著:4スレ目>>351殿
1
たまには内政のお話しでも
武田家は関東近郊の諸大名にそれぞれ使者を送っていた。
きたるべく、上洛に備えて、関東の諸大名と誼を通じるため、であった
内藤昌豊 ( ^ω^) 「おっおっ、小田原北条へいくお」
向山正盛 [○△○] 「某、一族のものは古くより北条とお付き合いがありますからして・・・」
山県昌景 (`・ω・´)「ワシたちは、、房総里見家じゃな。。。」
早川幸豊 ( 'з' ) 「山県様、それがし、外交は苦手で。。。」
昌景 (`・ω・´)「いうな、ワシもあまり得意じゃないのじゃ、
それを言うなら常陸佐竹へ行くあちらのほうが大変そうじゃぞ・・」
土屋昌次 (㍾・_・㍾) 「わ、私は戦場では怖いものなしじゃが、、こういうのは、に、にがて、、、」
土屋長安 (`_′) 「・・・・・・」
昌次 (㍾・_・㍾) 「な、何か言ってくれ」
長安 (`_′) 「・・・・・・なにか」
昌次 (㍾・_・㍾) 「・・・」
昌景 (`・ω・´)「ま、まあ、いずれにせよ、みなのもの、それぞれの
お役目が終わりましたら、中間地点にて合流しましょう」
ということで、三者三様、それぞれにお役目をこなして中間地点たる武蔵は江戸にて
合流することにあいなった。
2
大道寺政繁 ( `Е´) 「内藤殿、思わぬ長逗留、痛み入りますぞ」
昌豊 ( ^ω^) 「いやいや、久しぶりに相模武蔵にきたから楽しかったお」
正盛 [○△○] 「・・・久しぶり?」
昌豊 ( ^ω^) 「お?正盛は存じなかったか?ワシが一時期武蔵に
いたことを」
政繁 ( `Е´) 「ほう、そうでしたか、道理で武蔵の地形に詳しいと・・・」
昌豊 ( ^ω^) 「この武蔵野は日の本随一の典型に恵まれた地でござるお!」
政繁 ( `Е´) 「それはそれは、、ずいぶんとお褒めに、、お、江戸の城が見えましたな」
江戸城、この頃の江戸城はとても優美な城、とはいえないものであった。
なにしろ城の堀の中まで百姓の畑が入り込み、城の玄関の戸板などは漁船の舟板を使用したのだから
昌景 (`・ω・´)「待ちわびたぞ、修理殿」
昌豊 ( ^ω^) 「すまんお、いろいろ見てまわってきたら・・・」
政繁 ( `Е´) 「しかし、このような粗末な城、お恥ずかしき次第で。。」
幸豊 ( 'з' ) 「いや、なかなか良い位置に城を構えていると思いまするぞ」
昌次 (㍾・_・㍾) 「ほう、早川殿、貴殿、縄張りの心得が?」
幸豊 ( 'з' ) 「は、それがし、山県様から甲州流築城術を学んでおりまする」
長安 (`_′) 「・・・それにこの土地は、、発展の、、余地がございまする
周囲を広い平野に囲まれ、大河は干拓の余地があり、、また、、」
昌次 (㍾・_・㍾) 「長安、、そなた、佐竹との外交では一言もしゃべらかったのに、、、」
政繁 ( `Е´) 「ま、まあまあ、今日は遅くなりましたし、江戸にて一泊されてから
明日、皆さんで甲斐に向かわれてはいかがでしょうか?」
3
その夜、大道寺の計らいでささやかながらの宴が江戸城で開かれた。
もっとも大道寺は江戸城のような粗末な城ではなく、河越、せめて世田谷の城をもってもてなしたかったようだが。
政繁 ( `Е´) 「内藤殿、そういえば、先ほど、この土地は
天恵豊かな土地と、申されましたが。。」
昌豊 ( ^ω^) 「おっおっ、そうだお、うーん、そうじゃな、
そういったことは神主の末裔の正盛がよく知っておるんじゃないかの?」
正盛 [○△○] 「え?えー、と内藤様と見聞した限り、、、
江戸は風水で言うところの東 青龍 流水 、
西 白虎 大道、 南 朱雀 湖沼 、北 玄武 丘陵 を
満たしておるようです」
昌景 (`・ω・´)「ほう、東は、、利根川(この当時は利根川は江戸湾に注いでいた)
西は甲州街道、南は、江戸湾、北は、、はるか遠くの越後とを分ける連山じゃな」
政繁 ( `Е´) 「なるほど、しかしそれをもって天恵豊かとは、ちと言い過ぎでは」
昌豊 ( ^ω^) 「おっおっ、確かに、それ以上にこの城の縄張りもまた
すばらしい、幸豊、説明してみるといいお」
幸豊 ( 'з' ) 「え?えーと、、この城の南には品川湊があり、更にその南には六浦を経て鎌倉に至る交通路があることから
内陸部から利根川・荒川を経て品川・鎌倉、さらには外洋にに向かうための交通路の掌握のために重要な役割を
果たしているものと考えられます」
長安 (`_′) 「・・・これからの街の発展には、、、、城を中心に、、、考えなければならなぬと、、存じ上げます。。」
昌次 (㍾・_・㍾)「城とは敵からの防御のためにあるのではないのか?」
正盛 [○△○] 「いや、それがし、先に小田原城にまいりましたが、、
この城はこれまでの城とは大いに違っておりましたぞ」
政繁 ( `Е´) 「いやいや、さすがは武田家のお歴々、常にまつりごと、戦のことを
考えておられますな、それではそれがしはこのあたりで、、、、」
大道寺、このあたりで退散を決め込んだ。武田家の面々の話は続く
4
昌景 (`・ω・´)「正盛、小田原の城は確かにワシも一度攻め入ったことがある
あのように街を総がかりで抱え込んだ城はなかなか落とせないな」
幸豊 ( 'з' ) 「そのとおりです」
昌豊 ( ^ω^) 「・・・これからの戦は、今までのような城攻めとは異なる。
鉄砲、大筒、、ワシら武士だけでなく、女子供、それから戦いをしない町民を
巻き込むことになるであろうな。。。」
昌次 (㍾・_・㍾)「・・・わしらの時代も終わってしまうのかのう」
昌豊 ( ^ω^) 「いずれ、世の中がもっともっと進歩すればそれこそ
戦いをしないものたちを皆殺しにしなければならない
戦いの世がくるかもしれんの・・・」
昌景 (`・ω・´)「・・・・・」
昌次 (㍾・_・㍾)「しかし、内藤殿、この江戸が発展の余地がある城、と言うことは
わかったが、防御の面ではいささか心もとなくないかのう」
幸豊 ( 'з' )「鉄砲、大筒の届かぬ広い堀を何重にも構える、というのはどうであろうか」
昌景 (`・ω・´)「いや、土屋殿が言っておられるのは後詰の城がないということではないかな
このような平野のど真ん中では」
5
長安 (`_′) 「・・・甲斐」
昌豊 ( ^ω^) 「おっおっ!さすが長安!そのとおりだお!」
昌次 (㍾・_・㍾)「甲斐?わが国のことですか?」
昌豊 ( ^ω^) 「そうだお!江戸の後詰は甲斐の国自体!
峻厳なる山々に囲まれたわが国こそ、後詰にふさわしい」
昌景 (`・ω・´)「しかし、修理殿、甲斐に至る道はいったいどうすればよいのか?」
昌豊 ( ^ω^) 「それは・・・この土地の砂と長安がわかっておる」
といって修理は窓のさんに手をやった
正盛 [○△○] 「ほう、ずいぶんとほこりっぽいですな。わが甲斐とは大違いだ」
長安 (`_′) 「・・・この土地は、、富士の噴火灰が堆積、、甲斐とは違い
土地自体、造成しやすく、、、掘りやすい、、、、」
昌景 (`・ω・´)「!なるほど、、甲州街道沿いに抜け穴を多数掘っておくわけか、、、
我らが金山衆の力を持ってすればたやすい」
昌豊 ( ^ω^) 「おっおっ、それから我らが何十年にもわたって行ってきた
治水事業の力を持ってすれば、この土地をもっと豊かに造成することは
容易いお!」
昌次 (㍾・_・㍾)「ははぁ、感服いたしました」
幸豊 ( 'з' )「さすがは武田の副将!」
昌豊 ( ^ω^) 「照れるお!実は半分近くはおやかた様の受け売りだお」
昌景 (`・ω・´)「・・・修理殿、その台詞はいらなかったなぁ。。」
昌豊 ( ^ω^) 「ま、まあそれはともかくおやかた様が天下を取られた暁には
この地に幕府を開くことを進めたいお!北条殿には
国替えを。。」
昌景 (`・ω・´)「・・・修理殿、ここは”まだ”北条の領国ですぞ・・・」
6
時は下って、江戸幕府開幕のころ。。。
内藤も、山県も、土屋も、、彼らが予期したように騎馬武者の時代の終焉とともに戦場の露と消えた。
そして、大坂城があまたの女性らの悲鳴と共に大筒の前に屈した。
早川、土屋、向山、らはそれぞれ徳川の旗下にいた
~彦根~
早川幸豊 ( 'з' )「井伊様、彦根城の築城、完成いたしました」
井伊「おお、さすがは、甲州流の築城、、感服したぞ」
早川幸豊 ( 'з' )「山県様、、あなたさまの教え、しかと
この地に実を結んでおりますぞ」
彦根藩は山県隊の赤備えを引き継ぎ幕府軍最強と、謳われた
そして、早川が縄張りをした彦根城は交通の要所として
幕末まで彦根を護り、そして、現在も国宝現存4城としてその
姿をとどめている
7
さらに時代が下って、現代
東京の地下には地下鉄が縦横無尽に張り巡らされている
そのほとんどが江戸城、今の皇居を護るかのごとく
縦横無尽に張り巡らされている。
一つの資料がある。
明治初頭、各地下鉄建設予定者のほとんどが
なぜか”新宿”をめざしていた。
当時、何もない新宿である
なかには予定路線図にはるかかな浅川(八王子より先、高尾である)を
目指しているものをあった。
新宿、かつての内藤新宿、甲州街道の宿場町である。
もうひとつ、余談がある
第二次世界大戦末期、大本営は松代(海津城があるあたり)に
移転する予定であった。
行政地域の移転場所は、甲府である。
今も日本銀行甲府支店があるが、これは
敗戦前に移転が完了した数少ない行政機関のひとつである
武田、徳川、旧日本軍、かつてと今が暗い地下でつながっているとしたら
夢がある、ではないか
8
~八王子~
向山正盛 [○△○] 「長安殿、、いや、大久保石見守長安様、甲州街道の整備、完了しました」
大久保長安 (`_′) 「・・・長安でかまわない、、」
三者でもっとも栄達したのはかつての土屋長安、今の名は大久保長安
長安は織田家崩壊後の甲斐を建て直し、家康関東入封の際には
奉行としてあらゆることを取り仕切ったという。後年には幕政を牛耳ったとまで言われている。
向山正盛 [○△○] 「しかし、長安様、あなたのおかげで武田の旧臣たちも飢えることなく生活できております」
長安はまた、家康に対して武蔵国の治安維持と国境警備の重要さを指摘し、
八王子500人同心の創設を具申して認められ、ここに旧武田家臣団を中心とした八王子500人同心が誕生した。
1599年には同心を倍に増やすことを家康から許され、八王子千人同心となった。
だが、そもそも八王子は幕府直轄領の甲斐と接する地域、国境警備隊の配置としてはいささか疑問も残る処置である
大久保長安 (`_′) 「・・・江戸も急激に発展しているよう。。」
と、長安は東のかなた、江戸のほうをみた。眼下にはまっすぐ伸びる甲州街道が見える
この街道は五街道のうちなぜか唯一日本橋が基点となっていない
だがそんなことを気にかける市民はいないようだ
向山正盛 [○△○] 「は、埋め立ても急作業ですすんでいるよう
江戸湾も利根川も流れを変えておりまする」
大久保長安 (`_′) 「・・・忙しい、、江戸の市民には、、どこから土が
運ばれているのか、、そんなことは、、関係ない、か、、」
向山正盛 [○△○] 「はは、確かに、江戸の町の下にはいま、玉川上水と
いうことで地下水道の建設が始まっております」
大久保長安 (`_′) 「・・・民の生活と、、、武士の生活、、、それが融合するのが本当の都市」
最終更新:2009年12月15日 22:17