「真実は、いつも一つ!」
     会長がいつものように小さな胸を張ってなにかの本の受け売りを偉そうに語っていた。
     ……何かの本って言うよりは、マンガだけど。コ○ンだけど。しかも名言とかじゃなくて、決め台詞みたいなやつだけど。
     他の三人に関しては、各々「そうねー」とか、「そうだなー」とか、「そうですねー」とか言って適当に流している。
     仕方がないので、俺は代表して会長に訊ねる。……つまらなそうに頬杖ついてるのは、気にしない方向で。
    「で、どうしたんですか? 生憎と会長が小さいのはアポト○シン4869のせいじゃないですよ」
    「知ってるよ! わざわざ小さいとか言わなくていいよ! っていうか、それは元々殺すための毒薬だよ!」
    「でも会長、真実なんて、人によって違うものですよ」
    「あっさりと覆さないでくれる!?」
    「……それに、真実なんて、知らなくていいことだって、あるんです」
    「そんなシリアスめに言われたら私どうにもできないじゃない!」
    「で、コ○ン一気読みしたんですよね?」
    「確定済み!? わ、私はそんな単純じゃない!」
    「じゃあなんでこんなこと言いだしたんですか」
     俺は頬杖をついたまま会長に訊ねる。するとこの人は、自信満々に薄っぺらな胸を張って、こう告げる。


    「これから生徒会室で、事件が起きます」


    「何その予言!? 何が起きるか知りませんけど、確実に犯人は貴女ですよね!?」
    「ちなみに殺人事件」
    「物騒だ! 誰が殺されるんですか!」
    「それはもちろん杉さ……、………被害者を言っちゃたら、つまらないじゃない」
    「言っちゃってますよ! 俺軽く死刑宣告受けた気分ですよ!」
    「大丈夫よ、杉崎。ちゃんと犯人は見つけ出すわ。じっちゃんの名にかけて!」
    「それは金田一○助の台詞です」
    「この生徒会には名探偵、『眠りのくりむ』がいるから大丈夫!」
    「会長、それは会長が操られるだけです。誰かに眠らされてるだけです。おっちゃんのポジションです」
    「昔、探偵学園にもいたもん!」
    「現実に無いでしょう、あれ」
    「その時は、殺人事件に何度も関わったわね、容疑者として」
    「あんた何やってるんだ!」
    「まったく、行く先々で事件に絡まれるのも疲れるのよ」
    「名探偵と同じ病気を、容疑者側で背負ってるんですね」
    「一回だけやっちゃったこともあるんだけど……、………泣き落しで、警察って騙せるみたいだよ?」
    「待て待て待て待て! 前科アリ!?」
     ……ヤバい、会長と一対一で、俺がツッコミにまわるこの状況はヤバい。会長は弄られるべき人材なんだ。弄る側で、あっていいわけがない。ここはなんとかして、俺が主権を握らなければ。
    「かいちょ――」
    「で、アカちゃん、どういうことなの?」
    「うん、本当に事件が起きるわけじゃないんだけどね」
    「――――」
     発言の機会を逃しましたよ。反撃できずに終わりましたよ。会長ごときに、負けた気分ですよ。
     床にしゃがみ込んで丸を書き始めた俺を無視したまま、知弦さんが質問を続ける。
    「……つまり、どういうこと?」
     知弦さんの言葉に、会長は鞄から一冊の本を取り出した。……まあ、見るからに『生徒会の一存』なんだけど。
    「この『生徒会の一存』も、また新しく発売されるわ! それで今回は、『推理する生徒会』っていう話を入れようと思うの!」


    『…………はい?』
     会長の言葉に、疑問符が大量に浮かぶ。……待て待て、どういうことだ。
    「いつも生徒会室で駄弁ってるだけでも、これだけの支持を受けてるじゃない。でもこれじゃ、そのうち読者が飽きるわ!」
    「……まあ、飽きる以前にこんな本が評価されてるのが不思議なんですがね」
    「たまには、空気の入れ替えみたいなことも必要なのよ! だから次の巻には、生徒会室で事件が起きて、それを解決する話を入れるわよ!」
    「もう決定事項ですか。……でも、待って下さい。つまり、本当に事件が起きるとかじゃなくて、『事件が起きたかのようなストーリー』を一話だけ入れるっていう、そういうことですか」
    「そういうこと!」
     会長、にっこにこだった。
     ただ、少し引っ掛かりがあるのか、深夏が会長に問う。
    「でもよ会長さん。前に、『ありのままの私たちを描く』みたいなこと言ってなかったか?」
    「うっ……。……大丈夫よ、今までちゃんとやってるんだから。一話くらい羽目を外しても、きっと大丈夫!」
    「……まあ、話の最後に、『この物語はフィクションです。この本の内容も全てフィクションです』とでも書けば、大丈夫ですかね」
    「大丈夫じゃないよ! 本自体はフィクションじゃないよ!」
    「『会長の存在もフィクションです』」
    「私架空の人物!?」
    「あ、やっぱり会長はフィクションじゃないです。ちゃんと、俺のハーレムに在籍してますから」
    「私、架空の人物でもいいかもしれない」
     酷い言われようだった。
    「……でも会長、それってつまり、俺たちで推理小説まがいのことを考えなきゃないわけですよね。……きつくないですか?」
    「そ、それは………やってみなきゃ、分からないじゃない!」
    「やっぱり計画性はゼロか!」
    「そ、そんなことないもん!」
     俺が会長とそんなやり取りをしている最中、知弦さんは会長の鞄を漁っていた。そしてそこから、恐ろしいものを見つけ出す。


    「名探○コナン……」


    「ちょ、知弦! 何してるのよ!」
    『…………』
     会長は顔を真っ赤にして叫ぶ。……計画性ゼロどころか、完全なる思いつきだったようだ。生徒会室全体から会長に白い目が向けられる。
     そして俺たちは一人ずつ……会長を追い詰めていく。
    「会長。……今日の名言、浅すぎます」
    「うっ!」
    「アカちゃん。……私は、もう少しできる子だと思っていたのに……」
    「ううっ!」
    「会長さん。……恥を知れ」
    「うぐぐぐぐっ!」
    「会長さん。……真冬は、絶望した!」
    「うわあああぁぁぁああああ!!」
     あ、会長が泣いた。長机に顔を伏せて泣いている。……いや、それより真冬ちゃん。今日最初の発言がネタに走るって、どうなんだ。いいんだけど。
    「冗談ですよ、会長。それに、企画自体は面白そうだし、俺はノリますよ?」
     会長がしゃっくりまでしながら泣いているので、俺はフォローにまわる。実際、会長の提案自体はそこまで突飛なものではなかった。上手くいけば採用できる程度には。ならば、実行してみるのが俺たちだ。
    「うぅ……、ほんと……?」
    「ええ、本当です」
    「キー君、鼻血」
    「はっ!」
     あ、危ない危ない。会長の涙目&上目づかいに、思わずやられてしまっていた。
    「桜野くりむ……恐ろしい子っ!」
    「何で!? どこにそんな要素があったの!?」
    「……こんなに会長が好きな俺は、ロリコンと呼ばれても仕方がないかもしれません」
    「それは私にとって不本意なことだよ!」
    「じゃあ会長、本題に入りましょう」
    「私弄られるだけ弄られて終わった!」
     ……ふ、それでいい。会長は、弄られるべきなんだ。会長に弄られるなど、恥ずべきことなのだ!
     いつものように俺が進行役を務めることになり、架空の事件の提案が始まる。
     まずは、一番この手に詳しそうな知弦さんに話を振る。
    「何かいい案ありますか、知弦さ………、……深夏、真冬ちゃん。何かいい案ある?」
    「ちょっとキー君。どうして私を飛ばすのかしら?」
    「い、いや、それは……。………ほら! 一番詳しそうな知弦さんのアイデアは、最後のお楽しみということで!」
    「………そう。まあ、いいわ。……最後のお楽しみではなく、最期のお楽しみになるかもしれないけれど」
      ……まずい、背筋が凍る。半端じゃなく、寒気がする。知弦さんは怪しい目つきで、口元だけ笑ったままこちらを見ている。……いや、でも! 分かるだろう、俺の気持ち! あの人に案を出させたら、ものすごく物騒なことになる! 冗談抜きで殺人事件に仕立て上げられる! そして俺が被害者になる可能性、 99.9%!
     でも、残念ながら死刑宣告を食らいました。死亡フラグが立ちました。俺、今日の会議で殺されます。うぅ、美少女ハーレムを、作りたかった……!
    「……さあ、二人とも。さっさと案を出してくれ」
    「せ、先輩? 泣いてます?」
    「ふふ……、泣いてないよ、真冬ちゃん。これは、きっと、汗なんだよ」
    「なんつーベタな誤魔化し方を……」
    「……で、深夏。何かあるか?」
    「あたしか? あたしは……」
     ふっと俯き、思考する深夏。……いや、さすがに、今回は熱血アイデアはないだろう。それ系統のものが入り込む余地はない筈だ。


    「推理バトルモノとか、面白そうだよな」


    「バトルはいらねえよ! つーか何と戦うの!?」
    「そりゃあまあ、犯人とだな」
    「犯人武闘派か!」
    「まずは第一話で、普通に事件を解いていく。そして証拠も提示し追い込まれた犯人は、覚醒するんだ」
    「どういう世界観設定!?」
    「犯人はにやりと口元を歪ませ、パンっと両手を合わせる。そしてその両手を地面に押し付けると、コンクリートは形を変え、鋭い刃となって襲いかかってくる」
    「真理見たのかその犯人。小説の一節みたいに話せばいいと思ったら大間違いだぞ」
    「追い詰められる主人公。武器もなく、絶望的な状況。しかしそこに一つの影が現れ、犯人はその魔の手に倒れる」
    「犯人死んだ!?」
    「全ての謎を解き明かした直後に犯人を殺されてしまった主人公。そして犯人を殺した影は、こう呟く。『こんなミスを犯す者は、組織には必要ない』と」
    「組織って何!? 犯人何に所属してたの!?」
    「その影は去り際に一度主人公の方を向き、こう告げた。『命が大事なら、これ以上我らのことを嗅ぎまわらないことだ』」
    「お前は、一体何者だ!」
    「『俺か? 俺は、残響死滅。この世界に革命を起こす者。そして暗殺組織、鍵盤連合の頭だ』」
    「まさかの残響死滅! そしてまさかの鍵盤連合! 犯人があっさり殺されたのにも納得はいくけど!」
    「『……それでも、俺を追うというのか。杉崎鍵』」
    「探偵俺だった!?」
    「『よかろう。ならば、俺を捕らえて見せよ』」
    「無理じゃね!?」
    「違えよ、鍵。今捕まえるとかじゃなくて、組織の犯罪を暴いていってみせろってことだ。主人公に戦う力はないが、推理力がある。そして武力行使に出てくる敵には、同じく武闘派の相棒がいるから、そいつが戦う」
    「うん、まあなんとも少年漫画っぽい展開だな」
    「どうだ?」
    「……いいか、深夏。今日の企画は、生徒会内での軽いネタくらいのものだ。メインは、俺たち五人だ。……この物語を、どう作れと」
    「えー。じゃあいいよ。バトルはやめるよ。こういうのはどうだ? 存在しなかった筈の証拠を突きつけて、犯人を追い詰めていく探偵が活躍するマンガ」
    「……なんか、聞き覚えあるフレーズなんだが。しかもマンガってなんだ。週刊誌連載でも目指してるのか、お前」
    「タイトルは、そうだな……。擬探偵T○APとか、どうだ?」
    「駄目だ。それは、バク○ンの中のマンガだ」
    「えー」
    「えー、じゃねえよ。大体、マンガじゃ駄目だって言ってんだろ」
    「分かったよ。じゃあマンガは、別な人に依頼するよ」
    「……まあ、やるのは勝手だけど、いるのかよ、そんな人?」
    「ああ、知り合いにな。小○健って名前だ」
    「まさかの!? 今現在進行形で連載してるあの人!?」
    「あいつの絵はすげえぜ」
    「そりゃすげえよな! 実際にバ○マン描いてる人だもんなあ!」
    「というわけで鍵。あたしは『推理バトルモノ』を推すぜ!」
    「だからそれは無理だって言っただろ!」
     ……ああ、分かってたよ。分かってたさ、こんな展開になることくらい! そしてこの先、俺にはツッコミ地獄が待っていることも、分かってるさ! でもなあ!
    「……………」
     まだ、発言してないからうずうずしてる人たちが、三人ほどいるんだよ!……これ、逃げらんないよな、俺。
    「あのー、俺、ちょっと用事が……」
    『駄目よ(ですよ)、杉崎(キー君・先輩)』
    「やっぱり逃げ道はなかったか!」
     がっくりと肩を落とす。……もう、いいよ。この状況、慣れたもの。ボク、もう辛くないよ。
    「……じゃあ、次。真冬ちゃん。……あらかじめ言っておくけど、生徒会室での出来事だからね。俺たち五人以外、登場させちゃ駄目だからね」
    「見事に釘を打たれましたっ!……うぅ、先輩。最近、真冬を封じ込めるのに慣れてきましたね……」
    「そりゃ慣れるさ。……あれだけ、あれだとさ……」
     遠い目でどこかを見つめる。……その先に浮かんできたのが、中目黒だったから怖い。真冬ちゃんに洗脳され始めているのかもしれない。……洒落にならないぞ、これ。もし俺が美少女に興味を持たなくなったらどうしてくれるんだ!
    「その時は責任を取ってもらうからな!」
    「何のですかっ!?」
    「じゃあ次は知弦さん。どんな案あります?」
    「真冬の番飛ばされたも同然ですよねえ!?」
    「真冬ちゃん……」
    「な、なんですか、先輩。真冬のことじっと見つめて……」
    「よし、真冬ちゃんの考えは伝わった! じゃあ知弦さん、会長。何か案は……」
    「ものすごい理不尽な弾かれ方ですっ!」
    「大丈夫だよ真冬ちゃん。……君の気持は、言葉にしなくても伝わったから!」
    「言葉にしないと伝わらないことも、あると思います」
    「まあそんなこともあるよね。でもきっと言葉にしなくても、俺には伝わったから大丈夫!」
    「……じゃあ先輩、真冬が何を考えていたか、当ててみてください」
     真顔でじっとこちらを見つめる真冬ちゃん。……真冬ちゃんが、提案しようとしてそうなことねえ……。
    「閉鎖された空間に閉じ込められた、何人もの美少年」
    「!」
    「ある人間はこの中に犯人がいるのではないかと疑い始め、またある人間は協力してここの脱出を試みようとする」
    「…………」
    「その中で芽生える友情、愛情、そして愛憎。彼らは無事脱出することができるのか!」
    「限りなく真冬の考えに近いです!」
    「主演、杉崎鍵・中目黒善樹」
    「もうほぼ完璧ですっ!」
    「犯人は……、一体誰なのか」
    「映画の宣伝っぽいですね」
    「犯人は、真冬ちゃんだ!」
    「どういう展開ですかっ!?」
    「実際、こういう展開になったとしたら犯人は高確率で君だろう」
    「否定できませんっ!」
     否定してほしかった。
     というわけで真冬ちゃんを封じることに成功。俺はアカちゃん検定二級だけでなく、真冬ちゃん検定も二級くらい習得できるかもしれない。……被害を抑えるため、かなり自虐に走らないといけなくなるけど。喋ってる間は、少し辛いけど。気付けば真冬ちゃん以外の全員は、その勇気と根性をたたえる目で俺を見ていた。……や、実際問題、主演のところ以外は何も苦しむことなく話せたわけだけど。被害は最小限に収まった。
     けど……。
    「……じゃあ、知弦さん。お願いします」
    「ええ」
     ここにきて、さっき俺が死亡フラグ立てたことを思い出しましたよ。……俺、死ぬのかな。知弦さんの物語の中で死ぬのか、それとも現実で……。
    「…………」
    「どうしたの、キー君。そんなに青褪めて」
    「……なんでもないです。さあ、どうぞ、知弦さん」
     どうやら今の俺、相当顔色が悪いらしい。それでもなんとか話を促すと、知弦さんは話し始める。
    「そうね……。参考までにということで、実際に私が関わった事件の話でもしようかしら」
    「知弦さんなら、本当に殺人事件にでも関わってそうで怖いです」
    「これは、そう。去年の冬のこと。私はとある離島の洋館にいたわ」
    「何その推理小説にありがちな舞台!」
    「船は一週間に一度しか来ない場所でね。もともと一週間はそこで過ごす予定だったのだけど……、事件が起きたわ」
    「何かすごく怖いんですが」

    「本来その島は、自然豊かな観光地だったのよ。そこで休養を取ろうとする人たちも多く、私たちは十人ほど、その島へ向かったわ。無人島、というわけではないのだけれど、そこに住んでいるのはたった一人。その洋館の管理者だけなのよ。
     一週間に一回の船で食料は送られ、十分に蓄えてある。炊事等はその管理者がやってくれる仕組みになっていてね。私たちはその大きな洋館に泊まることになっていたの。
     ……けれど、島に着いてすぐ、第一の事件が起きたわ。
     その島を行き来する船は一つしかないのだけれど、その船が、爆破されたのよ。
     幸いにも、全員が船から降り、船の操縦者も見送りのために船からは降りていたのだけれどね。……その船は、爆発の後炎を上げ、そして海へ沈んでいったの。死人が出なかったことが不幸中の幸いね。
     おかしな爆発だったわ。燃料とかを積んでいる場所での爆発じゃない。爆発の後の炎は燃料に引火してのものだったようだけれど、爆発そのものは不自然なところから起きたの。……まるで、誰かが爆弾を仕掛けたかのような、ね。
     私たちはすぐに、島の外部と連絡を取ろうとしたわ。けれどその島は、携帯の電波は入らないらしくてね。……皆、困惑していたわ。
     けれどその洋館には、島にたった一つの建物には、電話があるわ。それを思い出した管理者……彼は、五十代後半くらいのお爺さんだったのだけれどね。とは言っても、若々しい方だったわ。まるで執事のようにぴしっとスーツを着て、物腰も丁寧。ええ、本当に執事のような人だったの。
     それで彼が、洋館になら電話がある。そこで連絡を取ろうと提案してくれたの。誰もが安堵の息を吐き、洋館へ向かったわ。
     ……でも、おかしいの。電話が、繋がらなかったのよ。
     その日は雨が降っていたわ。おまけに濃い霧が島全体を包んでいた。そのせいで繋がらないんだろうということで、明日また電話をしてみるということになったの。どうせ食料はたくさんあるし、生活環境は整っていたからということでね。
     私たちは、一人一室と部屋を割り当てられたわ。ベッドもある、暖炉もある。部屋にいる限りは、今日会った出来事を忘れられるほど、素敵な部屋だったわ。
     夕食は、その管理人さんが作ってくれたのだけれどね。とても豪華で、おいしい料理だったわ。そして夕食の後、一晩を越したの。
     ……でもその翌日。第二の事件が起きたわ。
     朝食を済ませたあたりで、全員の心は少し和らいでいたわ。生活環境は十分すぎるほど整っていて、しかも今日は晴れ。電話も繋がるだろうから、心配事はもうないんじゃないか、ってね。
     でもその考えは甘かったの。……電話線が、何者かの手で切られていたのよ。
     昨日の時点では、電話線は切れていなかった。それは全員が確認してる。じゃあなんで切れていたのか? 何者かが、昨日のうちに切ったからよ。
     その場所に来ていたのは、全部で十一人。私と管理人、そして船の操縦者を除くと八人ね。私はその中に犯人がいるのではないかと思い、調査を始めたわ。……けれどその日は、何も手掛かりを見つけられずに終わったの。
     そのまま一日が過ぎ、次の朝。私たちが食堂として使っていたホールに……大量の血痕が、あったのよ。
     すぐに私たちは全員、そのホールに集まったわ。そのにいたのは十人。つまり一人が足りないの。
     この洋館の管理人。彼が、いなかったわ。
     私たちはすぐに探し始めた。けれど彼を見つけることは出来なかった。その代わりに、違うものを見つけたの。
     テーブルの下に、血文字で書かれた文章。そこには、『一人ずつ死んでいく。そして死人が送られるのは、黄泉の国か、地獄か』というものが書かれていたの。
     最初は、意味が分からなかったわ。分かったのは、もう管理人はこの世にいなく、さらに、死体までもが消えたこと。ここには彼以外のだれも住んでいなかった以上、彼を殺し、死体をどこかへ消したのは犯人は、この中にいること。……そして、気付いたの。黄泉の国、つまり天国ね。天国も地獄も、私たちがいる場所からは絶対に届かない場所。
     つまり。
     この文は、殺しを繰り返し、その死体をも消し去るという、残虐な犯行予告だったのよ」

    『…………』
     気付けば全員、聴き入ってました。知弦さんの話術に、呑み込まれてました。会長に至っては、人が死んだというあたりから両腕で体を抱え、震えながら聴いていました。
     少し間をおいて、再び知弦さんは話しだす。
    「全員が全員、疑心暗鬼に陥ったわ。誰が犯人かもしれない。今度殺されるのは、自分かもしれない、ってね。
     そうしている間にまた一日が過ぎてね。部屋には鍵がついているから、よっぽどのことがない限りは安心だったのだけれど、また被害者が出たのよ。朝ホールに集まった時に一人足りなくて、皆でその人の部屋を見に行ったの。いくら呼んでも返事がないのだけれど、鍵は内側からしまっていたのよね。それで何度呼んでも返事がないから、仕方なく私たちは扉を壊して中に入ったわ。
     ……そしたら、また部屋の中は紅に染まっていたわ。ベッドに着いた血はもう乾いていて、そこ以外にも多数の血痕。……そして、またもや死体は無かったの。
     高さ六階。窓からの脱出は不可能な場所での、密室殺人。しかも犯人の姿どころか、死体までもがそこにはない。
     ここまでくると、常に恐怖が付き纏ってくるわよね。それでも時間は過ぎていくし、毎日きっかり一人ずつ死んでいったの。
     ……気付いたら、もうその場には、私ともう一人、船の操縦者しか残っていなかった」
     知弦さんが大ピンチだ!
     少し青褪めた顔で、会長が知弦さんに問う。
    「つまり、犯人はその船の……?」
    「違うわ、アカちゃん」
    「! じ、じゃあまさか、犯人は知弦……!?」
     会長の言葉で、緊張に包まれる生徒会室。知弦さんはしばし無言を保っていたが、とうとうその口を開いた。


    「犯人は、洋館の管理人よ」


    「! ど、どういうことですか!? その人は最初に死んだ筈じゃあ……」
    「違うのよ。死んだと、思い込んでいたの。考えてもみなさい、キー君? 犯人が死体を隠す意味は、どこにあったの?」
    「そ、それは……」
    「つまりね、カモフラージュなのよ。最初の事件での犯人からのメッセージ。そしてそれを実行したかのような痕跡。これに、騙されたのね。あのメッセージに意味はない。ただ、管理人が犯人である可能性を、いち早く潰すための仕込みだったのよ」
    「そ、それで、知弦さんはどうなったんですか……?」
    「ええ。私はそこにきて、ようやくこの事実に辿り着いたわ。彼が犯人なら、死体を隠す場所だって心得ているし、各部屋のマスターキーだって持っている。電話線だって簡単に切れるし、考えてみれば一番犯行を上手くやれる人間だったのよ。それが最初のあれで完全に騙されていたのだけれどね。ちなみにアカちゃん。貴女、さっき船の操縦士が犯人ではないかと言ったわよね。……あながち、間違いではないわ」
    「ど、どういうこと?」
    「実行犯は管理人。けれど、彼もグルだったのよ。彼らが私怨を抱く者たちをその孤島に集め、殺していく為のね。船の爆破や、被害者たちの招待は操縦士の方がやっていたのよ」
    「じ、じゃあ何で知弦は無事だったの?」
    「私は、招かれざる客だったのよ。彼らとの繋がりも何もなかった。偶然場に居合わせた人間。……そして、私は手に入れた真実を彼に、操縦士に突きつけた。すると彼は諦めたような顔をして、さらに、今まで隠れていた管理人も姿を現したわ。元々彼らは、この犯行後に自分たちも死んで償うつもりだったらしいのだけれど、そんなことをするくらいなら、自首をして罪を償えと、そう言ったのよ。そうしたら、彼らも改心してくれてね。実は島の裏にもう一隻船があって、私たちはそれで帰ったわ。そして彼らは警察に行った。私を巻き込むのは申し訳ないと、私が現場にいたことは伏せてくれたけれどね」
     ……そうして、知弦さんの話は終わった。
    「……なんて言うか、本当に推理小説みたいな話ですよね。全部、細かく聞いてみたい」
    「そうね、キー君。……でも、それは無理よ」
    「? どういうことです?」
     俺の疑問に、知弦さんはニッコリと笑って、こう答えた。
    「という、夢を見たという話だもの、これ」


    『つまり嘘かあぁぁぁああああ!!』
     小さい嘘のための、やたら壮大な話だった!
    「それはそうよ。だって私なら、もっと早く真実を見抜いているもの」
    「その自信はどこから!」
    「大体、私がそんな島に行く理由はどこにあるのよ?」
    「それはそうですけどねえ!」
    「夢ということで、断片的な記憶しかないから、今話したことが全てよ。管理人や操縦士、被害者の名前が出てこないのもそのためね」
    「筋は通ってるのになんか納得いかない!」
    「あ、でも第一の被害者だけは名前が出てきたわ。杉崎鍵という名前よ」
    「俺犯人に私怨抱かれてたの!? 何で!?」
    「犯人は、ハーレムという言葉が嫌いだったのね」
    「それって私怨に入ります!?」
     ある意味、深夏や真冬ちゃんのものよりも酷い話だった!
     あまりに衝撃的な話だったため、一先ず俺たちは番茶で落ち着く。……あー、番茶うめぇー。
    「じゃあ会長、今日はそろそろ解散ですね」
    「私まだ何も提案してないじゃない!」
    「だって……、………ねえ?」
    「その間は何よ!」
    「分かりましたよ。じゃあ提案してみて下さいよ」
     ……だって、会長が、どうやって推理小説っぽい案を出すっていうんだよ。悪いけど、無理がある。
     しかしあらかじめ考えていたことがあったのか、会長はすぐに発言する。
    「やっぱり、犯罪組織っていいと思うの!」
    「シリーズ化する気満々じゃないですか。あんたさっき一話限りって言ってたでしょう」
    「組織の人間は、コードネームで呼び合うのよ!」
    「だから会長。○ナンでしょう、それ」
    「例えば……、ビールとか、焼酎とか!」
    「完全にコナ○ですね、酒の名前って。しかもどんだけ馴染みのある酒ばっかりですか」
    「たった一つの真実見抜く!」
    「どれだけコ○ン好きなんですか。まさか全巻一気読みでもしました?」
    「見た目は大人、頭脳も大人!」
    「残念ながら、会長は見た目も頭脳も子供です」
    「その名も、名探偵くりむ!」
    「ここまで迷探偵って言葉がしっくりくる人、珍しいですよね」
    「どう、杉崎!」
    「却下です」
    「なんでよ!」
     なんで、ってもねえ……。
     …………。
    「……会長、一つ分かったことがあります」
    「な、何よ」
    「今日の名言、間違ってないです」
    「そ、そうでしょう!」
     会長は嬉しそうに胸を張っていた。
    「会長、こんな提案から始まって、上手いこと会議が進んだことって、今までありました?」
    「………………………………………あったわ!」
    「今ものすごく必死に考えてたでしょう。残念ながら俺は記憶にないです。つまり、真実。こんな展開で始まった時は、大概ぐだぐだ会議が終わるっていう真実があるんです」
    「………そうかもね」
     今度はしゅんとする会長。その眼尻には薄っすらと涙が浮かんでいた。……ああ、やばい。可愛い。すっげえ抱きしめたい。
     落ち込んでしまった会長に、俺は笑顔で告げる。
    「でもね会長。こんな突拍子なことしなくても、読者は、生徒は面白いと思ってくれてますよ」


     その言葉に、会長はきょとんとした顔をする。他の皆は、会議が始まった時とは違う自然な笑顔、自然な声で、「そうね」とか、「そうだな」とか、「そうですね」と同意してくれていた。
    「俺たちは普段、生徒会室で駄弁ってばかりです。生徒会の一存だって、その様子を小説にして収めただけです。でも会長。それを面白いと言ってくれる人、結構多いでしょう?」
    「……そう、ね。そうだよね! うん、そうだそうだ!」
     会長はすっかり笑顔になっていた。俺たちもまた柔らかい笑顔で、会長を見つめる。


    「じゃあ杉崎! そんな私たちの日常が詰まった今日の会議も、今日のうちに小説にしちゃおう!」


    「え」
    「うんうん、今日の会議は充実してたし、きっと面白くなるよ! ということで杉崎、任せたわよ!」
    「え、あの、ちょっと……」
    「じゃあ今日の会議、終わりっ! 解散っ!」
    「ちょっと、待――」

     …………。

     ……というわけで。

     ただ今、夜八時。未だに生徒会室にて、一人執筆中。


     ※この物語はノンフィクションです。

最終更新:2010年04月15日 18:50