ヴィセンテ・パディーヤ 背番号42 投手 右投右打 -ニカラグア出身。 -&bold(){顔の怖さ}と&bold(){髪のウエットっぷり}に定評がある。 -1999年にダイヤモンドバックスでメジャーリーグデビューし、4度の2ケタ勝利を記録するなどして、メジャー通算108勝した大型右腕。 -2013年春季キャンプ直前に、DeNAとのプチ競合の末やってきた。背番号は「42」。 -入団会見では、その&bold(){強面っぷり}に震えあがる住民多数。…一方で、隣に並んだ[[監督>秋山幸二]]の負けていない威圧感に納得の声が上がる。ちなみに笑うとちょっと可愛い。来日当初は「外見が[[馬原>馬原孝浩]]にちょっと似ている」と住民に言われることもあった。見ようによっては村松にも似ており、パディーヤ自身も「彼は俺に似ているからな」と発言している。 -ツーシームなど多彩な変化球を投げる一方で、内角に投げる&bold(){超強気なスタイル}がある意味持ち味。球速81km/hの超スローボールも投げることができ、落差のある球を武器とする[[山中さん>山中浩史]]からも「あの球が欲しい」と悔しがられている。 -「荒くれ者」の称号を貰っており、獲得時には住民から複雑な声が上がる。[[ペニなんとか>ブラッド・ペニー]]は超越してくれるな。が、来日後は遅れてキャンプ合流したためか、即ブルペン入りしたり、休日返上でトレーニングを行う姿など真面目な姿が見られる。 -が、2008年には「ニカラグアに帰る」とシーズン途中で帰国したことも。…何だか[[聞き覚えがある>ブラッド・ペニー]]のは気のせいだろうか。奇しくも&bold(){NPB初登板日も同じ4月4日}であった。 -2013年4月4日に猫屋敷でデビューするが、内容は5回3失点(初登板が猫屋敷は酷だという声も)。その後、腕の張りを訴えるなど二軍三軍で調整登板が続き、住民内でも&bold(){「ペニーヤ」}呼びする声も。しかし5月20日に一軍リベンジ登板!味方の大量援護+6回4失点(WADAのグラスラ)で勝利投手になるなどまだまだ未知数だが、とりあえず2試合登板したことで、&bold(){ペニー超えは確定}した。 -2013年5月26日の燕戦では、NPB初打席。第一打席から粘りを見せると、7回には江村から来日初安打となるセンター前ヒットを放った。あれは…強打者!? -投手の層が薄かったこと+スタミナ不足もあり、シーズン中盤には去年まで務めていたという中継ぎ役に回る。しばらくは中継ぎでそれなりに安定した投球をしていたものの、痛みを訴え二軍落ちすると帰らぬままシーズンが終了してしまった。 -シーズンオフには来季契約を結ばないことが発表される。確かに多少残念なところはあったが、間違いなく[[ペニー>ブラッド・ペニー]]を超える働きを見せたはずである。今までありがとう! **エピソード -[[山崎>山崎勝己]]のことは「勝己」と名前で呼んでいるよう。 -髪は常に水+手櫛で整えているらしい。 -2014年に日ハムにルイス・メンドーサ投手が入団した際には、&bold(){「綺麗なパディーヤ」}と呼ばれた。ヒントは外見。