著:4スレ目>>366殿
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天然理心流ネタで
武田家外伝として。。
時は幕末。大政奉還の後のことである。
徳川の本拠、江戸は東進する官軍の勢いに押されていた。
まず、徳川が手を打ったのは交通の大動脈、東海道、ではなく
甲州街道、そして甲府舞鶴城の確保、であった。
そして、その大役を任されたのが、かつての新撰組、
今の名を甲陽鎮撫隊である。
近藤勇「なあ、トシ。甲府城を抑えれば、
ご老中様達は甲州100万石を我らに与えると言って下さったぞ」
春まだ浅い甲州道中、土方歳三、幕府が消え去ろうとしているこの時になってもなお、野望を捨てない
近藤勇に好感を覚えた
勇「なにをニコニコしてやがる」
歳三「いや、なかなかな大役を任されたもんだな、と」
勇「そうだろう、何しろ軍資金を5000両もポンと出してくれた、
兵器も貸し出してくれた、幕府は我らの働きに期待している
ただ、、兵隊は足りないがな」
歳三「それは心配いらねえよ」
勇「ほう、それはどういうことだ
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歳三「甲州は峻厳な山々に囲まれた天険の地。
さらには甲府舞鶴城は江戸城を除けば東日本最大規模の
城郭を誇る城だ。武蔵に通じる青梅街道甲州街道、相模に通じる鎌倉往還
駿河に通じる身延道、佐久に通じる佐久往還、すべて行軍が難しいときている
ようするに諏訪に通じる道さえ押さえれば。。。。」
勇「おさえれば?」
歳三「当然、敵は甲州に入れない
仮に、甲州に敵軍が流れ込んできた、とする
それをまず堅城甲府城で迎えうつ。
その間に入り口であり、唯一の出口、である諏訪への道を
奇襲して押さえてしまえば、奴らは袋のねずみさ」
勇「ふふ、なるほど」
歳三「さらに、甲州の人間は武田の遺訓を受け継ぎ、精強無比、
ここ、八王子の千人同心達と一緒で武田滅亡後の徳川の恩恵に
感謝し、徳川びいきと来ている。甲府城入城後、彼らを募兵すれば
官軍に負けないだけの兵力をあつめられるだろう。
ただ。。。。」
勇「はは、そういやゲンさん(井上源三郎)も八王子千人同心の家系だったな
なるほど、それは頼もしい」
晴れやかに笑う、勇
歳三のただ。。と口ごもった後の言葉になどは気にかけようともしない
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歳三「(ふふ、こうやって大軍を自信を持って率いている近藤さんを見ると
きっと、信玄公もこんな感じだったんだろうな、と思えてくるから不思議だ。
もっとも、、もしかしたら我らは勝頼公なのかもしれないがな)」
歳三が気に官軍を率いている、大将、である。
伝え聞くところによると、官軍の大将の名は乾退助、今の名を板垣退助、という
彼は官軍の大物、岩倉卿より精強無比な甲州の人間を味方につけるため
乾家の先祖は、信玄公に仕えた板垣信方であるとする家伝を利用し、
甲斐源氏の流れを汲む板垣氏の末裔であることを示して同地の民衆の支持を得るため、
先祖の旧姓とする板垣を名乗るように勧められたという
歳三「(・・・いくら徳川びいきな甲州とはいえ、二十四将の末裔が大将なら
そっちに味方しちまうだろうな、とにかく、先に甲府舞鶴城に
入城すること、そこからの策略はいくらでもあるさ)」
勇「トシ、急ぐぞ、甲州街道は道が険しい、時は一刻を争う」
歳三「わかってるさ」
歳三に一抹の不安はある。小さい頃から日野、八王子あたりに喧伝されていた
幕府軍の甲州街道の抜け道、といったものも幕府からは特に指示をされていない
潤沢な資金と兵器を供与されたが、兵員は圧倒的に足りない、
まるで、江戸の無血開城を願う恭順派の厄介払いのごとく、甲斐へ戦闘に行く
ことになっているのだが、、信玄公のように勇ましく振舞う勇を見ていると
そんな不安も吹き飛んでいった。
歳三「やるだけの喧嘩をやるだけさ!」
この数日後、慶応4年3月6日、甲州街道の道中、行軍が遅れた甲陽鎮撫隊は
先に板垣退助率いる官軍に甲府城に無血入場されてしまい、
甲府の手前、勝沼にて敗れ去ることになる
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※ちなみに甲府舞鶴城は大阪城に匹敵する天守閣があったという調査結果があるそうです
ここでも甲斐は江戸に移った徳川家に対する押さえ、として重要な役割を果たしていたようです
ただ徳川政権下で豊臣築城の城は破却されてしまいました
最終更新:2009年12月15日 22:20