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坂田将人」を以下のとおり復元します。
坂田将人

背番号49 投手 左投左打

-2010年にドラフト5位指名で福岡県の祐誠高校から入団。入団当時の背番号は「67」。
-特に肩を故障する前は&s(){ウチでは珍しく}コントロールに優れ、投球を見ていた[[馬原>馬原孝浩]]にも「すげえな、オマエ!」と絶賛されたことも。
-小柄で[[山崎>山崎勝己]]曰く「芦田愛菜に似ている」優しい顔立ちながら気持ちは強く、龍谷大学相手に登板した際は「プロとして負けるわけにはいかないと思った」と奪三振の山を築いている。
-球速はさほどではないものの、キレとコントロールで勝負するタイプの投手。カーブ、スライダー、チェンジアップなどの球種を持つ。

-2011年シーズンは3軍戦のみの登板ながら10勝をマーク。フェニックスリーグで先発した際は、韓国ハンファ相手に5回1安打1失点10奪三振の快投を見せた。安定した成績から、2011年オフにウインターリーグ派遣候補に名前を挙げられるも、3軍で主力としてフル回転したこと、まだ入団一年目であることを理由に担当スカウトから待ったが入る。その後、陸上選手に陥りがちな鉄分不足、さらに肩の炎症で、翌年の春季キャンプでは1軍スタート予定だったが調整に専念することに。その後、肩関節唇クリーニング他の手術に踏み切ることが決まった。
-2013年シーズンもリハビリに費やす中、7月28日には引退する[[和巳>斉藤和巳]]の最後の投球練習を仲間たちと見守り「とてつもない気合が伝わってきました。大事なものを見せてもらいました。僕の宝物です」とコメントを寄せた。和巳からは後日、使用していたグローブをプレゼントされている。素質は十分、ぜひしっかり肩を治して鷹のエースになってほしい。
-2014年からは育成選手となる。新背番号は「120」。リハビリから復帰し三軍戦で成績を残すと、オフシーズンには3年越しにウインターリーグへの派遣が実現。4試合に登板するも、食あたりや腰痛の発症もあってシーズン半ばでの帰国となった。と、一進一退の状態が続いていたが2015年シーズンは二軍で安定した結果を残し、11月27日についに支配下へ返り咲いた。新背番号は「49」。


**エピソード

-中日の若松は高校の後輩にあたる。
-誕生日は3月12日で[[藤岡>藤岡好明]]と同じ。その翌日は[[星野>星野大地]]の誕生日と連チャンである。
-尊敬する選手に[[杉内>杉内俊哉]]の名前を挙げるなど、根っからのホークスファン。指名時にも「順位は関係ない。ずっと好きだった地元球団に評価していただいてうれしい」と喜んでいたもよう。
-怪我をしないことを目標にしたストレッチをこなしている最中に、フェニックスリーグで一緒になったカブレラに「お前怠け者」呼ばわりされたことも(当然冗談である)。
-[[山崎>山崎勝己]]には「さんちゃん」と呼ばれている。また、[[伊藤祐>伊藤祐介]]からは&bold(){「パグ」}と呼ばれているようだ。

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