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李大浩 - (2014/04/13 (日) 19:56:34) のソース

李大浩

背番号10 内野手 韓国出身

-名前の読みは「イ・デホ」。
-194cm、130kgという巨体・飛ばす力・足の遅さが特徴。

-2000年にロッテ・ジャイアンツに入団。入団時は投手をつとめていたが、怪我の影響もあり野手に転向。その後は、2006年に三冠王を獲得すると、2008年の北京五輪では金メダル獲得に貢献。第二回WBCにも出場している。2010年には二度目の三冠王を獲得。
-2011年オフにオリックスとの契約を結び、NPBへ。好調不調の波はあったものの、144試合すべてに4番で出場し、打点王を獲得した。翌年も活躍するも、その年のオフに交渉がまとまったホークスへの移籍が発表された。背番号はオリックスでも付けていた「10」。
--前年まで四番をつとめもした[[ペーニャ>ウィリー・モー・ペーニャ]]がオリックスへ移籍したことで、&bold(){実質四番の交換}ともなった。うーん、この2球団…。
-ホークスでは、[[かぷてん>小久保裕紀]]引退以降、四番打者が不調になるという「四番の呪い」があるため、どこまで成績を伸ばせるのなど注目が集まる。



**エピソード

-家族は奥様と娘さんが一人。
-誕生日は6月21日で、[[東浜>東浜巨]]とは一日違い。
-[[ムヨン>金無英]]とは故郷で対面する機会こそなかったものの、出身地が同じ韓国・釜山。
-オリックス時代にデホの通訳を担当していた鄭昌龍も、デホとほぼ同時にホークスに入団している。
-3歳で父親を亡くして母親とも別れ、市場でみそを売る祖母に育てられるも、その祖母も高校在学中に他界しているなど、決して裕福な生活を送っていなかった。そのため、プロで大成してからは「祖母にできなかった孝行を、ほかの困っているお年寄りにしたい」と慈善活動に熱心。 
-上記のことも影響するのか、父親のような年齢であり入団会見にも同席したどんでんに寄せる信頼は厚く、初めて夕食を共にした時には「監督と話している間、終始、父親のような温かみを感じた」、また、どんでん解任の際には「泣くのは我慢しました。次の日も試合があるし、そういう姿はみせない方がいい。でも、本当は泣きたかった」とコメントを寄せている。