目黒』っても書いてあった。……けど、台詞もないし、出番はそのコマだけだった」
「うわぁ……」
深夏と二人、真冬ちゃんの方を見やる。……BL小説を読んでいた。
『…………』
変な沈黙が流れてしまった。流れを元に戻さなければ。っていうか、俺たちはそもそも何を――
「あ、会長。駄目じゃないですか、ちゃんと寝なきゃ」
「あの状況で寝ろと!?」
すっかり当初の目的を忘れていた。というか、会長もノってたから、気付かなかった。そうだ、会長を寝付かせなきゃないんじゃないか、俺たち。
「じゃあ会長、子守歌とは言いませんが、何か音楽でも流しますか? 寝れるかもしれませんよ?」
「あ、それはいいかもしれないわね」
「じゃあ俺が………。……すいません、会長。俺、携帯とかに音楽入ってませんでした」
「別にいいんだけど、提案者としてはすごく残念だよ!」
「うっ、……。ち、知弦さん、何かありますか?」
「私も、基本的に音楽とかは入れていないのだけれど……。……あ、あったわ。これはどうかしら」
カチカチと携帯を弄り、何かを見つけたらしい知弦さん。部屋が静まったのを確認すると、再生ボタンを押す。
『ピシッ、ピシィッ!』
『ぽたっ……ぽたっ………』
「効果音じゃないですか! しかも鞭と蝋燭!? 趣味丸出し!」
「あら、不評?」
「誰がこんなの聴きながら寝れるっていうんですか!」
「そうね、興奮して寝れないわ」
「恐怖で寝れませんよ!」
「あ、先輩。BLゲームのドラマCDならありますよ?」
「きっと会長はそんなこと望んでないよ!」
「あたしも、テンション高めの曲しかないからこの状況には向かないな……」
「深夏が熱血好きであることが異様に残念だ!」
駄目だった。子守歌代わりになる歌が、全く無かった。
…………。
「会長! 読み聞かせというのはどうでしょう!」
「さっきの二の舞になりたいの!?」
「大丈夫です! 官能小説です!」
「全力で断らせてもらうわよーっ!!」
会長が叫ぶ。……原因を作っているのは間違いなく俺たちだけど、この体調でこれだけツッコンで、大丈夫なのだろうか。
ふと、カーテンの隙間から覗く夕日会長を照らしていることに気付く。なんだかんだで陽は大分沈んでいた。……この状況、すげえ覚えがある。
「……知弦さん、覚えてます?」
「ええ。懐かしいわね、この感じ……」
夕日に照らされた保健室。俺はこのシチュエーションだと、知弦さんと出会った時のことを思い出す。せっかくの保健室なんだから、もっとエロエロな状況を妄想してもいいんだろうけど、それ以上に彼女との出会いが、俺の頭には強く刻まれていた。
「キー君、もう一度、抱きしめてあげましょうか?」
「あ、是非ともお願いします」
「冗談よ」
「フラれるのが早かった!」
そんなやり取りをしながら二人、くすくすと笑いあう。ああ、こういうなんでもない時間、幸せだなあ……。
「ちょっと! 風邪の私を差し置いて、何でいい雰囲気になってるのよ!」
「ああすいません。忘れてました」
「酷くない!?」
「ごめんなさいね、アカちゃん。……眼中に、なかったわ」
「もっと酷い!」
「あ、もう下校時刻だ。帰ろうぜー」
「深夏も!?」
「会長さん、お大事にしてくださいね」
「私は保健室に放置なの!?」
「あらアカちゃん、放置プレイがお望み?」
「プレイとかつけないで!」
「じゃあ皆さんお気をつけて。……俺は会長と二人で、ここに残ります」
「皆ーっ! 私も連れて行ってー!」
…………。
えっと、ぐだぐだになったのでその後の報告。
俺は雑務があったので生徒会室に戻った。その後、会長に関しては親が迎えに来たとの連絡を知弦さんからもらったので、俺も一通りの雑務を片付けて帰路についた。
そして翌日。
「完全に治ったわ! やっぱり私は、薬なんて飲まなくても寝れば風邪を治せるのよ!」
会長は元気だった。そしてこんなことを言ってはいたが、全員『(きっと親にこっそり飲ませられたんだ……)』と信じて疑わなかった。口には出さなかったけど。
そして。
『げほっ』
……病人と狭い部屋で馬鹿やってたせいで、マスクをして登校した生徒会役員が、約四名。
風邪は万病のもと。そして風邪の対策は大事だと、改めて感じた俺たちだった。