「明石健志」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

明石健志 - (2012/07/07 (土) 22:29:07) の最新版との変更点

追加された行は緑色になります。

削除された行は赤色になります。

明石健志 背番号36 内野手 打撃はシュアー、送球はフワー。 -名字は「明石」だが、兵庫県ではなく北海道出身。山梨学院大学付属高校卒で、内村(DeNA)は当時の同級生。先輩には巨人松本がいた。 -2003年にドラフト4位指名でダイエーホークスに入団。同期の[[城所>城所龍磨]]、[[金子>金子圭輔]]と&bold(){顔の区別がつかない}とファンからよく言われた。 --2人とは「全員B型で気が合う」らしく、特に城所とは「とべとべホークス」内で&bold(){“俊足青春アミーゴコンビ”}と言われたことがある。 -NPBの1打席ファウル数記録保持者。 -コーチらから&bold(){「天才」}と呼ばれる打撃センスを持ち、特に三塁打の多さから「ミスタースリーベース」とも呼ばれる。元チームメイトの[[森本学]]は「初めて見た時から天才や、敵わんと思った」と折に触れて語っている。そのため、明石がヒットを放つと「天才」とスレに書き込まれることも。 -俊足と巧みなバットコントロールが武器だが、故障に悩まされたこともあってか、&bold(){やや?}送球に難がある。ショートで出場した際にはゆるふわ系送球でたかせん民の胸をときめかせる(悪い意味で)。 -応援歌は「暗い」「渋い」「地味」と言われる重低音が特徴。「ドームに響く声を受けて 今だ明石振り抜け」という歌詞であるが、2009年頃より屋外球場の場合は歌詞の「ドームに響く」のところが変わるように。例) Kスタ宮城の場合→「仙台に響く」 千葉マリンの場合→「千葉に響く」 横浜スタジアムの場合→「浜に響く」など。出場機会を増やし、ぜひ色んなパターンを聞かせてもらいたいところである。 -ルーキーイヤーに1軍デビュー。ミスタースリーベースの片鱗を見せる(下記参照)。も、2軍にいることが多かった。 -2009年にロッテ小林宏からプロ入り初ホームラン。この年、楽天岩隈に対しては、5打数5安打1四球2三塁打と&bold(){シーズン対戦打率10割}を残す。なお、この件で契約更改で微妙にゴネるも「岩隈以外からは別段打ってない」とあしらわれる。 -2010年は内外野7ポジションを守るもレギュラー定着ならず。 -2011年は故障もあって出遅れたものの、ベテラン勢の調子が上がらない中、シーズン終盤は[[福ちゃん>福田秀平]]と共に、明福コンビとして大活躍。 -2011年10月14日には、2年ぶり第2号のホームランを放つ。 --解説黒木「手首がしっかり回ってるので、球が内側にくるとライト方向へ強い打球を打てますね」→まさに内側に入ってきた変化球をライトスタンドへホームラン、というもので、黒木のドンピシャ預言に観ていた者騒然。黒木ドヤッ。 -2012年シーズンは、[[川﨑>川崎宗則]]がメジャー挑戦する中、さっそくショートでのレギュラー定着を目標に頑張るもよう。なお、達成できなかった場合は&bold(){苦手のナス}を食べることをローカル番組で公約するハメに。オープン戦では大活躍で開幕スタメンの座を勝ち取った。が、守備固めの場面ではもっぱら[[今宮>今宮健太]]と交代している。明石ェ… -2012年6月5日の巨人戦では、相手山口の開幕から24連続無失点というセ・リーグタイ記録、さらに球団ワースト記録となる連続本塁打なしを右越えソロで阻止。「記録のことは知りませんでした」とのことだが、試合結果はryだったため、正しく&bold(){実質勝利}の一振りとなった。 -2012年7月7日のハム戦で、9回2死走者なしから&bold(){19球粘って1打席最多投球数の日本記録タイを記録}(結果は四球)。65年ぶり、2リーグ制では初の記録となった。なお、15ファウルは&bold(){日本記録更新}となる。 **エピソード -ホークス選手の多くと同じように、釣り好き。優勝旅行先のハワイでも釣りをしていた。 -その外見から、チームメイトに「チャラ男」と呼ばれることも。特に、鴎に西岡が在籍した時は&bold(){「西岡と入れ替わってもバレない」}と言われたりもした。 --2012年始めは髪を染めていたものの、曰く&bold(){「師匠に言われて」}(たかせんの見解では[[小久保>小久保裕紀]])黒髪に戻している。 -オフのトークイベントで、スタッフが着ていた緑色のどん兵衛のハッピを着ることに。実際に観に行った住民曰く「とても似合っていた」とのこと。また「普通の兄ちゃんにしか見えない」とも。イベント中は、「(内川の顎に触ることができて)&bold(){うらやましいでしょ~?}」などと、不思議テンションでお送りしていたもよう。 -お立ち台では「~&bold(){ね}」と言うことが多く、&bold(){友達に対するようなインタビュー}とスレで言われる事も。なお、この件に関しては、出身の北海道方言ではないかという見方がなされてもいる。 -外見や今一つ成績が残せないためか、「熱さが足りない」と言われることもしばしばだったが、2011年8月19日ではヒロイン後のベンチ裏インタビューで涙を流したことを、球団公式Twitterに暴露されている。 >ヒロインを終えてベンチに戻ってきた明石選手。笑顔で「ああー、おもしろいコト言えなかったです!」 >しかし、ベンチ裏のインタビューでは感極って号泣!?気味に涙。「……カッコワル。(笑)」と泣き笑いでロッカーへ…… >「今年はリハビリだったり、正直辛いことが多かったです。でも、自分を信じて頑張ってきて良かったです。大好きな野球ができない、本当に苦しかった。大声援、たくさんの勇気をくれてます。全てのファンの方に感謝です。」 -内外野に限らず、その気になれば&bold(){捕手もこなせる}器用な選手。 --2011年8月26日の鷲戦で[[細川>細川亨]]が怪我をした際、万一に備えて細川の防具を身につけると、何事もなく[[ムヨン>金無英]]の球を受けている姿が目撃されている。なお、本人は小中時代も本格的な捕手経験はないが、ムヨン曰く「直球も変化球も普通に取れてましたよ。安心して全力で投げ込めました」とのこと。明石△である。 -入団当時から凡退時は悔しさを露にし、[[城所>城所龍磨]]からは「&bold(){凄まじい奴。}でもこういう奴こそプロで残るんだろうな」という第一印象を抱かれていたらしい。ちなみに一軍定着は城所の方が先である。 --入団前には野球雑誌に情報がほぼなく、城所が「明石ってどんな選手ですか?」と尋ねると、スタッフから「隠し玉」と返事されたのだとか。その後、プレーを目にして「どうしてこんな凄い選手が取り上げられないんだ」と驚いたとのこと。 --明石本人は「プロ野球選手になれなかったらどうしていたか」という質問にも「? なれるものと思っていました」と飄々と返している。 -好きな女性のタイプは「自分を上手に転がしてくれる人」。 -2012年シーズン前こそ、[[今宮>今宮健太]]とポジション争いを行ったが、普段は普通に仲良く、物をあげたりしている。 **ミスタースリーベース -ルーキーイヤーのプロ初安打初打席が三塁打(相手は檻の川尻)。 -二軍時代にもその年の最多三塁打の8を放っている。 -2011年は打席数が105ながら、チームメイトの[[ムネ>川崎宗則]]・[[ポン>本多雄一]]・[[マッチ>松田宣浩]]に次ぐ5本の三塁打を放っている(&bold(){パ・リーグ内3位})。 -2012年3月3日放送のローカルスポーツ番組「ビバスポ」にゲスト出演した際には、「2011年に何本の三塁打を打ったか」がプレゼント当てクイズ問題に出される。 **明石の19球 -2012年7月7日のハム戦9回表の明石の打席内容。1打席19球は日本記録タイ。15ファウルは日本記録である。なお、この打席中ボール球以外はすべてファウルであった。 >1球目 ボール >2球目 ファウル >3球目 ファウル >4球目 ファウル >5球目 ファウル >6球目 ファウル >7球目 ファウル >8球目 ボール >9球目 ファウル >10球目 ファウル >11球目 ファウル >12球目 ファウル >13球目 ファウル >14球目 ファウル >15球目 ボール >16球目 ファウル >17球目 ファウル >18球目 ファウル >19球目 ボール=四球
明石健志 背番号36 内野手 -打撃はシュアー、送球はフワーなユーティリティープレイヤー。 -2003年にドラフト4位指名で山梨学院大学付属高校からダイエーホークスに入団。出身は北海道旭川市。 -NPBの1打席ファウル数記録保持者。 -コーチらから&bold(){「天才」}と呼ばれる打撃センスを持ち、特に三塁打の多さから「ミスタースリーベース」とも呼ばれる。元チームメイトの[[森本学]]は「初めて見た時から天才や、敵わんと思った」、[[杉内>杉内俊哉]]は「明石は天才ですね。何でもできる」と語っている。そのため、明石がヒットを放つと「これは天才明石」「やはり天才か」とスレに書き込まれることも。 -俊足と巧みなバットコントロールが武器だが、故障に悩まされたこともあってか、&bold(){やや?}送球に難がある。ショートで出場した際にはゆるふわ系送球でたかせん民の胸をときめかせる(悪い意味で)。 -ルーキーイヤーの5月2日に1軍デビュー。プロ入り初打席初安打が三塁打となり、いきなりミスタースリーベースの片鱗を見せる(下記参照)。も、2軍にいることが多かった。 -2009年にロッテ小林宏からプロ入り初ホームラン。この年、楽天岩隈に対しては、5打数5安打1四球2三塁打と&bold(){シーズン対戦打率10割}を残す。なお、この件で契約更改で微妙にゴネるも「岩隈以外からは別段打ってない」とあしらわれる。 -2010年は内外野7ポジションを守るもレギュラー定着ならず。 -2011年は故障もあって出遅れたものの、ベテラン勢の調子が上がらない中、シーズン終盤は[[福ちゃん>福田秀平]]と共に、明福コンビとして大活躍。10月14日には、解説黒木が「手首がしっかり回ってるので、球が内側にくるとライト方向へ強い打球を打てますね」と発言した直後に、内側に入ってきた変化球をライトスタンドへホームラン。プロ2号目のホームランとした。黒木のドンピシャ預言に観ていた者騒然。黒木ドヤッ。 -2012年シーズンは、[[川﨑>川崎宗則]]がメジャー挑戦する中、オープン戦では大活躍で開幕スタメンショートの座を勝ち取った。が、ゆるふわ送球や疲れ、故障者続出に、なまじ基本器用なだけにたらい回しにされ、シーズン後半は[[今宮>今宮健太]]にその座を明け渡すこととなってしまった。 -2012年6月5日の巨人戦では、相手山口の開幕から24連続無失点というセ・リーグタイ記録、さらに球団ワースト記録となる連続本塁打なしを右越えソロで阻止。「記録のことは知りませんでした」とのことだが、試合結果はryだったため、正しく&bold(){実質勝利}の一振りとなった。7月7日には1打席ファウル数の日本記録を更新(後述参照)。日ハム・スレッジ故障により、補充選手という形ではあるがプロ9年目にして初のオールスターに出場決定。住民がビクビクする中、第2戦ではセンターに抜けそうな当たりに飛び付く 超 フ ァ イ ン プ レ ー を敢行。たかせん民「奇跡」「いつもそれやれや」「あのショート欲しい」など騒然。&s(){他にめぼしい選手がいなかったこともあり}まさかまさかの敢闘選手賞をゲット。なお、第3戦ではいつも通りの守備ry -2014年シーズンは夏場に[[松田>松田宣浩]]・[[吉村>吉村裕基]]、[[本多>本多雄一]]と続けざまに離脱すると代役に入り、スタメン起用された。93試合で打率.252、1本塁打21打点、17盗塁の成績を残し、数字以上に存在感を発揮した。 -2015年シーズンは[[本多>本多雄一]]の怪我で二塁手争いが激化するものの、夏場に調子を上げると[[慶三>川島慶三]]と交代という形でほぼレギュラーに定着。自身初のシーズン3本塁打を決めたかと思えば日本シリーズでもプロ通算8本塁打しかマークしていなかったにも関わらず、HRを打つなど16打数7安打7四死球と天才っぷりを発揮し、日本一に貢献。優秀選手賞を受賞した。 **エピソード -内村(DeNA)は山梨学院大学付属高校時代の同級生。先輩には巨人松本がいた。 -入団当初は同期の[[城所>城所龍磨]]、[[金子>金子圭輔]]と&bold(){顔の区別がつかない}とファンからよく言われた。2人とは「全員B型で気が合う」らしく、特に城所とは「とべとべホークス」内で&bold(){“俊足青春アミーゴコンビ”}と言われたことがある。 -ホークス選手の多くと同じように、釣り好き。優勝旅行先のハワイでも釣りをしていた。 -その外見から、チームメイトに「チャラ男」と呼ばれることも。特に、鴎に西岡が在籍した時は&bold(){「西岡と入れ替わってもバレない」}と言われたりもした。 --2012年始めは髪を染めていたものの、曰く&bold(){「師匠に言われて」}(たかせんの見解では[[小久保>小久保裕紀]])黒髪に戻している。 -オフのトークイベントで、スタッフが着ていた緑色のどん兵衛のハッピを着ることに。実際に観に行った住民曰く「とても似合っていた」とのこと。また「普通の兄ちゃんにしか見えない」とも。イベント中は、「(内川の顎に触ることができて)&bold(){うらやましいでしょ~?}」などと、不思議テンションでお送りしていたもよう。 -お立ち台では「~&bold(){ね}」と言うことが多く、&bold(){友達に対するようなインタビュー}とスレで言われる事も。なお、この件に関しては、出身の北海道方言ではないかという見方がなされてもいる。 -外見や今一つ成績が残せないためか、「熱さが足りない」と言われることもしばしばだったが、2011年8月19日ではヒロイン後のベンチ裏インタビューで涙を流したことを、球団公式Twitterに暴露されている。 >ヒロインを終えてベンチに戻ってきた明石選手。笑顔で「ああー、おもしろいコト言えなかったです!」 >しかし、ベンチ裏のインタビューでは感極って号泣!?気味に涙。「……カッコワル。(笑)」と泣き笑いでロッカーへ…… >「今年はリハビリだったり、正直辛いことが多かったです。でも、自分を信じて頑張ってきて良かったです。大好きな野球ができない、本当に苦しかった。大声援、たくさんの勇気をくれてます。全てのファンの方に感謝です。」 -内外野に限らず、その気になれば&bold(){捕手もこなせる}器用な選手。2011年8月26日の鷲戦で[[細川>細川亨]]が怪我をした際、万一に備えて細川の防具を身につけると、何事もなく[[ムヨン>金無英]]の球を受けている姿が目撃された。なお、本人は小中時代も本格的な捕手経験はないが、ムヨン曰く「直球も変化球も普通に取れてましたよ。安心して全力で投げ込めました」とのこと。明石△である。 -入団当時から凡退時は悔しさを露にし、[[城所>城所龍磨]]からは「&bold(){凄まじい奴。}でもこういう奴こそプロで残るんだろうな」という第一印象を抱かれていたらしい。ちなみに一軍定着は城所の方が先である。 --入団前には野球雑誌に情報がほぼなく、城所が「明石ってどんな選手ですか?」と尋ねると、スタッフから「隠し玉」と返事されたのだとか。その後、プレーを目にして「どうしてこんな凄い選手が取り上げられないんだ」と驚いたとのこと。 --明石本人は「プロ野球選手になれなかったらどうしていたか」という質問にも「? なれるものと思っていました」と飄々と返している。 -好きな女性のタイプは「自分を上手に転がしてくれる人」。2012年11月25日にそんな年上の女性との結婚を発表。結婚して以来、毎年奥様に花束をプレゼントしているらしい。 -2016年には入場曲に使っているMs.OOJAの『Be...』の新プロモーションビデオにまさかの&bold(){単独出演}。奥様への感謝の気持ちを言葉やメッセージにして語っている。 -2012年シーズン前こそ、[[今宮>今宮健太]]とポジション争いを行ったが、普段は普通に仲良く、物をあげたりしている。 -[[サファテ>デニス・サファテ]]と親しいようで、2014年オフに帰国の途につくサファテを見送ろうと、球団スタッフを通じて帰国便を調べて福岡空港に駆けつけている。 **応援歌について -「暗い」「渋い」「地味」と言われる重低音が特徴。「ドームに響く声を受けて 今だ明石振り抜け」という歌詞であるが、2009年頃より屋外球場の場合は歌詞の「ドームに響く」のところが変わるように。 #region -Kスタ宮城→「仙台に響く」 -千葉マリン→「千葉に響く」 -横浜スタジアム→「浜に響く」 -秋田球場→「男鹿に響く」 -帯広球場→「道東に響く」 -帯広6回限定→「六花亭に響く」 -旭川スタルヒン球場→「故郷に響く」 #endregion **ミスタースリーベース -ルーキーイヤーのプロ初安打初打席が三塁打(相手は檻の川尻)。 -二軍時代にもその年の最多三塁打の8を放っている。 -2011年は打席数が105ながら、チームメイトの[[ムネ>川崎宗則]]・[[ポン>本多雄一]]・[[マッチ>松田宣浩]]に次ぐ5本の三塁打を放っている(&bold(){パ・リーグ内3位})。 -2012年3月3日放送のローカルスポーツ番組「ビバスポ」にゲスト出演した際には、「2011年に何本の三塁打を打ったか」がプレゼント当てクイズ問題に出される。 -2016年9月30日には、ついに&bold(){振り逃げスリーベース}まで達成した。 **明石の19球 -2012年7月7日のハム戦で、9回2死走者なしから&bold(){19球粘って1打席最多投球数の日本記録タイを記録}(結果は四球)。65年ぶり、2リーグ制では初の記録となった。なお、15ファウルは&bold(){日本記録更新}となる。[[鳥越コーチ>鳥越裕介]]からはその後、「“前に飛ばないTシャツ”を明日から発売やな」とからかわれたもよう。なお、以下のようにこの打席中ボール球以外はすべてファウルであった。 >1球目 ボール >2球目 ファウル >3球目 ファウル >4球目 ファウル >5球目 ファウル >6球目 ファウル >7球目 ファウル >8球目 ボール >9球目 ファウル >10球目 ファウル >11球目 ファウル >12球目 ファウル >13球目 ファウル >14球目 ファウル >15球目 ボール >16球目 ファウル >17球目 ファウル >18球目 ファウル >19球目 ボール=四球

表示オプション

横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: